第10話 決して怪しい者ではない

 慣れない部屋の中に居る俺。

 部屋のにおいも誰かの家に来た時に感じるものだ。

 現状、落ち着くかと聞かれればさすがにこの空間。部屋では今はまだ落ち着けるとは言えない。

 誰かの家に遊びに来た感じ(なお薬水柚希の時代ではそんな事はなかったので、想像でしか言えないが――)。

 ちなみに今の俺は静かな室内で、洗面所の鏡の前に立っている。

 鏡には少しずつだが見られてきたオバケ――などと言うと飛鳥さんに怒られるだろうが。実際これ暗闇で寝ぼけて自分を見たらまだ叫ぶ自信はある。

 でも明るい場所ならこの髪の姿。今の自分の姿にはさすがに慣れてきていた。


 にしても改めてこの姿を見ていると不思議な気持ちになる。

 見た目は全く知らない女性。飛鳥玲奈。

 なのに中身は俺。薬水柚希。

 そのため全く知らない女性を自分が思うがまま動かすことができている。

 手をあげようを思い行動すればちゃんと手をあげる。片方でも両方でも問題なし。

 「俺は薬水柚希だ」

 俺自身の自己紹介をしようとすれば、見知らぬ女性の声になり発することが出来る。

 なお、鏡で飛鳥玲奈という女性の姿を見つつ『俺』というとかなり違和感がある。

 多分だが学園などでいきなり俺。俺と言い出すとそれはそれで目立つ。

 また、現状まだ確定はしていないが。なんとなく飛鳥さんの立場がさらに悪くなるようにも思える。

 『俺』を使うのは記憶喪失でもさすがにおかしい――いや、記憶が混乱して性別がおかしくなった――ということがあるのかもしれないが。やっぱりそれは目立ちすぎるだろう。

 すでにこの見た目でも目立っているのに、これ以上変に外では目立たないように、『俺』を封印した方が良いだろう。

 ホント俺の身体に何が起こったらこんなことになるのか。

 そもそも俺の身体の方はどうなっているのだろうか。

 普通に考えるとこの今俺が使っている身体の中身。飛鳥さんが居ると思われるが――でも俺は全く飛鳥さんとは接点はなかった。

 なのに何故俺たちが――いや、そもそも確定ではないか。

 俺の身体はまた別――最悪のパターン。すでに存在しないとかもあるのかもしれないが。今はわからないので考えるのは後回しにしょう。

 今はこの身体で生活するのだ。

 

 改めてだが。

 俺は自分に何が起こっているのはわからない。

 でもどうやら今はこの身体が俺らしいので、この身体を自由にしてしまおうと決めた。

 もし中身が男と知っている人がいた場合。先ほどのこの身体自由にしちゃおう宣言を誰かに聞かれていたらお巡りさんを呼ばれていたかもしれないが。

 今の俺まだ誰にも気が付かれていない。

 見た目は女。中身は男。

 動かす限り今までの自分の身体っぽいのだが。でもどこか違う違和感はやはりまだある。

 多分足の長さなども違うので歩幅が微妙に違ったり。

 視線が変わったので物の見方が変わったからだろう。

 でも何をしようと今の俺はこの身体の持ち主。

 俺がこの身体の持ち主なら――このもっちゃり女を何とかしたい。と思ってしまったのだから。勝手に行動しようと思う。


 静かな室内で再度鏡をジーっと見る。

 やはり全体的にこの身体は不健康に見えている。

 また頬がこけているからか、どうも印象が良くない。

 あと俺的には髪が長すぎる。邪魔だ。

 いやもちろん、世界中の髪の長い人に対して何か言おうではない。でも今この身体が自分と考えると。俺的には自分の身体なら量が多くボサボサ――ボサボサは俺が原因かもしれないが……ちゃんと手入れとかしてないし。

 とにかく暗い印象になっている。

 この姿がどうも――嫌だ。

 

「――やっぱりどうせなら――自分好みの姿を毎日見たいよな」


 鏡に映る今の自分を見つつつぶやく俺。

 まあ結局のところはそういうことなのだが。

 自分だが見た目が自分じゃないからか。とにかくそんなことを思ってしまうのだ。

 そして、この今の姿。行動を誰かに見られていたら。『こいつ鏡の前で何してるんだ?大丈夫か?』という状況だろう。

 ちなみにもし俺の元の姿。

 男の姿ならこんなことはしていないだろう。

 変えたいとか思うこともないだろう。

 元の姿は元の姿で長年同じような感じなのだから。

 多分変われないと諦めていたと思う。

 もしかすると、この飛鳥さんも自分の姿を毎日見ていて、そのように思っていたのだろうか?

