第3話: 青年、故郷へ

ザク、ザク、と小枝や枯葉を踏みしめる足音が響く。生い茂る草をかき分け、頭上に垂れてくる葉っぱをかい潜る。

プラータの先導でカロンはどうにか進んでいる状況だった。

2人がいま居るのは、ゼファルド山。この島国の北端にそびえる、国内唯一の山だ。


王宮追放から早1週間。その間、西領にあるカロンの実家で2人はゆっくり休養をしていた。

そして今日、ついにこの山に彼らは入ったところだ。


「もう少しだよ! 俺の感覚が間違ってなければ!」


言葉とは裏腹に自信満々に言うプラータ。彼は幼い頃にこの山で過ごした期間があったと、カロンも聞いている。しかし本当に、こんな原生林の先に人が住める場所があるのだろうか。

心配と不安がカロンの胸に広がっていく。慣れない山登りと獣道に、体力も気力も持っていかれていた。

カロンの弱音がついに、口から漏れ出そうになった、まさにその時。


「ついた!!ほら、カロン!ここだよ!!」


カーテンのような垂れ草をかき分けて、プラータが笑いかける。差し出された主人の手をとって、カロンは森の外へと足を踏み出した。


「じゃーん!俺の大好きな第二の故郷、セランディア村だよー!!」


両手を広げたプラータが、まるで踊るように自慢気に辺りを指し示す。

木こりの斧が薪を割るたび、乾いた音が山間に響き渡る。畑からは土の香りが漂い、草を食む小馬の鼻息が白く揺れていた。


「王子」とはまさに真逆。質素で素朴な、小さな村がカロンを出迎えた。


プラータの大きな声はもちろん、村中に響きわたっている。


「大好きな第二の故郷…などと言うてくれるのは嬉しいが、お前さんはいったい誰じゃ?」


怪訝な顔をした小さな老人が現れる。1番大きな家から現れた彼は、どうやら村長らしい。


老人に気づいた瞬間、プラータの顔がぱあっと輝いた。感動と嬉しさが爆発するように、彼にまっすぐ駆け寄る。


「ゼフじぃ〜〜〜!!!!」

「ぬぅ!?」


ご老体に負担をかけないよう、気をつけながらプラータは飛びついた。だが、老人の方はまだ相手が誰なのかが分からず、目を白黒させている。


「俺…いや、私だよ!プゥだよ!!」


ゼフと呼ばれた老人は、プラータの言葉にまじまじと彼の顔をみる。

コロコロと変わる表情、風になびく長い銀髪、光をともす青い大きな瞳。

その姿に重なったのは、10年以上前にボロボロの姿で村に迷い込んできた「女の子」。

眼の前の青年は確かに、その女の子の面影を残し、その女の子の名を名乗った。


「プゥ…?お主、プゥなのか!?」

「そう!プゥです!!ただいま、ゼフじぃ!!」

「おぉぉお、あの可愛らしかったプゥが…!男前になったのぉ!そりゃあ見分けがつかんわい!」

「えへへ、ビックリした?」

「ビックリどころじゃないわ!」


ゼフとプラータの会話が聞こえ、村人が1人、また1人と集まってくる。

その誰もがプラータ、いや、プゥが戻ってきたことを歓迎し、成長ぶりを喜び、性別について驚いていた。


カロンは周囲の人々がプゥを「プゥ」と呼び、喜びに満ちた目で彼を迎える様子を静かに見守っていた。

そんな彼に気付き、プラータは村人に囲まれながら口を開く。


「カロン!このセランディア村は、俺が6才から12才までの6年間、こっそり過ごしてた村だよ!女の子ってていでね!」


性別を偽っていたであろうことは、村人たちの会話でカロンも察している。そこに驚くことはなく、そうですかと彼は答えた。

確かにプラータの綺麗なロングヘアと中性的な顔立ちなら、服装を変えるだけで女性と偽ることは出来るだろう。


続いてプラータはカロンの方へ駆け寄る。カロンと肩を組むと、村人へ自慢の従者を紹介した。


「こっちはカロン!俺の1番の「友達」だよ!」

「…え?」


プラータの言葉に、思わずカロンは彼の顔を覗き込む。

カロンは自分が「友人」として紹介されたことに小さく息を飲んだ。

しかし、その驚きを飲み込んで頭を下げる。


「…よろしくお願いします。」


美しい銀髪と青い目。それは王家、ポセイドニオス家の者の特徴だ。

だから貴族や首都に住む人々は、プラータが王子とすぐにわかる。

しかしこの村では、そういった反応は全くない。田舎の小さな村ゆえに、誰も王子の見た目など知らないのだ。


つまりプラータは、ここでは身も心も「プゥ」という1人の青年でしかない。


身分を隠すのは何か意味があるのだろう。

カロンはそう推測して、自身の主に話を合わせていった。


ーーー


村に1件しかない居酒屋へ、プゥとカロンは足を運ぶ。


「あの頃、このお店で俺は暮らしてたんだよ。」


プゥはカロンにそう伝えながら、懐かしそうにそのお店を見つめた。


入り口にかかる星型の看板。プゥが覚えているよりも年季のはいったこの村の一番星には、「憩い場 踊り星」と店の名前が輝いている。


店内から微かに聞こえるのは、仕込みの材料を切る包丁のリズムだろう。ランチとディナーのアイドルタイムないま、お店は静かに開幕の時を待っているかのようだ。


プゥはひとつ、深呼吸をする。

あの頃より位置が低く感じるドアノブを握り、扉を開いた。


天井の梁には干されたハーブが吊るされ、暖炉の炎が壁に揺れる影を落としている。家族経営の小さな店は、昔と変わらない懐かしさと居心地の良さを漂わせていた。お店の清涼な香りと温かな空気は、プゥの胸にあの頃の記憶を呼び起こした。


「こんにちはー!」


元気のいいあいさつに、店の奥で作業をしていた女性が振り向く。


「すみません、まだ準備中で…」


鈴の音のような声が響くと同時に、黒曜石のような髪がさらりと揺れた。澄んだグレーの瞳がこちらを見つめる。


彼女の名は、エトワール。


「エト!」


この村の幼馴染の姿に、プゥは思わず彼女の名を呼んだ。

彼の呼びかけは、涙ながらに村から送り出した幼馴染の少女の姿を、エトワールに思い起こさせた。


「プゥ……?」


彼女の目が驚きで見開かれる。その瞳に、時間が一瞬止まったかのような表情が宿る。


「そう!!エト…、ただいま!」


プゥは屈託のない笑みを浮かべ、両手を広げた。


「プゥ…!ホントにプゥなのね!!」


エトワールの瞳から大粒の涙があふれた。その涙に気づいたプゥも、目尻をそっと押さえる。

彼女は嬉しさのあまり、勢いよく彼の胸へ飛び込んだ。


「プゥ!おかえり…!おかえりなさい!!」

「ただいま、エト。あの日、背中を押してくれてありがとう。本当に、ありがとう…!!」


あの頃のように、2人は抱き合う。9年ぶりだ。


しかしエトワールは違和感に気付き、その表情は揺れ始めた。


「……あれ?」


一歩、後ずさる。彼女は眉をひそめ、目の前の人物をもう一度じっくり見つめた。


「……なんでこんなに背が伸びたの?胸は?どうして潰してるの?」

「えーっと、それはね…」


隠していたことを打ち明けるのは、こんなに緊張するものだったのかと、プゥの心は重たくなる。

出来る限り優しい声で、彼は事実を伝えた。


「俺…、男なんだ。」


空気が凍りついたような静けさが場を包む。

その言葉を聞いた瞬間、エトワールの顔が真っ赤に染まった。


「男っ――――!?」


飛び上がるエトワール。彼女の驚きに呼応するように、倒れた椅子の音が大きく響いた。


「うそ!えっ、待って!?プゥって……男の子だったの!?」


彼女の言葉に、プゥは申し訳なさそうに笑った。


「そうだよ。…事情があって、あの頃は女の子のフリをしてたんだ。」

「そんなことって……。村のみんなは?知ってるの?」

「あの頃は、誰も知らなかったよ。さっき再会して初めて、みんなにも言ったんだ。」

「そう…なの…」


エトワールは言葉を詰まらせ、口元を押さえた。その仕草は、動揺を隠しきれていないことを物語っている。


「隠していて、ごめん。あの時俺はどうしても、バレちゃいけない立場だったんだ。」

「…」


プラータが王子だと知るカロンは1人、ハラハラしながら彼らの会話を見守っていた。

プラータが王宮から逃げ出した理由は、まだカロンも知らない。しかし逃亡している以上、身分を隠さなければならなかったのは確かだろう。性別詐称はそのためのはずだ。

果たしてその事情を伝えずに、彼女は納得してくれるだろうか。


恐る恐る、エトワールは確かめるように言葉を紡ぐ。


「男の子でも、女の子でも…プゥは、プゥよね?」


プゥは一瞬、息を止める。それから、微笑む。


「もちろん!!」


エトワールを真っ直ぐ瞳に映し、プゥは想いのままを言の葉に乗せた。


「エトが大好きなことも、この村が大好きなことも、病気にかかった弟を見捨てられなかったのも、全部、全部本心だよ!隠し事はあるけれど、あの頃の思い出に嘘偽りは、なにもない!」


彼の本心は波を起こす。それは確かに、エトワールの胸を打ったようだ。


「そっか…」


エトワールはゆっくり息を吐き出す。そしてそっと、両手を下ろした。


「……そう、だったのね。そんな事情があったなら……。」


少しの間だけ、目を閉じる。

再び目を開けた瞬間、彼女の表情は晴れやかになり、力強くうなずいた。


「プゥ…改めて、おかえりなさい!」


花咲く笑顔。心を読まずとも、エトワールの安心と歓迎が伝わってくる。


「うん…!ありがとう、エト。ただいま!!」






その日の夜、憩い場・踊り星はまるでお祭りのような賑わいだった。

プゥのおかえり&カロンの歓迎の宴が、村をあげて行われたのだ。


To be continued

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