第71話 公務員、作戦会議に出る

 翌朝、ヴァルトに呼ばれ、再び詰め所の一室へと向かった。昨日と同じ簡素な部屋。机と椅子があるだけの空間だが、戦術を練る場としては十分な場所だ。

 ヴァルトはすでに待っており、俺が入ると同時に手招きして席を勧めた。


「早速だが、本題に入るぞ」


 ヴァルトの表情は真剣だった。机の上には地図が広げられており、俺の視線がそれに向かうと、ヴァルトが指で森の一部をなぞる。


「昨日話していた森の中の迷宮についてだが……実は、魔族の国でもその存在自体は昔から知られていた。ただな、誰も積極的に迷宮に入ろうとしないから、正確な場所はわからなくなってしまったんだ」


「どういうことだ?迷宮を攻略しないってことか?」


「その通りだ」


 ヴァルトは腕を組み、少し考えるように視線を落とす。そして、ゆっくりと言葉を選びながら説明を続けた。


「人間の国は、迷宮を管理し、攻略することで魔物の湧きを抑えている。だから、低層の魔物しか外に出てこないし、迷宮資源である魔石を活用した魔道具を作り、生活の中に取り入れている。いわば、迷宮を有益な資源として利用している」


 ヴァルトの言葉に、俺はこれまで見てきた迷宮都市の光景を思い出した。ギルドが管理し、冒険者たちが迷宮を攻略することで秩序が保たれていた。魔石を使った道具は日常的に活用され、迷宮自体が経済を支える要でもあった。

 しかし、ヴァルトは軽く肩をすくめながら、ため息交じりに続ける。


「だが、俺たちは違う。一部を除いて迷宮を管理しようとしない。一番の理由は魔法をある程度みんなが使えるので、魔石を使った魔道具を使う習慣がないからだ。結果として、迷宮から強力な魔物が湧き出ることになる。迷宮はただの厄介者なんだ」


「でも、それなら放置し続けるのは危険では?」


 俺の疑問に、ヴァルトは頷きつつ、地図の上で指を移動させる。


「その通りだ。主要な町の近くの迷宮は俺たち第三騎士団が間引きをする。それでも、たまに……大規模に魔物が溢れ出ることがある。その時も俺たちが動くことが多い。魔族の国じゃ、こうした魔物退治が日常茶飯事なんだよ」


「……なるほど。それって、人間との戦争と並行してやるのは大変じゃないですか?」


「大変だが、もう100年近く続く戦争で俺にとっても、仲間にとってもそれが普通なんだ。むしろ、訓練の一環みたいなものでもあるしな。魔物を倒すとレベルがあがる。そういう意味では、みんな第三騎士団で強くなって他の騎士団にいくことが多い」


 ヴァルトは苦笑しながらも、どこか達観したような口調だった。


「今回はある程度魔物を間引く必要があると判断した。お前の話を聞くからに、魔物が集落を作っている可能性が高い。そこを討伐すれば、しばらくは落ち着くだろう」


「人間の国では、そういった魔物の集落ができることなく、迷宮の魔物をたえず討伐しているってことだな」


「ああ、俺たちは迷宮そのものをどうにかするという考えが少ない。それが課題になっているんだ。我々の土地は迷宮も多く、位置も把握できていないものが沢山ある」


 ヴァルトはそう言って、少しだけ表情を引き締める。


「人間は、迷宮の攻略で経済や技術を発展させてきた。だが、俺たちにとっては、迷宮はただの厄介者。迷宮に潜るメリットがない以上、管理しようという意識が生まれない」


 ヴァルトの言葉を聞きながら、俺は魔族の国の戦い方が見えてきた気がした。

 迷宮を管理し、資源として利用し経済を発達させてきた人間の国。

 迷宮を放置し、強い魔物を討伐することで個々に力を持つ魔族の国。


「……なるほど。文化の違い、というわけだな」


「そういうことだ。そして、今回の件に関しては、お前が見つけた迷宮近くのオークの獣道を調査する必要があり、発見者のお前を連れて行くのは理にもかなっている。これまでの経験で、だいたい迷宮のそばに魔物の集落ができていることが多いからな。森の奥というかなり厄介な所ではあるが、放置できない」


 ヴァルトは俺をじっと見つめながら、静かに言った。


「わかった。協力させてくれ」


 ただ保護されるだけでは今後の立場も不安定だ。何かしらの役に立てば、信頼も得やすくなる。


「昨日の戦いで、戦えることはわかってる。お前の能力は、戦闘だけじゃなく、敵の分析や立ち回りにも長けている。それに、お前が見つけた獣道のことを現場で説明するだけでも十分な貢献になる。昨日の俺たち先行部隊として、やろうとしていた調査内容に値するからな」


 俺は静かに頷く。


「よし、決まりだ。準備ができたら、また呼ぶ」


 ヴァルトは満足そうに頷き、作戦の詰めに戻るのだった。



 ヴァルトとの話を終えた後、俺はしばらくの間、作戦会議が行われる部屋で待っていた。外からは、武器を点検する音や兵士たちが話す声が聞こえてくる。どうやら、すでに討伐隊の準備が進んでいるらしい。

