第一話 魔将の誇りと彼方の故郷
果てなき迷宮のその最奥――、魔源を喰らい尽くそうとする真紅の魔晶玉が、祭壇に鎮座し脈動を繰り返している。
それはすなわち魔界全土の、生きとし生けるものの生命力を吸い上げて、魔王の魂を星神へと変じる究極の大魔法の源である。
その、各地に八つ点在するうちの一つを目前にして、勇者とその一行は今までにない死闘を余儀なくされていた。
勇者「ガルンテル!! お前――!!」
ガルンテル「……」
武力を誇る戦鬼族にあって――、かの【慈悲王】よりの忠臣である戦鬼将軍ガルンテルは、全身を自らの血で染めながらも勇者たちの猛攻をたった一人でしのいでいる。
無論、それは彼個人の力だけによる抵抗ではない。――彼は今、魔晶玉の根源に魂を縫いつけられて、その力をもって普段の数倍にも及ぶ武を振るっているのである。
もはや勇者側で、明確に立ってガルンテルと相対しているのは勇者だけであり。
聖女アンネミリアは治癒魔法にかかりきりで身動きがとれず、クーネリアは魔剣グランバスターを大地に突き立ててただ喘ぐだけである。
エリシスは戦いの中盤に行動不能にされ、魔族レイに至っては、その危険性をガルンテルに見抜かれて、真っ先に即死級の大斬撃を受けて、治癒魔法ですらまともに回復できない致命傷を受けて倒れ伏している。
勇者「――俺は、お前の事を贔屓目に見すぎていたようだな」
ガルンテル「ふん――、何を言うかと思えば……」
勇者「お前なら――、魔王のこんな最悪な悪あがきを、止める側にまわると思っていたが」
ガルンテル「言うな!! ――儂は、魔王様より承った使命を果たさねばならぬのだ――」
勇者「……それが、多くの同胞の命を奪うことでもか」
その勇者の言葉に、ガルンテルの表情は悲しいほどに苦渋に歪む。――そんな事は、他の誰より彼自身が理解している。
今の魔王の進む道は、多くの同胞の血潮で舗装されている。今までも――、そしてこれからもそれは変わらないのかも知れない。
――だが、だがしかし――。
ガルンテル(魔王様――、お優しかったあの頃……。儂が生涯をもってお守りすると、そう貴方に誓ったこの想いは――)
ガルンテルは勇者の猛攻をしのぎながら――、血の涙を流して咆哮する。
自らの命をも賭して解放するその魔源は、それまで勇者たちが戦った何者よりもガルンテルを強大な敵に変えていた。
ガルンテル(儂は――、捨てることが出来ぬ……。かつてを知るからこそ――儂は)
でも、ガルンテルは理解していた。――本当は彼自身理解していたのだ。
自分が忠誠を誓った魔王はもはやこの世のどこにもいないのだと。それでも、ほんの僅かの【希望】に縋ってガルンテルはただ無様に足掻き続ける。
勇者「この馬鹿野郎!!」
ガルンテル(ああ――、まさしくその通りだ……)
勇者の目にはガルンテルへの哀れみが見える。
どの魔将軍より長く相対し続けてきたからこそ、彼にはガルンテルの嘆きが手に取るようにわかるのだろう。
だからこそガルンテルは心の奥から吐き出すような咆哮を放つ。
ガルンテル「儂を止めたくば――、貴様の全てをぶつけるがいい!! たとえ愚かしくとも――、一度決めた道を儂は違えぬ!!」
そして、無限とも感じる攻防の果て――、その決着は起こる。戦いは戦鬼将軍ガルンテルの敗北であった。
その時――、血にまみれ倒れ伏すガルンテルは、勇者に一つの願いを託す。
――魔王様を……、どうか楽にしてあげてくれ――、と。
◆◇◆
勇者「よ! ガルンテル!! おひさ!!」
ガルンテル「……」
そう言って明るく挨拶する俺に、当のガルンテルは渋い顔で返す。
