ハナビハルタ 幼馴染のパンク系女子がやたらと俺にかまってくる

雨乃からす

第1話


「うあ~、疲れたぁ~、もう勉強やりたくないぃぃ~」


 開幕早々、テーブルに突っ伏して駄々をこねるのは幼馴染の花灯はなびだ。

 俺と同じ高校に通う十六歳。家が隣同士かつ、家族ぐるみのつき合いがあり、小さい時からずっと一緒に育ってきたという、典型的な幼馴染キャラのようなやつである。

 黒髪ツインテールで、前髪にワンポイントで青いメッシュが入っている。着崩した制服に、黒のチョーカーやらリストバンドやらをじゃらじゃら着けた派手な格好。

 俗に言うパンク系女子とかいうやつだ。


「始めてから二分しか経ってないだろうが。まだカップ麺のほうがお前より忍耐強いぞ」


 ついさっき出来たばかりのカップ麺を手に持ちながら、俺は花灯に向かって悪態をつく。

 花灯の自室にあるローテーブルの上。白紙のプリントには名前すら書かれていない。

 花灯は当然のように俺の暴言を聞き流すと、恨めしそうにこちらを見上げてきた。


「だって、そんなおいしそうなの横でずるずるされたら、勉強なんて出来るわけないじゃんか」

「我慢しろよ。誰のせいで昼飯を食い損ねたと思ってるんだ」


 

 時は数時間前にさかのぼる。


──


 いつもように教室で昼食をとろうとしていた時のこと。突然、ばたばたと忙しない足音が聞こえてきたのであたりを見渡すと、教科書やらノートやらを両手いっぱいに抱えて走って来る、一人の女子の姿が目に入った。


春太はるた! ヤバいっ! マジでヤバい! ヘルプッ! ヘルプミー!!」


 俺は大きくため息をついてから、目の前に広げられた今日のランチセット(カップ麺とあんパンを)をバッグに戻す。

 その後すぐに、机の上に大量の教科書がどさっと置かれた。


「ヤバい」と「ヘルプ」と、この慌てぶりだけで、こいつが今どういった状況に置かれているのかを瞬時に理解できてしまうあたり、俺はもうこいつに相当毒されているのだろう。


「なんだまた宿題か? 俺はお前の家庭教師じゃないんだが」

「ちがうよっ! いや、宿題もやってないんだけど、そうじゃなくて……っ!」


 わたわたと手を振りながら、教科書の山をかき分けていく花灯。

 その後何枚かプリントを手に取ると、俺の顔面にそれを突きつけてきた。


「ほらこれっ! 前に出された課題! かんっっっぜんに忘れてたんだけどどうしよう!」

「え!? お前、これ……」


 俺はプリントをひったくるようにして奪い取る。

 二週間も前に出された課題だった。それも期限が明日までの重要なやつ……。

 

 その瞬間、俺はすべてを悟って諦めた。遠い目をしながら窓の外を眺める。きれいな五月晴れの空にうっすらと飛行機雲がたなびいていた。

 今日のランチも、家に帰ってから久々にやろうと決めていたゲームも、俺の尊い睡眠時間でさえも、それは儚く消えさった。あの飛行機雲が消えてゆくように。

 

 俺は自分を奮い立たせるために、ふうと小さく息をはいた。確かな覚悟を目に宿して花灯を見つめる。


「今夜は寝かさないからな、花灯」


 俺の決意を聞き、花灯は一瞬だけ頬を赤く染めた。長いまつ毛に縁取られた瞳がきょろきょろと宙をさまよう。

 やがて合戦にでも望むような真剣さで、花灯はぐっと拳を握って言った。


「よ、よろしくお願いします!」


──


 さて。

 こうして今にいたるわけだが、さっきの会話が示すように課題のほうはまるで進捗がない。というか取りかかってすらいない。

 どうやったらこいつに勉強を教えることが出来るのか。いっそのこと、俺がぜんぶやってしまおうか。

 いや、それだと間違いなく俺の両親含め、花灯の親からもクレームが入る。それだと後々面倒なことになるだろう。

 さて、どうしたものか……。

 

 そんなことを考えていたら、ラーメンが伸びてふやけそうになっていたので、俺はひとまずそれを食べることにした。

 立ち昇った湯気から醤油のいい香りが鼻をぬけていく。エビと卵をからめて麺をすすると、朝以降なにも口にしていなかった俺の空きっ腹に、じわりと温かな幸福が広がっていくのを感じた。

 うん、やっぱりカップ麺は醤油にかぎる。


「……」


 ふと隣に視線を送ると、花灯がじとっとした目でこちらを見ていた。


「……なんだ?」


 箸で麺を持ち上げたまま、聞く。

 花灯の視線はその麺に注がれているようだ。えさを待つ犬のような顔をしている。 


「……うまそう」

「やらんぞ」


 間髪入れずに告げると、花灯から即座に不満の声が上がる。


「ひどいよっ! あたしだってお昼食べてないのに、わざわざ見せつけるように食べてくれちゃってさ。ほんと性格悪いよね、春太って」

「おおう。お前、俺のあんパン勝手に食っといて、いい度胸してるよな、ほんと」

「残念でした~。あんパンなんてご飯のうちに入りません~。あれはただのおやつですぅ~」

「よし、表に出ろ。今すぐそのおやつを買いに行かせてやる」


 首根っこでも掴んでやろうと伸ばした右手に、花灯の両手がホールドするみたいに絡みついてくる。「うわー、やめろー」とか言いながら、けらけら笑って俺の腕に抱き着いてきた。

 制服のワイシャツ越しに、花灯の体温とやらわかな胸の感触が伝わる。俺の身体は一瞬にして硬直した。

 

 こいつ、意外と胸あるんだよな……。

 いつからこんなに大きくなったのか。中学の時はふつうにまな板で、それをからかって殴られたりしていたが、今ではさすがにネタにすることは出来ない。

 俺の動揺に気づいたか、花灯はいたずらっぽく笑った。


「おや~? 春くん、顔が赤いようだけど、どうしたのかな~?」


 う、ウザい……。

 ひじょうに腹立たしいが、こいつは幼馴染の贔屓目をなしにしても、ふつうに可愛いと思う。ぱっちりとした二重目に、整った顔立ち。小柄な体躯はそのままに、スタイルはいい感じにわがままになっきている。

 

 今さらこいつに恋心なんて抱くわけもないが、俺だって健全な高二男子だ。

 こうも密着されると色々と、意識せざるを得ないお年頃なわけで……。


「う、うるせえな。いいからさっさと離れろよ……あと、その呼びかたもやめろ」


 俺はなんとか身をよじって、花灯から身体を離した。


「注文多いなぁ。ほんとはうれしいくせに。このツンデレめ」

「誰がツンデレだ。俺はお前に対してはツン100%だ。デレるなんてこと、天地がひっくり返ってもないから安心しろ」

「うわー、可愛くねー」


 結局課題をやり始めたのは夕方五時のチャイムが鳴ってから。さらに自分が課題をやる交換条件として、俺のカップ麺をぜんぶ食われたが、もはやどうでもいい。

 そうして俺は、一抹の不安を抱えながら、花灯の課題を進めていった。

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