第17話 贈り物

 ベルファレスの部屋ではなく、城の外へ向かっていく。まさかと思って聞いてみる。


「彼はどこに?」

「儀式をした洞窟で待っておいでだ」


 当たり前だろう。という様子でリグはそっけなく答えた。


 ドラゴンの姿でずっと待っていたということか。


(なぜ、わざわざ……?)


 一瞬で人からドラゴンになったのだから、その逆もできるのではないかと思ったのだが……。



 * * *



 洞窟の中には、体を丸めて横たわるドラゴンがいた。

 昨日、ベルファレスから変身したドラゴンである。目蓋を閉じ、呼吸ゆっくりとしているので、眠っているように見えた。


「寝て……いるのか?」


 恐る恐る近づき、その様子を確認した後、ふたりに問いかけた。

「おそらく」

「ドラゴンになると動きもゆっくりになり、傾眠が強くなるようです」

「確か、わたしを待っている。と言っていたよな」


 リグに目を配ると、彼は頭をかいた。


「このお姿になると、言葉では意思疎通をはかれない。おそらくレラ殿を待っていると思ったから連れてきた」

「人の姿にはどうやったら戻れるんだ?」

「自然に戻る」

「今は奈落から冥界のエネルギーを十分に蓄えた状態になっています。これが体から徐々に抜けていくのを待って人に戻ることができます」


 リグの回答にハティが解説を追加した。

 ベルファレスは面倒なことになってまで、わたしにこの姿を見せたかったのか。


 目蓋が閉じていることを確認し、触れ合える距離まで近づく。

 地面についたドラゴンの口先にそっと触れた。


(暖かい)


 まるで熱源のようにその体表は熱く、わたしの手のひらにぬくもりが伝播する。


(逃げ出してしまって、すまない)


 洞窟を逃げ出した時、恐怖で後ずさりしてしまった。その時、ベルファレスの瞳が寂しそうだったのを覚えている。


 今の恐怖心は小さい。時間が経過したせいか、ハティから話を聞いたせいなのか。よくわからないけれど、今なら受け入れられそうな気がする。


「レラ殿にベルファレス様からの贈り物がある」


 リグが首飾りを手渡した。親指くらいの大きさの白い石がついている。


「ベルファレス様の牙で作った首飾りだ」

「牙⁉」


 人間の歯にしては大きすぎるし、鋭い。これはドラゴンの白い牙か。それに穴を開け、紐を通している。


(目の前で寝ているベルの牙を引っこ抜いたのか? 実際はもっと大きそうだが)


 首飾りの牙とドラゴンを交互に見て首を傾げていると、リグが鼻で笑った。


「これは生えかわった時に抜けた牙を加工したものだ。いつか〝俺の女〟に贈ると準備されていた。ドラクの首長が見初めた人間の女に贈ることは特別な意味を持つ。心して受け取れ」


 牙をきゅっと握ると手のひらに痛みが走った。握り込んだせいで、牙の先端で皮膚を切っていた。血が滲んでいる。

 でも、痛みの原因はではない。手のひら以上に心がヒリヒリする。この痛みには覚えがあった。


 幼少の頃。体格が大きいからと女児の遊びに加われず、力くらべや決闘ごっこで一番になっても男児から遠ざけられた。そうやって、わたしは人から奇異なものを見る視線を向けられ、避けられて生きてきたのだ。


 ベルファレスから逃げ出したことは、かつてわたしが受けた仕打ちと同じではないか。

 今度は絶対に逃げてはいけない。


「逃げ出してすまなかった。ベル。正直言うと怖かったんだ」


 手を伸ばし、閉じた目蓋に触れる。ざらざらとした鱗の感触が肌にひかっかって、皮膚が擦り切れた感じがしたが気にせず撫で続けた。


 気配に気づいたのか、ドラゴンの鼻腔から息が吹きかかり、わたしの髪を舞い上がらせた。喉が「グル……」と鳴り、ゆっくりと目蓋が開いていく。


「友人として約束しよう。もう、恐れたりしないと。そして、たくさん話そう。わたしはベルのことをもっと理解しなければいけないからな」


 腕を広げ、ベルファレスを包んだ。ドラゴンの顔に手を添えるような格好にしかならないけど、心では慈しみを持って抱きしめた。


 強いのに忌み嫌われる存在。この孤独なドラゴンに自分を重ねていた。

 ベルファレスの瞳の奥が寂しげだったのは、孤独感を感じていたからなのかもしれない。


 わたしもずっと孤独だったから、少しでもベルファレスの寂しさを紛らわすことができたら、それでいい。


 受け止めよう。そう強く思って瞳を閉じた。


 次第に、全身が暖かさに包まれていく。目蓋の上からでも感じるくらいまばゆい光がさす。


 不思議に思って目を開けようとした時、聞き慣れた声が耳元に聞こえた。


「いきなり抱きしめるとは大胆なやつだな」

「えっ……」


 見上げるとベルファレスがいた。

 人型の。

 ドラゴンのときと変わらない鋭い瞳で語りかけている。


(人に戻っている⁉ ……なんで?)