今、俺たちはガルンテルの故郷であるムゲナ村にやってきていた。
勇者「で? 決心はついたのか?」
ガルンテル「ふん……、儂らの答えなど変わらぬと、貴様がよく知っておろう?」
勇者「う~~ん」
俺はそのガルンテルの答えを聞いて大きなため息をついた。
勇者「なぜだ? ただ魔王城の近くに集落を移転するってだけで……、俺はアンタ達に俺の命令に従えだとか、配下になれなんて事は言ってないだろ?」
ガルンテル「ならば逆に問おうか勇者――。貴様はそんなに簡単に、故郷を捨てられるのか?」
勇者「む……」
ガルンテル「かつての戦争の影響で――、ここら一帯の瘴気が濃くなり続けておるのはわかっておる」
そう――、今ガルンテルが語った通り、このムゲナ村一帯は【有害魔源】――、いわゆる【瘴気】の活性化で生命の住めない土地になりつつあるのだ。
だからこそ、俺はこの村の住人全員を、安全な魔王城近辺へと移住させるよう提案しているのだが。
ガルンテル「だが……、ここは儂らが生まれて育った場所。それをおいそれと捨てて移住など出来ぬ……、それが村の者たちの答えだ」
勇者「……その結果、【多くの同胞が死ぬ】事になっても?」
ガルンテル「!!」
俺の言葉に一瞬ガルンテルは目を見開いた。しかしすぐに目を細めて答えを返した。
ガルンテル「ああ……そうだとしても儂らはここから離れぬ。儂らを移住させたくば、貴様の得意な暴力で言うことを聞かせるんだな」
俺はその答えに小さなため息で返した。
◆◇◆
夜の帳が下り、――空に月が昇る。
俺達はムゲナ村の客人用に用意された空き家で、先程の相対を思い出していた。
アンネ「勇者様――、ガルンテルさん、普通ではありえないくらい老化してらっしゃいましたね」
クーネ「あれって先の戦争の影響? ――ってわけでもないんだよね?」
勇者「ああ……、アレは瘴気を長く強く浴びているからだ。もっとも、ここに住んでいるだけではあんな事には……」
俺は腕を組んで考え込む。しかし、出てきた答えはやはり一つしかなかった。
勇者「あのジジイ。多分、少しでも瘴気の活性化を抑えようと、瘴気の濃い領域に通ってなにかしてるんだろう。――活性化が抑えられてる気配がないあたり、無駄なことをしてるんだろうが」
クーネ「相変わらずの頑固者って事ね……」
クーネリアがそう言って苦笑いした。アンネは心配そうに呟く。
アンネ「村の人達のうち、高齢者の大半が移住に反対し――、若い人たちはガルンテルさんの意見に従うと、言ってるみたいですね。だとすれば――、ガルンテルさんの意見次第で……」
勇者「ああ……、あの石頭をなんとかしないと、このまま……」
俺がそう言って頭を掻いていると――、不意に扉が開いて、その向こうから小さななにかが顔を出した。
???「……」
勇者「ん?」
???「おまえ――、ゆ~しゃか?」
それはおそらく子どもと思われる幼い声。
俺は困惑しながらその声のする方へと歩いてゆく。すると――、
アンネ「あれ……、この子達は――」
勇者「む……」
そこにいたのは小柄な――、おそらく6歳前後と思われる、二人の戦鬼族の子どもであった。
女の子「おまえゆ~しゃか!!」
男の子「まおうをたおしたゆーしゃか?!」
俺は困った顔で笑いながら答える。
勇者「まあ……、その通りだけど――、何このガキンチョ」
女の子「ガキンチョちがう!! わたしはリッカ!!」
男の子「おいらはフムだ!!」
二人の子どもは頬を膨らませながら俺に近づいてくる。そして――、
リッカ&フム「とおおおおお!!」
勇者「おあ?!」
……!!