 やがて、ヴァルトが扉を開けて部屋に入ってきた。その後ろには、見覚えのある白銀の髪の少女――レミリス・ナクタリアがいる。


「待たせた。カズトに今回の作戦と隊のメンバーを紹介しておく」


 ヴァルトはそう言うと、横に立つレミリスを指しながら続けた。


「まず、副団長のレミリスだ。……まあ、お前も昨日会ったから知ってるな。姫騎士で有名で民からも人気、そして、剣の実力はずば抜けている」


 レミリスは腕を組みながら、俺をじっと見つめていた。その鋭い赤色の瞳には、俺への警戒心がまだ消えていないのがわかる。


「先に言っておくけど、私はお前を信用したわけじゃない。ヴァルトがそう言うなら協力するけど、ヘマしたら容赦しないからな」


 相変わらず直球な物言いだが、それだけ戦場を知っている証拠でもある。


「はい、精一杯やらせていただきます」


 俺がそう答えると、レミリスは少し意外そうに眉を上げたが、何も言わなかった。

 ヴァルトは苦笑しながら、次の人物を紹介する。


「次に、偵察担当のフェルノートだ」


 そう言って、ヴァルトの後ろから前に出てきたのは、どこか飄々とした雰囲気を持つ男だった。短めの黒髪に細身の体つき。そして何より、気楽そうな笑みを浮かべているのが印象的だ。


「あなたが噂の人間さんですね。まさか魔族の国で人間を見ることになるとは思いませんでしたよ」


 フェルノートはニヤリと笑いながら、俺を値踏みするように眺めてくる。その視線には、どこか探るような鋭さがあった。


「私があなたを見つけた時にすごく驚いてましたね? 」


 俺は再び驚きの表情を反射で浮かべてしまう。おそらく、高度な気配察知を持っているのだろう。


「あと、忠告ですが、魔族は人間と違って、自分に向けられる魔力を察知する。変なマネをすると身を滅ぼしますよ」


 なるほど……相当の実力者らしい。


「忠告、ありがとうございます」


 俺は、素直にお礼をいう。鑑定を魔族に向けるのはやめといた方が良さそうだ。あぶなかった。


「フェルノートは偵察に長けている。ただ、すでに集落への道らしき痕跡の可能性をカズトが発見しているので、今回は先行の動きに合わせて、後方部隊の位置を調整しながらついてくる役割をしてもらう」


「オークの獣道まで気にせず突っ走ってくれたら、あとは調整しときますね」


 そう言いながら、フェルノートは軽く肩をすくめる。

 ヴァルトは地図を指しながら説明を続けた。


「その他のメンバーは、近接戦闘に特化した16名の兵士たちだ。合計で20名の討伐隊になる」


 なかなかの大所帯だが、森の中でこれだけの人数を動かすのは苦労しそうだ。


「そこで、作戦としてはこうする。俺とカズトが先行して集落の痕跡、オークの獣道まで進む。本当はレミリスとカズトに任せたかったが、人間と組むのは無理だろう?レミリスは、俺の代わりに後方部隊を率いる役目をお願いしたい」


 ヴァルトはレミリスの方を見たが、彼女は不服そうな表現で発言した。


「ヴァルト、私は任務に私情をはさまない。作戦成功に向けて能力的にベストな配置にしてもらって構わない」


 ヴァルトは少し考え、答える。


「ならば、レミリスとカズトで先行するのがベストだな。レミリスは気配察知スキルを持っているし、能力も高い。多少の奇襲なら対応できるだろう」


「人間、道案内はよいが、足を引っ張るなよ」


「レミリス、この人間は一人で森から帰還しているし、戦闘の立ち回りも優れているので安心しろ。あと、連絡用に煙幕を渡しておく」


 ヴァルトはレミリスに煙幕を手渡しながら話を続ける。


「俺とフェルノートはお互い部隊を分断させたり、合流させたりしながら進む。森の中で大人数を動かすのは難しいからな。ただ、最終的に魔物の集落の規模によっては人数は必要になる可能性もある」


「なるほど……」


 森の中では、敵がどこから襲ってくるかわからない。だから、ヴァルトたちは機動力を活かし、必要に応じて隊の配置を変えながら進む作戦というわけか。


「レミリスさんと俺は、敵を避けながらもオークの獣道まで一直線に進めば良いということだな」


「そういうことだ。お前たちは気にせず、最短ルートで向かえ。そして、オークの獣道のところで、煙幕を使って連絡をとってくれ。他にも何かトラブルがあれば、煙幕を使え。俺が先行して現場に向かうようにする」


 ヴァルトの指示を受け、俺は深く頷いた。ただ、事前に聞いておいた方が良いことはあるな。


「確認させてくれ。まず、途中でオークは積極的に倒した方が良いか?それとも、倒さずにやりすごすのが良いか?」


「倒せる範囲で倒してくれたら良いが、無理せずにだ。オークの獣道のところに行くことを優先してくれ」


俺は頷いて、次の質問をした。


「わかった。道をある程度把握しているので、おおよそ2時間ほどで迷宮近くのオークの獣道まで辿り着くと思っている。時間を把握できるものはいるか?」


「お前、時間も確認できるのか?便利だな。近接戦闘に特化した部隊なので時告げの魔法持ちはいないな。まあ、俺の体感でなんとなくはわかる」


何か良い方法はないかなぁ。分断される部隊をまとめるのにも使えそうな方法で……


「ヴァルト。細いロープのようなものはあるか?」


「おう、こんなんで良いのならあるぞ」


 先ほど煙幕を取り出した、道具を置いてある棚からロープを持ってくる。細くて長さも10mほどありそうで、理想的だ。

「こいつを、20分に一度ほど枝に結びつけておく。1回目から順に巻きつける回数を増やして行くので、大まかな位置がわかるだろう。ゴールはおおよそ、6か7つ目になる予定だ」


「なるほど。それは今回の作戦では便利だな。人間の知恵か……」


ヴァルトは感心したように、でも複雑な表情で俺の方をみて「ありがとう、それは採用だ」と肩をたたく。


「よし、じゃあ準備を整えたら、出発するぞ!」


 ヴァルトたちはすぐに出撃の準備に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る