 暖かいと思っていたのは、彼の腕の中にいたせいだった。

 ドラゴンに触れていたはずのわたしが、なぜかベルファレスに抱きすくめられ、すっぽりと腕の中に収まっていた。


「はっ、離せ!」

「抱きついてきたのはお前だろう」


 状況の整理がつかぬまま、ベルファレスの腕に拘束され、さらに身動きが取れなくなってしまう。


「離せと言っているだろう!」


 これは抱擁と言うより拘束だ。


 腕の中でぎゃあぎゃあ暴れていると、ベルファレスが気まずそうに呟いた。


「このまま離しても大丈夫なのか?」


(何を言っているんだ? こいつ)


 質問に疑問に感じ、ベルファレスを見てやっとその意図に気づいた。


 ベルファレスは一糸纏わぬ姿――素っ裸なのだ。


 顔がカーッと熱くなる。

 視界はベルファレスの胸元しか見えていないが、少しでも距離を取れば他の部位が目に入ってしまう。目を逸らそうにも距離が近すぎて、体のどこかしらが視界に入ってしまう。


 なるほど。

 離れると、『俺の全裸を見ることになるがいいのか?』と。そう言うことか。


 自分の口元が引き攣っていくのを感じた。


 王宮騎士団で男の振りをして生きてきたから、男の存在は身近であった。しかし特命任務を扱う部署に所属していた関係とランティスが手を回したお陰で男との密な接触はなく、もちろん経験すらなかった。


 にも関わらず……異種族の男の裸を……!


「ハティ‼ リグ‼ 手を貸してくれ‼ 何か着るものを……‼」


 声を上げるが反応はなく、洞窟の中でわたしの声が反響するだけだった。


 ふたりの気配は感じられず、姿も見当たらなかった。


「くそ……。なぜ都合悪く居なくなるのだ⁉」

「都合が良いと思ったのだろう。なぁ?」

「うわっ! 近いんだって‼」


 ベルファレスに頤を掴み、わたしの顔を持ち上げた。息がかかるくらいの距離で、鋭い瞳がわたしを捉えた。


「顔が、赤いぞ」

「だから……! それは……」


 淡々と状況を伝えてくるベルファレスが憎たらしい。男の腕の中で平静でいられるものか!


 なぜ急にドラゴンから人型に戻ったのか。

 その疑問が残っているが、まずこの状況をなんとかしなくては……。


 腕の中でくるり向きを変え、ベルファレスに背を向けながら、数歩離れる。これで大事な部位が目に入ってしまうことはない。


 ローブの膝から下を力一杯引き裂き、一枚の白い布をベルファレスに差し出した。


「あっち向いているから……、これを腰に巻け」



 * * *



 まだ目のやり場に困る状態ではあるが、危うい状況は脱したと思う。


 額はじっとりと汗をかき、ほっとしたせいかどっと疲れが襲ってくる。ふらっとよろけたわたしの体をベルファレスが支えてた。


「大丈夫か?」

「わあっ‼」

「どうした?」

「……な、なんでもない。ありがとう」


 わたしはとっさに体のバランスを立て直して、距離を取る。


 ベルファレスを意識して、妙にそわそわと心が浮わついてしまう。


「なんで、リグとハティはいなくなるんだ⁉ 着替えを持参するくらい気を利かせてもいいだろう!」


 しつこくぶつぶつ言いながら洞窟を出ようと進み出すが、ベルファレスは立ち止まったままだった。

 振り返ると、彼は神妙な顔で腰に巻いた布を見つめていた。布の端に血痕がついている。布を引きちぎった時についたらしい。


「これは……お前の血か?」

「ああ、これ」


 わたしは出血している手のひらを広げて見せた。


「牙の首飾りを握ったら切れてしまったようだ。……でも、心配ない。たいした怪我ではない。……それよりせっかく作ってくれたのに汚してしまってすまない。綺麗にして大事にする」


 ベルファレスがじっとこちらを見ているので、怒られるかと思い、次から次へと言葉を並べた。だが、それに続く彼の言葉は意外なものだった。


「まさか……、レラの血で人の姿に戻るとは……。伝説の通りではないか……⁉」

「あの……? ベル?」


 彼は手をわなわなさせて、驚いている。わたしの声は届いていないようだ。


 もう一度名を呼んでみる。

「ベル」

「ああ、なんだ?」


 すぐに我に返ったが、ベルファレスは気が抜けたようにぼんやりとしていた。


 わたしの手から牙の首飾りを取り、正面から首にかけてくれた。

 予期せず近距離で向かい合ってしまい、目を伏せる。


 それでもベルファレスはわたしの顔を覗き込んで言った。


「やはりお前は俺の女神だったんだな……」

「……はっ⁉ いや? 待って? どう言うこと⁉」


 ベルファレスの顔は真剣そのもの。

 わたしがどんなに照れて動揺していても、鋭い眼差しで見つめてくる。ずっと探し求め切望していたものが手に入ったような切ない顔で。


 伝説の女神とは……いったい⁉

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