その瞬間、俺は悶絶してその場に突っ伏す。なぜならこのガキンチョどもが、いきなり俺の股間を手にした木の棒で打撃したからである。
勇者「な……に、すんだ――、お前ら」
リッカ「おおお!! ゆ~しゃがたおれたぞ!!」
フム「いまだ~~!!」
二人のその【小悪魔】は、その場に突っ伏している俺に群がって、のしかかってくる。
勇者「な? お前ら――、何して……」
俺は二人の【小悪魔】の下敷きになって呻く。その様子をアンネとクーネが苦笑いしながら見つめていた。
勇者「お願いだから――、やめなさい。おま、――わかった、わかったよ! 俺の負け――」
リッカ「まけをみとめるか、ゆ~しゃ!」
フム「おいらたちのかちだ!!」
そいつらはなんとも楽しそうに俺の上で跳ね回る。――頼むからどいてください。
そんな状況で、流石にアンネが苦笑いしながら助け舟を出してくれる。
アンネ「ねえ、君たち――、勇者様が困っているから、許してあげて」
リッカ「む……、おねえちゃん、ゆ~しゃとわたしたちのしょうぶのじゃまはだめだぞ」
フム「おいらたちはゆ~しゃにかって、おじいちゃんよりつよいことをしょうめいするのだ!」
その二人の言葉に、俺達は驚きの表情で顔を合わせる。
勇者「おじいちゃんって……まさか、ガルンテル?」
俺のその呟きを聞いて、アンネとクーネは困惑の表情を浮かべて二人の【小悪魔】を見つめた。
◆◇◆
さっきまで暴れまくっていた【小悪魔】たちが、可愛い寝息をたててアンネの膝を枕に眠っている。
アンネはそんな二人を優しく撫でながら俺を見つめた。
アンネ「若いひとは何人か見ましたが――、この村にはこんなに幼い子もいたのですね」
クーネ「だとしたら……、あの頑固ジジイ、こんな子まで自分の頑固な考えの犠牲にするつもりってこと?」
二人の言葉に俺は小さくため息を付いた。
勇者「これは流石に……、あの石頭をなんとかしないと」
俺は決意の表情で立ち上がる。――と、
トントン……。
扉がノックされて、そして開く。
勇者「あ……」
その向こうにガルンテルが立っていた。
俺は一瞬リッカとフムを見つめた後、ガルンテルを睨んで言った。
勇者「俺と――、話がしたいのか?」
ガルンテル「ああ……、二人だけで――な」
それだけを言うと、ガルンテルは俺に背を向けて歩きだす。――俺は黙ってその後を追った。
ガルンテル「二人が……、孫が迷惑をかけたか?」
勇者「ん? まあ、子どもはあのくらい元気な方がいいだろうな」
ガルンテル「ふふふ……、そうだな、あの子達は――、戦時中に亡くなった娘の子でな……、儂の宝でもある」
勇者「……」
黙り込む俺にガルンテルは笑って言う。
ガルンテル「ふむ……、何か勘違いをさせたか? 戦時中に起こった流行病で娘は亡くなった……、戦争そのものの犠牲ではない」
勇者「そうか……」
ガルンテル「儂が戦争にしか目を向けていなかったから――、娘を死なせることになった」
その時のガルンテルの顔は、今まで見たこともないほど弱々しく、そしてその身体も小さく見えた。
勇者「……ガルンテル。お前――」
ガルンテル「ああ――そうだ、儂は後悔しているのだろう、あの時に正しい選択ができていれば、いろいろなものを亡くすことはなかった……と」
勇者「だったら!」
ガンルンテル「それでも――だ、儂ら老人はそう簡単に考えを変えることが出来ぬ」
そのガルンテルの顔にはあのときと同じ苦渋が見て取れた。
ガルンテル「だから――、儂ら老人はここで終わるべきなのだよ」
勇者「!! ――まさか!!」
ガルンテル「勇者よ――、お前に村の若者達の未来を託したい。彼らを連れて行ってやってくれ」
勇者「……」
ガルンテルは自嘲気味に笑っていう。
ガルンテル「村の老人共は考えを変えないだろう――、そして、彼らは若者たちもそれに従うと勝手に思い込んでいる。そんな頑固者共の道連れになる必要などない」
勇者「ガルンテル……お前は」
ガルンテル「儂は老人共とここに残る、そうしなければ奴らは納得しないだろう。――この惨状を生み出した元凶の一人が、無様に生き残るために勇者の庇護を受けた……と」
勇者「……お前、わかっていて――」
ガルンテルは小さくため息を付いて勇者を見る。
ガルンテル「ああ……、お前にアレだけボコボコにされたからな。さすがの儂とて――、あの時の儂が【叶えられぬ希望】にすがって皆を道連れにしようとした、――その事くらいはわかる」
