ブルーレッドドラゴンときめきファンタジーオンライン ティマとラグナの野望

鈴寺杏

第1話 そこはEscキーではありません

 右手に持ったナイフをモンスターへと突き刺し、息の根を止める。

 プチッ! という音と共に破裂しドロッとした液体へと変化した後には、通常ドロップ品と共に目的の物が地面に残っていた。


「はあ。やっと出た」


 このゲーム世界に閉じ込められ、チュートリアル専用施設で過ごすこと凡そ一週間。『プリリン』というプッチンしたプリンのような見た目で、この施設でのみ現れるモンスターを狩り続け、ようやく目的のアイテムをドロップさせることが出来た。

 

 プリリンのレアドロップである、初心者用ナイフ改を地面から拾い上げ眺める。


「うん。やっぱりゲームと同じだ。一週間かかったけど、ドロップ率考えるとこれでも早い方なんだよな……」


 そう独り言を呟きながら、柄とブレード部分に空いた穴へ集めておいたオーブをはめ込んでいく。


「よし。あとは、リネームか。名前どうしよう」


 装備している腰の道具袋から、透明なプレートを取り出し指で触れる。

 さすがに数日が経ち、元々ゲームシステムも理解出来ていたのもあって、このステータスプレートの操作にも慣れてきた。

 プレートに表示された項目の中からアイテムを選択、初心者用ナイフ改の部分を長押しし表示されたリネームを押す。


「一週間か。ウイーク、ウイークをレス。もじって『ウィークネス』ってどうだろう」


 武器の名前を入力し、決定を押す。

 この名前の使用は問題なかったようで、アイテム名は『ウィークネス』へと変化していた。


「これでよし。さて、転職しに行きますかね」


 一度振り返り数日過ごした施設へ別れを告げると、右手のナイフをウィークネスへと持ち替えて、この平原の先にある建物を目指し歩き始めた。

 この場所に来た日を思い出しながら……。

 



 俺『奥田圭おくだけい』が、この『ブルーレッドドラゴンときめきファンタジーオンライン』の世界に閉じ込められたのは、八日前のことになる。


 自室にてネトゲであるこの作品をプレイしている途中に寝落ちして、起きたらここにいた。

 正直、初日はまったく意味が分からず混乱していた。夢だと思っていたくらいだ。

 しかし歩き回ったりして、目にしたものを時間をかけ受け入れた結果、ゲームの世界だということを理解することができた。

 さすがに痛みを感じたり、野原で一度寝ても状況が変わらなければ現実なんだと諦めもつく。


 一応一度状況を受け入れた後に、ログアウトすればゲーム内から脱出できるのではないかと思っていろいろと試してみたが無理だった。

 そして悲しいことにその結果として、俺をゲーム内に閉じ込めたと思われる相手から頂けた言葉は、勝手に頭の中に入ってきた【乳首はEscキーではありません】のみだけ。


 そんなことは俺でもわかってる!

 何とか元の世界に戻れないかと藁にも縋る思いで必死になれば、出来ることはなんだって試してみるだろうに。

 ログアウトのために何かキーを押す必要があると考えた時、ボタンぽいものなんて限られるでしょうが!



 そんなこんなで一日を無駄にして状況把握を済ませた俺は、ここから脱出する糸口を見つけるためにこのゲーム世界をプレイすることに決めた。

 最悪もう出られないとしても、成長し豊かな生活を目指す必要がある。身を守るために力も必要だ。


 幸いなことに今いる場所を知っていたこともあり、まず何をするべきか決めるのは簡単だった。

 チュートリアル専用施設に入り、係の人から初心者用アイテムを受け取る。そしてクエストを開始し、少し離れた辺りをウロウロしているモンスターを倒してレベルを上げ、平原の先にある橋を渡った建物で石板に触れ転職する職業を選ぶ。

 ここでやることは、これだけのことだ。

 すぐにだって次のステップへ進むことができる。



 ということで、トコトコと歩き目的の施設にやってきた。

 石造りの立派な屋敷、いや砦といった場所。

 警備の人もいなければ、門は解放されたまま。当たり前だけれど、ゲームとまったく同じ状況。


 門から中に入り、中央広場の噴水前にいる女性に話しかける。


「こんにちは」

「こんにちは。旅の方どうされました?」

「チュートリアルを受けに来ました」

「はい。では、こちらの袋をどうぞ。役立つ装備やアイテムが入っています。それから、この資料に載っている試練のうち二つクリアすることが出来れば合格となります。終わりましたら、こちらへ報告にいらしてください。あと、この施設の地図も添えてありますので、自由に利用してくださって結構です。それでは、がんばってください」


 女性との事務的なやりとりを終え、広場にあるベンチに腰を下ろし資料を確認したが、知っている内容との違いはない。

 次に、袋の中身を確認。

 初心者用装備一式に、初級ポーションがいくつかとちょっとした食料。あとは、専用のステータスプレートが入っていた。

 早速、普通の服から貰った装備へと着替える。

 何かの革で出来た上下の服とブーツ。それから、ベルトにナイフ。

 うん。なんとなく、それっぽくなった。


 続いて、ステータスプレートで能力の確認。

 ゲームとしてやっていた時は種族を変えていたのに現在は『人間』となっている。どうやら現実の俺を数値化した状態になっているようだ。

 レベルはもちろん「一」で、ステータスも普通。当然スキルもなし。

 でも、悲観する必要はない。ゲームそのままならこのあと覚えていくことが出来る。


 すぐにでも試練ことクエストを開始しようとしたけれど、先に施設内を見て回ることにした。状態が「空腹」になっているので、食堂で何か食べるものを貰いたい。先ほど受け取った食料は携帯用なので、今は極力使いたくないし。

 地図と記憶を頼りに建物へと入っていく。

 奥から美味しそうな匂いがするので向かうと、料理人のおじさんがいたので話をしてパンとスープを貰った。代金は無料だ。

 誰もいないので席は選び放題。適当に近場を選び座る。


 ここの施設は初心者用なので非常にサービスが良い。

 無料で食堂や宿泊施設が利用出来たり、治療なんかも行ってくれる。

 食べながら考えたが、戦闘や採集に慣れるまでしばらくここで厄介になることにした。

 このフィールドでしか手に入らないアイテムもあるし。


 ほんの少しだけ同じ境遇の人が現れないかと期待したというのもあるのだけれど、よく考えれば先日初心者同士でモンスターの取り合いから揉め事に発展したのが原因で、各自に個別のチュートリアル専用フィールドが用意されるように変わったことを思い出した。なので、同じような人に会うことは無理だろう。


 食べ終わり、軽くため息をつくと立ち上がり食器を料理人のおじさんのところへ返却する。当然「ごちそうさま」の一言を添えて。


 お腹も膨れたことだし、一通り施設内を見たら試練を開始するとしますか。

 未だに戸惑っている部分もあるけれど、まずは前に進まないとね。

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