 さすがにそれは俺にはわからないが。

 でも今は男なのに見た目が女の状態。

 そしてなんかできそうな気がしてしまっている。

 なら出来ることは少しでもして、次いでに学園の生活も変えてやりたいと思ってる。

 お節介なことをしている自覚はある。

 普通なら大人しく過ごすべきなのかもしれない。

 でもお節介を何故かしたくなっている。

 自分の姿じゃないからなのか。どこからか。変えれると思う気持ちがあった。

 ホント不思議だ。

 周りが全く知らない人だからなのだろうか?

 飛鳥さん的にはいつものまわりの人なのだろうが。俺から見れば全員知らない人。

 だから何をしても、どんな態度をしても。何かミスしても良いよう思える。すべてがこれからが初めての経験。自分の印象を周りに植え付けれる気がしていた。

 ――そりゃ自分の身体の時にもこの気持ちが生まれていれば何かしていたかもしれないが。多分自分の身体のままならこのようなことを思うことはなかっただろう。

 何度も言うがホント不思議な状況だ。

 誰かの人生に突然乗っかった俺。

 まるで人生やり直しではないが。

 それに近い何かを始めようとしている気がする。


 無駄に鏡の前でいろいろ考えて時間を使ってしまったが。まず俺がやることと言えば――。

「やっぱり、飛鳥さんに関してだよな。ほとんどわかってないし」

 つぶやいたあと俺は洗面所を後にした。

 そして改めて飛鳥さんの部屋を見る。

 玄関を見てもキッチン。リビングを見ても寝室を見ても本当に生活感がほとんどない。

 私物は少ないが――とにかく室内をあさることにした。

 飛鳥さんの部屋。女性の部屋を勝手にあさると言っている俺。

 かなりやばい奴のようだが――俺は今飛鳥さんである。

 問題ないだろう(誰にもバレなければ)。 


 俺は室内を順番に物色していった。

 わかっていたが。物は少ないでもそれが幸いで、室内すべてを見るのにも時間はかからなかった。

 簡単に言えば。玄関は靴が一足のみ。予備はなし。

 キッチンのあるところは本当に必要最低限の物。食べ物もほとんどなく。調理をする予定はなかったのか。調理器具も見当たらなかった。

 またリビングには特に物は置かれていない。棚などもない。この場所では食べるだけ――いや、そもそも何もしていない可能性もあった。

 もちろん食堂があるので普段使わないというのもわかるが――にしても何もないのはどうなのだろうか?

 そして先ほど居た洗面所も再度確認。

 こちらもやはり物は少なかった。

 風呂場にはシャンプー、リンス。ボディソープのみ。

 どれもよくよくドラッグストアーで売っているメーカーの物で、特に高級そうなものはない。

 ちなみにボディソープは俺が使っていたものの香り違いだった。

 ちょっとだけ親近感を覚えた。

 あと、洗面所の方にも洗顔と必要最低限の小物があるだけ。髪を結んでいたのかヘアゴム。ヘアピンはいくつかあったが俺はどのように結べばいいのかわからないので多分使わないだろう。というか置かれてはいるが。あまり使われていないようにも見えたが。

 あと、これは俺の勝手だが。女性ならいろいろものを持っている。化粧品とかたくさんあるように思っていたが。飛鳥さんは今のところもっている雰囲気はなかった。

 なお、俺が化粧も出来るわけないので、あってもそれは使われない日々が来るのでない方が化粧品としては良いだろう。無駄になってしまう。

 あっという間に室内の半分以上をあさるのが終わってしまった。

 ここまで数十分である。

 最後に寝室へと移動する俺。

 多分ここが唯一物が多くあり。

 飛鳥さんの事、飛鳥さんの繋がり。家族の事とかもわかるものがあるだろう。と、勝手に思っていて、一番最後にした。

 というかここに何もなかったらお手上げである。


 さすがに寝室は物が少ないのはやはりだが。それでも他の場所よりかはある。

 パッと見ただけでも学園関係の物や飛鳥さんの私物が少ないなりにも今までよりは多くあるので、少しこの部屋はすべて見るのが時間がかかりそうだ。

 でも明日は学園も休みなので飛鳥さんの寝室を隅々まであさることに問題はない。

 ――先ほどから言っていることは女子の部屋を本人の許可なくあさるという犯罪行為な気がするが――いいよな?大丈夫だよな?

 一応本人の身体であさってるんだし。


 トントン。

「ひっ!?」

 いざ飛鳥さんの寝室をあさろうと『まずは棚か』などと手を伸ばそうとした瞬間。玄関のドアを叩く音が聞こえて来た(なお。さてお楽しみの寝室です。などとはもちろんちょっとくらいしか思っていなかったが)。一応悪いことは(している?)してないはずだが。タイミングが悪く。すごくドキッとした俺だった。

 泥棒とかってもし鉢合わせとかするとこんな感じな感じなのだろうか?

 ちなみに今の俺は音のした玄関の方を見る際にはロボットのようになっていた。

 そしてこれは居留守を使うべきか――と、頭を必死に回転させていると。

「――飛鳥さんいる?」

 誰かが声をかけてきた。

 あれ?飛鳥さんって遊びに来るような人居るの?そんな情報まだないから来られても困るんだけど――などと脳内でいろいろ思っていると。ふと、玄関の方から聞こえて来た声に聞き覚えがある事に気が付いた。

 今日の午前中病院まで俺を迎えに来てくれたおばちゃんの声だった。

 おばちゃんごめん。ちょっといきなりの事でドキッとしたからか気が付くのが遅れた。

「おばちゃん――?えっと――あ、えっと、はい。居ます」

 おばちゃんの声と気が付いた俺は慌てて玄関の方へと向かった。

 なお、すぐに鍵を開けるのではなく。一応ドアにある覗き穴のカバーをスライドさせて(学園でのことがあって一応警戒はしている俺)、外の様子を見ると――やはり声の主おばちゃんが立っていた。

 服装はエプロン姿だ。

 おばちゃんと確認をしたあと鍵を開けドアをゆっくり開ける。

「ああ、飛鳥さんもう帰ってたのね」

 ドアを開けるとちゃんとおばちゃんが1人で立っていた。

 もしかすると俺を心配して見に来てくれたのかもしれない。

「あ、はい。少し前に帰ってきました」

「よかった。記憶がないといろいろ大変かと思ってね。様子見に来たの」

「あ、すみません。ありがとうございます。一応――何とか大丈夫そうです」

「そうよかった。まあこれも私の役目だからね。気にしないで。あっ、そうそうで、晩御飯どうするの?みんなが来る時間に顔出さなかったから。まだ学園でなにかしてるのかと思ったけど。様子見身にこっちに来たら部屋の電気が付いていたからね」

 やはりおばちゃんは俺の心配をして来てくれたらしい。

 あと、もしかすると飛鳥さんはもともと食堂にいつも通っていたのかもしれない。

 そして晩御飯を食べに来なかったからそれもあって様子を見に来てくれたのかもしれない。

 良いおばちゃんだ。

「その、ちょっと片付けとかいろいろしてまして――気が付いたら時間が経ってました」

 一応嘘は言っていない――片付けという名の飛鳥さんの確認である。部屋をあさる片付けで良いだろう。

「あー、そうよね。入院してたんだか。いろいろバタバタよね。何かあったらいつでも言って、手伝うから。あっ、でもご飯食べないとだめよ。それに今なら食堂ちょうど空いたわよ」

 おばちゃんに言われると確かにお腹は空いてきていた。

 そしてこのまま部屋では何も食べ物がないことはすでに室内を見たので知っている。

 どうやら飛鳥さんの寝室をあさるは、食後に延期だ。

 後回しにすると、もしかすると食堂の方が閉まってしまう。

 そして部屋には食べ物がほとんどないので夜中に空腹ということも起こる。

 それはそれでしんどい。

「あー、なら――行こうかな。はい。今から行きます」

 せっかくおばちゃんが今声をかけに来てくれたので、俺はおばちゃんに返事をして、準備をしたら行くと伝えたのだった。

 俺が返事をするとおばちゃんは笑顔で頷き先に戻っていった。

 ちなみに今日のおすすめは『カツカレーよ』らしい。

 それから俺は戸締りだけ確認して、タブレット端末片手に食堂へと向かった。

 お昼の時とは違い。俺が食堂へと行くと数人の生徒がおり。

 俺が入ると一瞬視線を感じたがすぐに全員の視線が外れた。

 どうやら飛鳥さんに話しかけてくる生徒。寮生は今ここにはいないらしい。

 ちらっと周りを見た後。券売機に向かう。 

 券売機の画面は、お昼の時と同じで、基本A、B、C、Dから選ぶのは変わらないようだった。

 もちろんだがお昼とメニュー内容は変わっている。

 ちなみにおばちゃんおすすめのカツカレーはDだ。

 本当はAのサバの味噌煮もひかれたが。

 カツカレー。何に勝つではないが。なんとなく良い気がした俺は今日はカツカレーを食べてこの後夜の飛鳥さんの寝室あさりを頑張ろうと決めたのだった。

 ――だが。その目標は可能ことはなかった。

 何故なら、意外とカツカレーに苦戦(美味しかった。美味しかったのだが。量が問題だった。見た目は普通に見えたが。飛鳥さんの身体では多かったのだ)。食べ終えた頃にはちょっとカツカレーの子供を身ごもったようになってしまっていた。

 食堂も気が付けば俺1人となっていた。


「ご、ごちそうさまでした」

「――お、おぉ」


 何とか完食して、食器を返却に行くとちょうどおっちゃんがお皿の片付けをしていたため挨拶をする。

 するとおっちゃんが何故か俺が食べたお皿とれをチラチラ見て少し驚いたような表情をしていた。

 しかし俺には理由がわからず。軽く頭を下げてそのまま食堂を後にした。

 というか、完全に食べすぎて今あの場で立ち話をする余裕はなかった。

 一刻も早くゆっくりしたかった。

「やばい。完全に食べすぎだ。いや、俺的には少ないくらいと思ったんだけど……この身体の胃小さいな……気を付けよう」

 食堂を出た後お腹をさすりつつゆっくりと歩く。

 飛鳥さんの身体から見るともっと食べるべきだと思うが――無理に食べることはでいないようだ。

「――苦しい」

 何とか部屋へと戻って来た俺は量はあったが美味しかったので、満腹感に満足しつつも。さすがにこの後動くことはできなかった。

 よたよたと寝室へと入りベッドに腰かける。

「ふぅー。飛鳥さんの普段の量どんなんだったんだよ」

 そのまま俺は落ちつくまで結局ベッドに腰かけ。タブレット端末内の確認をするのだった。

 ちなみにやはりタブレット端末内には、これ以上俺が知れる新しい情報は何もないということが分かったのだった。

 特に新しい発見はなしである。

 

「よし。とりあえず風呂行こう」

 お腹が少し落ち着いた後俺はさっぱりしようと、寝室の棚のところに畳んで置かれていたパジャマと思われるセットを抱いて洗面所へと向かった。

 洗面所で服は脱ぎ洗濯機に居れていく。

 すると少しぽっこりしたお腹が現れる。

 細い体にアンバランスな感じがさらに加わった感じだ。

「まあ、一気には体重も増えないわな。っか。今飛鳥さん何キロだ?もちろん本人に聞いたらぶっ飛ばされるかもだが」

 1人つぶやきながら生まれた姿へとなると少し洗面所の鏡で身体を見てからそのまま浴室へと入る。

 少し足元が冷たいが今の気候なら特に震えることもなく。むしろちょうどいいくらいの温度だ。

 なお、いつも使っているシャワーではないのでお湯の調整に少し戸惑ったが

無事に――。

「冷たっ!?」

 水をかぶった。

 そして俺はここで気が付いた。

 俺は何も考えずに服を脱いで浴室へと入り。ミスって水をかぶった。

 まあこれだけなら別にちょっと冷たい思いをしただけ。

 それは自分の身体の時なら。

 しかし今は飛鳥さんの身体。

 そう。髪が長いことを忘れていた。

 濡れた髪はさらに大変なことになった。

 まず重い。

 もしかすると普段飛鳥さんは髪を結んでいたりしたのかもしれないが今の俺にそんな技術はない。

 そういえば洗面所にヘアゴムがあったような――それにもしお風呂にお湯を張ると髪が浸からないようにすると思うので――やはり結んでいた可能性が高い。

 でももう濡れている。

 濡れてしまったのでそのままというのはどうなのだろうか?ということで、とりあえず頑張って髪を洗ってみたが――まあ大変。長い長い。途中で自分が何をしているのかわからなくなってきた。

 浴室内の鏡を見れば完全にオバケ。

 濡れネズミのオバケ。

 髪の毛を洗うだけで四苦八苦。

 全体を洗えたのかすら謎だったが。ある程度でギブアップ。

 そのあとは身体を洗いたくても長い髪をどうすれば良いのか。どうすれば身体を洗う際に巻き込まないのかがわからずまた四苦八苦。

 何度か髪を泡だらけにした気がする。

 そんなこんなでシャワーを浴びるだけだったのにかなり時間を使い。

 さらにさらに浴室から出た後も髪を乾かすのに四苦八苦。

 結果。

 満腹だったお腹が完全に戻るくらいの労力を使った。

「――髪。切って良いよな。明日切ろう。明日学園休みで良かった――」

 飛鳥さんの断りなしにしてのか――ということはもちろん一瞬は頭に浮かんだ。

 しかし風呂の大変さを実感した俺はもう無理。

 それに特に俺は長い髪の女性が好きとかのこだわりもなかったので、髪を切ることにした。

 

 風呂のあとはもう俺何もしたくなかった。

 風呂に入るという。普通なら女の子の裸見放題イベントだった気もするが。そんな暇なかった。ほとんど髪ばかり見ていた。というか格闘していた。

 シャワーの後、本当は飛鳥さんの部屋をあさる予定だったがその気力もなかった。

 何とかパジャマに着替えた後は台所で水だけ飲み。ベッドに倒れこむとそのまま俺は疲れて寝てしまったのだった。

 もしかしたら体力も飛鳥さんの体力になってしまったのかもしれない。などとちょっとだけ思った後。すぐに夢の世界へと落ちたのだった。

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