勇者「――本当にこのまま残るのか?」
ガルンテル「先延ばしにされていた処罰が、今執行されるだけの話だ」
その達観した様子に、俺は――、苦しむ心を隠さずに言葉を放つ。
勇者「……お前は――、お前自身の誇りと、かけがえのない誓いのために戦ってきたんだろ?」
ガルンテル「それでも――、犯した罪は精算されねばならぬ」
ガルンテルは静かに微笑むと、俺に向かって言った。
ガルンテル「わかってはいたが――、お前はバカだな……。儂のような虐殺者にそんな目を向けるな」
勇者「……」
ガルンテル「これは――、命がけで相対した勇者にだからこそ頼める――、儂の最後の願いだ」
勇者「く――」
俺は拳を握って――、そして、吐き捨てるように言った。
勇者「ち――、わかったよ……」
そんな俺を見つめながら、ガルンテルは深く頷き――、月を眺めて言葉を返した。
ガルンテル「感謝する――」
◆◇◆
それから数日後――、移住準備の済んだ村の若者たちは、俺たちとともにムゲナ村を発った。
村の高齢者達は、ただ黙って若者たちに別れを告げることも無く、家に隠れて出てこなかった。
それを俺達は寂しく想いながらも――、ただ一人見送ってくれたガルンテルの笑顔を背に一路魔王城へと向かった。
勇者「――ムゲナ村……か」
高台から村の情景が見える。若者たちは寂しそうな目でそれを見つめていた。
それらの中にあって、元気いっぱいの【小悪魔】二人が俺にまとわりついて、そして疑問を投げかけてくる。
リッカ「ねえ、ゆ~しゃ! おじいちゃんはなんでいっしょにこないの?」
フム「おじいちゃんたちさびしくないか?」
俺はその子達の目を見ることが出来ず、――ただ黙っている。
リッカ「どーした? ゆ~しゃ?」
流石にそんな様子の勇者を見ていられなくなったアンネがリッカ達に言う。
アンネ「おじいちゃん達は――、まだ仕事があって村に残ったのよ。それが終わればすぐに――」
フム「そ~~か! おじいちゃんおしごとか!」
リッカ「それならしかたないね!」
その二人の楽しそうな様子に――、ただ黙ってアンネは二人を抱きしめた。
名残惜しさを振り切って村に背を向ける俺に――、どこからか声がかけられる。
戦鬼族の若者「おい……、なんだ? アレ――」
勇者「?」
俺が振り返ると――、村を見つめるアンネが顔を青ざめさせていた。
勇者「どうした……?」
俺はアンネのその様子にただならぬ嫌な予感に襲われ村の方を見た。そのまま絶句して声が出せなくなった。
クーネ「ちょっと……、あの黒い霧――、明らかにおかしいよね?」
アンネ「勇者様! アレは瘴気です!! ――それも活性化した!!」
戦鬼族の若者「おい! 嘘だろ?! ――なんでこんな時に?!」
あまりの事態にその場の誰もが言葉を失う。ムゲナ村が黒い霧に包まれ始めていた。
濃すぎる瘴気は人に害をなし――、そして死者の怨念を増幅する。どこからか怨嗟にまみれた声が響き始め――、ムゲナ村は無数の怨霊の群れに包まれ始めた。
リッカ「おじいちゃん?」
フム「ゆ~しゃ? なにあれ」
何も知らない二人が俺に目を向ける。――俺は黙って拳を握ることしか出来なかった。
◆◇◆
ガルンテル「ああ……、近くこうなることは予想していたが。若者たちが旅立った後で良かった」
ただ一人生家で酒を飲むガルンテルは静かに言った。
瘴気が溢れ――、死霊が集まってきたムゲナ村は、もはや人の住める土地ではなく。おそらくは――村に残った老人たちも、すぐに死霊の仲間入りをするだろう。
ガルンテル「これでいい……。古く固定観念に囚われすぎて変えられぬ儂らは、このままでは若者たちの足手まといになるだけだ」
願わくば――、孫の大人になった姿を見たかったが……。
ガルンテル「これもまた運命――。大丈夫……、あの勇者ならばきっと」
ガルンテルはかつてを思い出す。
勇者がまだ無名の旅の戦士であった頃に出会い、その力を魔将軍の中で誰よりも早く認めたガルンテル。
彼との戦いは、命の取り合いは苦しくもあったが――。
ガルンテル「ああ――儂のかけがえのない、誉れであったとも」
自分は【存在しない希望】に縋っていた――。でも人間たちの中で生まれ育った【希望】はたしかに存在していた。
自分たち魔王軍が敗北した理由は――、結局、そういったことなのだろう。
ガルンテル「……」
静かに酒を飲むガルンテルの周りに死霊が集まってくる。それこそは自分の最後のときだと感じて目を閉じた。
――と、
ドン!
