第14話 誓約の儀式
陽が沈み、暗さの増した森の中を、松明を掲げた行列が歩いていく。
リグを先頭に、ベルファレス、わたし、ハティと続いた。今度は目隠しをされることなく、彼らの背中についていく。
やがて森を抜けると切り立った崖が現れた。
「ついたぞ」
ベルファレスが指さす先には、大きく口を開けた洞窟があった。天然か、竜人族が掘ったものかはわからない。洞窟の天井が高く、驚いた。
威圧するような重たい空気が洞窟の奥から漂ってくる。
(なんだこの異様な感じ……)
洞窟の奥へと進んで行くと、ツンと鼻を刺す刺激臭が風に乗って洞窟の外へと流れていく。
程なく進むと、突き当たりに差し掛かり、風邪は下から上へ吹き上げる流れに変わった。
リグとハティが洞窟の壁に設置された燭台に火を灯すと、大地の底に向かって大口を開けた巨大な穴が現れた。
「落ちるなよ」
様子を見ようと近づくわたしの前にベルファレスが立ち塞がる。彼の肩越しに観察する格好になったが、それでも迫力があり、この穴はコーラル山の内部に眠るマグマに繋がっているように思えた。
わたしは鼻を覆った。ここが一番匂いが強い。
穴から吹き上げる風は洞窟に反響して、ヒュゴーヒュゴーと音を立てる。まるで怪物がいびきをかいているようだ。
この洞窟は特別で、今まで信じてこなかった怪物の存在を考えずにはいられない不思議な雰囲気を醸し出していた。
「では始めましょう」
「ああ、頼む」
ハティの合図で、大穴を背にしてベルファレスが佇み、わたしは正面から彼と向かい合った。
リグはベルファレスとわたしの側面を見る形で脇に控える。
ハティはベルファレスを通りすぎ、大穴に近づき、その穴に右手をかざした。深呼吸をした後、穴に向かって語りかけた。
「ドラクの巫女ハティが尋ねる。我らが始祖の源流にして、冥界の覇王ドラゴンよ。この度我らを導く人間の女を迎えることになった。快く受け入れたまえ」
儀式の常套句を述べたハティはベルファレスの前に進み出て、自身の手を彼の顔面にかざした。
ハティの手は透き通り、血管が浮き上がって青白く光っているように見えた。
厳かな空気が流れる。ハティに促され、ベルファレスはゆっくりと目蓋を閉じ、深い呼吸を続けた。
ハティがベルファレスに問い掛ける。
「冥界の血を受け継ぐドラクの子よ。汝の名は」
「ベルファレス……」
名乗り終えると、ハティはわたしに歩み寄り、同じ手をわたしの顔にかざす。目がじんわりと暖かさに包まれ、それに誘われるように瞳を閉じた。
ハティが落ち着いた声で尋ねる。
「人間の女、そなたの名は」
「……レラ」
この段取りについてはなにも聞かされていない。ベルファレスの真似事をした。まだ儀式は続いている。
ハティはベルファレスの手を両手で包み、問いかけた。
「ベルファレスよ。ドラクの始祖に倣い、レラを同胞に迎え、慈しみ、共にこの地に命を刻むことを誓うか」
「誓う」
「レラよ。そなたもドラクを受け入れ、慈しみ、共にこの地に命を刻むことを誓うか」
「……」
今度は私が誓う番だ。
たった一言の重みがずしりとのしかかる。
誓約。
心の底から思ってもいない言葉を口にすることができない。
目の前のベルファレスから思念を感じられた。何かを待ち焦がれているような、懇願しているような熱い情熱が伝わってくる。
心がざわつく。
まだ彼らのことを信用できない。沈黙を破り、引っ掛かっていることを打ち明けた。
「……まだその言葉を口にすることができない」
一同は顔色を変えず、冷静にわたしを見つめていた。
「私語は慎め、儀式を汚すな」
リグがそっと剣の柄に手を添え、低い声で言った。
「それはあなたもです。リグ」
ハティに諌められても、リグは柄に手を掛けたまま、緊張を解かなかった。ハティがわたしに向かって語り掛ける。
「儀式の最中ですが、いいでしょう。気になることがあるなら話しなさい」
気になることはたくさんある。
その中で、自分の信条に関わる、あることについて確認しなくてはと思った。
「我が王国から、ここに何度か使者が来たはずだ。彼らは言ったきりで国に帰ってくることはなかった……。彼らが今、ここに居ないと言うことは、お前たちが殺したと言うことなんだな? 王国騎士団の人間として、祖国の人間にひどい仕打ちをした異民族と誓約を交わすことは、わたしの心が許せない」
ベルファレスもリグも、真剣にわたしを見つめていた。空気が張りつめる。大穴から吹き上げる風がわたし達を包む中、ハティがゆっくりと口を開いた。
「安心なさい。彼らは生きています。きっと無事です」
「どこにいるんだ⁉」
「それはわかりません。わたくしたちと出会ったすべての記憶を消し去って、山を下ろしました。人間の商人に道案内をさせたから、きっと人里にたどり着いたはずです」
「記憶を……消し去る……?」
なぜそんなことができるのかよりも、なぜそんなことをしなければならないのか疑問でしかたがない。
「わたくしたちの存在、この土地の存在は多くの人間に知れ渡っては困ります。数では人間に敵いません。大挙して敵が押し寄せてくることがないようにするためです」
これが竜人族の防衛手段と言うことか。
「なら……! 同じようにわたしの記憶も消せばいいだろう⁉」
声を荒げてしまったのは、ただで生き残った自分が惨めに感じたせいかもしれない。
「あなたは特別です。ベルファレス様に選ばれたのですから」
諭すように静かに語りかけるハティはじっとこちらを見つめている。
「……ですから、あなたにも誓ってもらうのです。わたくしたちがあなたを大切にするように、あなたもわたくしたちを大切にすると言うことを……」
わたしを見つめるハティの瞳は誠実そのもので、それはリグも、ベルファレスでさえも同じだった。
たがベルファレスの視線にはまた別の感情がこもっているように思えた。
『レラ、お前は強くて、美しい。俺の女になって欲しい。大事に扱う』
体が急に熱を帯びた。あの時の言葉を思い出す。
なぜわたしに目をかけるのかよくわからないが、好意を向けられるのは案外、嫌ではない。
でも、わたしは彼らのことを知らなすぎる。だから怖くて前に進めない。
ここで誓わないと言った場合、彼らの厚意を無碍にすることになる。
このひとことを言えば、彼らの世界を知ることができるんだろうか。
迷いながらも口を開きかけたその時、手の甲に熱を感じた。
「麗しき人間の姫よ。どうか私の想いを受け取ってはくれないか」
ベルファレスが跪き、わたしの手を取っていた。
熱い視線に絡め取られ、絆されていく。
信じてみよう。
彼らのことを知ってみよう。
「誓い……ます」
わたしはその言葉を口にしていた。
一瞬、ベルファレスの口元が緩み、笑みが滲み出る。
ハティはリグに向き直り、「証人、そなたの名は」と、リグに尋ねた。
黙って様子を見ていたリグが前に進み出て、「私はリグ。ベルファレスとレラの誓約が確かなものであることを証明する」と、厳かな声で述べる。
「誓約が果たされなかった時は互いの決別を意味する。ドラクの子、ベルファレスが破ればドラクはみな人間の家畜となり、人間の女レラが破れば、女の記憶を奪って追放の処罰を科す」
ハティはベルファレスとわたしの手を取り、誓約破棄の注意事項を伝えると、片手を挙げ、声高らかに宣言した。
「以上をもって、ドラクと人間の誓約は交わされた」
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