不意に凄まじい爆発音を纏って、何者かがガルンテルの傍に降り立った。
それを見てガルンテルは、目を見開き驚愕して――、そして顔を怒りに染めた。
勇者「生きてるか? ガルンテル」
ガルンテル「バカが!! なぜ助けに来た?! 儂の話を聞いていなかったのか?!」
勇者「……」
勇者はガルンテルの方を見ること無く、立ち尽くし続ける。
ガルンテル「見損なったぞ! 儂の最後の願いを――、台無しにするつもりか?!」
勇者「……なあ、ガルンテル」
勇者はガルンテルの憤りに、静かな声で答える。
勇者「……お前の最後の願い――、叶えてやりたいのはやまやまなんだが」
ガルンテル「ならば!!」
勇者「リッカとフムに――、【おじいちゃんたちを助けて】って言われて泣かれたら、――助けないわけにはいかないだろうが」
ガルンテル「!!」
勇者は笑顔でガルンテルを見つめる。
勇者「すまん……、ガルンテル、可愛い孫のためと思って、我慢してくれ――」
ガルンテル「……」
ガルンテルは黙って目を瞑る。
ガルンテル(ああ――そうか)
リッカとフム――、二人の無邪気な笑顔は、ガルンテルにとって何よりの宝だった。
それをかつては自らの愚かさで失いかけて――、そして今も……。
ガルンテル(ああわかったとも――、孫のために……、その流す涙を少しでも少なくするために、【生き恥】を晒し続ける事も、この老いぼれの大切な役目であるんだな)
ガルンテルは――、そして目を開けて勇者の背を見る。
ガルンテル(なるほど――、これこそが人間どもが見つめていた背中……。たしかにこれでは魔王軍は太刀打ちできない)
ガルンテルは小さく笑って頷いた。
◆◇◆
高台の上――、救われたガルンテルや村の老人たちが、若者たちに見守られ治療を受けている。
目前に見えるムゲナ村は、もはや死霊の巣窟となって――、その瘴気と死の匂いが、周辺すら侵食を始めていた。
アンネ「勇者様――、私の星神魔法でも……、この土地を数分程度しか浄化できません」
クーネ「このままじゃ、瘴気が拡大して――、周辺も……」
俺は黙ってガルンテルの方を見つめた。
ガルンテルはしばらく黙っていたが、孫であるリッカとフムを傍に呼んで言った。
ガルンテル「……リッカ、フム――」
リッカ「なに? おじいちゃん」
ガルンテル「あの村の事を心に刻んでおくのだ――。今のあんな有り様ではなく、かつてあった儂らが生まれて育った村の光景を――、決して忘れぬように」
フム「うん……わかった」
勇者「……」
ガルンテルは二人の頭を撫でながら優しく笑って言う。
ガルンテル「儂らの――、お前たちの故郷は……、かつてたしかにここにあったのだと――、忘れるな、リッカ、フム――」
俺はそのガルンテルの瞳を見て――、確かに頷く。
そのままムゲナ村の方に向き直って、その手のひらを村に向かって掲げた。
アンネ「勇者様――」
クーネ「……勇者」
勇者「――断界魔法――」
その瞬間、俺の全身から魔力はほとばしり――、それをその場の皆が眩しそうに見つめた。
――断界魔法――、広域空間抹消――。
そうして……、そこにあったムゲナ村は、かつてあった記憶だけを人々に残して、周辺の土地ごとこの世から消滅したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます