アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜

彩鷹

第1話:王子、追放

海が煌めく島国、アクアセリス王国。

その王宮で今まさに行なわれているのは、双子の王子同士による断罪劇だ。


「プラータ・ディ・ポセイドニオス、第一王子。我らが父王であるシーザー王暗殺未遂の罪で、お前を王宮から追放する。」


凛とした声が響き渡る。

その言葉を発したのは第二王子、シルヴァラ・ディ・ポセイドニオス。表情を硬く閉ざし、兄に冷酷な制裁を下す姿は、貴族たちを凍りつかせた。


威圧するように広げられた長いテーブルの両脇には、国内の要職に就く貴族たちがずらりと並んでいる。息を呑む音さえも聞こえそうな静寂の中で、シルヴァラの銀髪が光を反射し、青い瞳には容赦の色がない。

ポセイドニオス家特有の銀髪を高く結い上げ、真っ直ぐに垂らした姿はプライドの象徴そのものだった。


そんな彼は、双子の兄であるプラータへ彼の「罪」の証拠を突きつけていく。


「お前は昨日午後3時頃、王宮の厨房へ「胡椒」を持っていった。父王の食事に使ってほしい、と伝えたそうだな。だがそれは胡椒に見せかけた遅効性の毒、シャドウコーンの実だ。その実は我が国の北にそびえるゼファルド山にのみに自生する毒草。

そうして毒を混入させたお粥を病状に臥せっている父の元へ、お前は運んだ。父の部屋へ入るお前の姿も使用人に目撃されている。

極めつけに、お前の部屋を掃除した侍女がシャドウコーンの実をゴミ箱から見つけたそうだよ、プラータ。」


シルヴァラの鋭い言葉で、貴族たちにはプラータへの疑いが波紋のように広がっていく。

プラータは、自身の魔法を使わずともそれをヒシヒシと感じていた。


プラータは自分と瓜二つな双子の弟を見る。

その双眸に何時もの優しい光はない。


弟からの断罪は続く。


「お前は6歳の頃、王宮を逃げ出し4年もの間行方をくらませていた。その期間はゼファルド山に居たのだと、王宮に戻ってきた後にお前は僕に楽しげに話してくれたよな?そんなお前なら、ゼファルド山は庭も同然。よく政務をサボって出かけている道楽王子なのだから、山まで採りに行く時間くらいあっただろう?」

「っ…」

「…プラータ。お前しか、シャドウコーンが毒草だなんて最初から知っている人間は、この王宮に居ないんだよ。」


言い逃れの出来ない状況に、思わず息を呑むプラータ。

貴族たちからの視線が痛い。静寂に反発するように、自身の心臓の音がうるさい。手先から、体温を感じない。

しかし残念なことに、プラータは全く身に覚えがなかった。


「…シルヴァラ。俺、昨日のその時間、君と一緒に2人の執務室で仕事してたよ…?確かに居眠りしちゃったけど、起こしてくれたのはシルヴァラだろう…?覚えて、ない…?」


恐る恐る、プラータにとっての事実を伝える。

彼の声は震え、心の奥底に生じた疑念が小さな波紋を立てて広がっていく。


しかし、助けを求める彼の言葉は片割れに届かない。


「何の話だ。」


シルヴァラの言い放ったその一言に、プラータは思わず唇を噛む。

鋭い氷柱のように冷え切ってしまった兄弟を見ることが出来ず、プラータは視線を落とした。


「改めて宣言する。プラータ・ディ・ポセイドニオス第一王子を父であるシーザー国王の暗殺未遂の罪で、王宮より追放する。」


振り下ろされる言葉の刃。

その剣からプラータを守ろうとする者は、この場に居ない。


「…わかった。俺はでていくよ、シルヴァラ。」


負けを認め、プラータは立ち上がる。

最後に弟の真意だけでも知りたいと、彼は聖水魔法を発動させた。

プラータの聖水魔法は「心読み」。波紋のように心の声を拾う力だ。


しかし、シルヴァラの心は読み取れない。

まるで防波堤が築かれているかのように、プラータの魔法を防いでしまった。


(マジか…これでも分かんないのか…)


歯を軋ませるプラータ。弟の様子が変なことだけは分かるのに、ここまで何も出来ないとは。


だが議会を出る直前、彼の起こした波は1つの心の声を水面に映した。


(これで邪魔者は居ない。計画の成就まで、あと少し…)


思わずプラータは振り返る。

その言葉は、シルヴァラよりもさらに奥から。

王不在の玉座の隣に控える、この国の宰相。実質的な現在の最高権力者である老公爵。

ウスタシュ・P・プルタルコス公爵の、心の声だった。


ーーー


荷物を纏めるべく、プラータは自室を目指して王宮の廊下を進む。

後ろから駆け寄ってくる規則的な足音に、彼は思わず笑みがこぼれた。


「カロン。俺に着いてこなくて大丈夫だよ。」


足を止めて、プラータは声をかける。

そこに居たのは彼の予想通りの人物だった。真面目さを体現している、きりりとした吊り眉に切れ長の新緑のような瞳をもつ青年。

彼はカロン・グラスゴー大尉。王立学園の士官科を首席で卒業してまだ1年も満たない新人でありながら、第一王子の護衛兼側近を任される実力者だ。短く刈り揃えられた茶髪が、武骨なかれの男らしさを際立たせていた。


「俺について来ちゃったら、軍からも出ないとだろ?カロンはここに残れって。」


忠誠心の厚い従者を想って、プラータは言う。

カロンは西領の農村出身の平民だ。5人兄弟の長男である彼は、給金の多くを仕送りに使っている。プラータはもちろん、1番近しい部下の事情をよく知っていた。


そんなプラータに、まるで心配無用だと言うようにカロンは答える。


「俺は貴方に仕えているので。貴方が王宮から去るというのなら、俺もついていきますよ。」

「…職なしになっちゃうよ?実家に仕送りしてるんでしょ?兄弟たちはどうするのさ」

「多少仕送りが止まっても、俺の家族はそう簡単に死にはしませんよ。」


いつもと変わらない調子のカロン。真面目過ぎる彼の瞳が、真っ直ぐにプラータを見つめる。


「先ほどの議会では、擁護が出来ず申し訳ありませんでした。ですが俺は、貴方の味方です。貴方は絶対、国王陛下の暗殺など企てていません。」


その裏表のない性格が、どれほどいまのプラータにとって心強いものか。


「ありがとう、カロン。」


雲が晴れていく。陽だまりのような温かい日差しが窓から降り注いだ。

忠義の厚い従者が居ることに、感謝と幸福をプラータは感じたのだった。



ーーー


それから約1時間後。

プラータは自室で少ない手荷物をまとめ終えていた。追放となれば恐らくこの部屋に戻ることはもうないのだろうが、持って行く物が多くても邪魔になるだろう。


愛用の剣。

多少の金貨。

変装して街へ抜け出すときの平民風の服を着て、荷物として持ったのはそれだけだ。


自室を眺めるプラータ。

何もかも慣れ親しんだ部屋。それなのに、今は思い出が走馬灯のように心に浮かぶ。


シルヴァラとはこの城に居る間はずっと一緒だった。

大人が怖いと泣くプラータを慰めてくれたシルヴァラ。

庭を駆け回って泥だらけになったプラータを見てシルヴァラは驚いていた。

同じベッドに潜り込んで、シルヴァラのお気に入りの本を読むことで雷の怖さに一緒に耐えた嵐の夜。


すぐ隣はシルヴァラの部屋で、2人の部屋は扉1枚くぐればすぐに行き来出来るようになっている。

この王宮に居る限り、ずっと一緒だと思っていた双子の弟。


まさかその彼から王宮を追放される日が来るなんて、いったい誰が想像できただろうか。


「…じゃあね。」


まるで思い出に別れを告げるようにそう呟いて、プラータは自室を後にした。


廊下にでれば、出口へ向かう方で既にカロンが待っているのが見えた。

たった1時間の間に一人暮らし先の家に戻り、着替えと準備を済ませてここまで戻っていると思うと、本当に彼は仕事が早いと感心させられる。


カロンの元へ歩き出そうとした、その時。


「プラータ殿下。」


女性の声に引き止められ、プラータは振り向いた。

美しい水色の髪を緩くカールさせた、気の強さを宿すグレーの瞳がプラータを射抜く。彼女はウスタシュ宰相の娘である、ルーナ・プルタルコス公爵令嬢だ。

双子の2つ年上な彼女も、この王宮では殆どずっと一緒に過ごしていた。


「義弟から聞きましてよ。シルヴァラ殿下が貴方に陛下暗殺の罪をきせて貴方を王宮から追放したと。」


彼女の言う義弟とは、シルヴァラの側近であるテオ・プルタルコスだ。同じ会議の場にいたのだから、彼も事の次第を知っていて当然。あの会議後にすぐ義姉に伝えたのは、昔から義姉が大好きなテオらしいとプラータは思わず微笑んでしまった。


「その格好…。貴方、まさか本当に王宮をでていくつもりなの?」


語気を強く問いかけるルーナ。彼女はどうやら、プラータの処遇に納得がいかない様子だ。


「そりゃあ…あんな風に言われちゃったら、反論出来ないもんねぇ。」


苦笑いでプラータは答える。その危機感のない態度は余計にルーナを苛立たせた。


「おかしいとは思わなくて?貴方が陛下を殺害しようとする動機なんてないじゃない。」

「うん。」

「あのシルヴァラが、貴方に罪を擦り付けるのも変よ。」

「…うん。」

「だったら何故、そんなあっさり出ていこうとするのよプラータ!」

「だって…」


声を荒げるルーナ。しかしプラータは、寂しそうに笑いながらこう答えた。


「王様になるのは、シルヴァラがいいと思うから。俺が居たら、どっちが継ぐのかって、争いになっちゃうだろう?」

「っ………!!!」


その言葉に、ルーナは目を見開いた。

薄々感じてはいたことだが、これがプラータの本音なのだ。


「ルーナも、きっとシルヴァラとの婚約が正式に決まるよ。昔逃げた俺が戻って来ちゃったせいで、どっちに嫁ぐのか曖昧になってたもんね。おめでとう。」

「っ…、ちょっと待ちなさい、プラータ。私が好きなのは…!」

「実際さー」


ルーナの言葉に聞く耳を持たず、プラータは本音を漏らす。肩が凝ったとでも言うように伸びをして、窓の外の壮大な青空を見上げながら呟いた。


「おれは王様には向いてないからなー。…逃げたときみたいに、気軽にやるよ」

「…!」


鞄を背負うプラータ。

二の句が継げないルーナにむけて、彼は笑った。


「だから、元気でね。ルーナ!」

「ちょっと待って…!待ちなさい…、プラータ!!」


ルーナは手を伸ばす。しかしその手はプラータに届かない。

彼女に背を向けた彼はそのまま、カロンの元へ駆けて行く。

そして、王宮には何も未練などないと言うかのように、彼らはその場を去っていった。



ーーー


「よかったんですか?」


王宮の裏口まであと少し。やっと人目につかなくなってきたところで、カロンがふと声をかけた。


「何が?」


ケロッとしているプラータに小さくため息を付きながら、カロンは答える。


「プルタルコス公爵令嬢の件ですよ。」

「あぁ!」


従者の言葉に、合点がいったプラータ。

カロンを安心させるように笑い、自信満々に言い切った。


「大丈夫だよ。ルーナにはシルヴァラが居るから。」

「…そうですか。」


果たしてそれは大丈夫というのか、などとツッコめる者はこの場に居ない。


さて、彼らはついに裏門を潜り王宮の外へ。

これで、名実共にプラータは王宮を追放されたこととなる。もう、彼は第一王子ではないのだ。


「やっと来たか。」


そんな彼らを門の外で待ち構えていたのは、海軍元帥、ジャレッド・ロングハースト伯爵。

一部貴族からは「海賊伯爵」などとあだ名されるような、破天荒な性格の元帥だ。


「ロングハースト元帥」


腕を組み、城の壁にもたれかかる彼に、生真面目なカロンは敬礼と共に声を掛ける。


「自分、カロン・グラスゴーは、主であるプラータ殿下にお供する所存です。つきましては、海軍の職を離れるご許可を頂けませんか」

「…」


まるで見定めるように、カロンを見つめるジャレッド。そして彼は、何かを指で弾きカロンへ投げ渡した。

両手でキャッチしたカロンが見ると、それは海軍大尉の階級ピン。


「カロン・グラスゴー大尉。元帥勅令として、任務を言い渡す。プラータ・ディ・ポセイドニア第一王子を護衛せよ。期限は無期限。任務失敗の場合のみ、グラスゴー大尉の男爵爵位を剥奪とする」


ジャレッドの言葉に、プラータとカロンの表情に光が差した。


「拝命いたしました。」


すぐさま敬礼。カロンは海軍を辞めずに済むのだ。


「この追放劇は明らかに何かがおかしい。…必ず任務を完遂しろ、グラスゴー大尉。」

「ハッ!」


カロンの快活な返事が響く。王宮の大きな影が太陽の光を遮っているにも関わらず、まるでその声は太陽そのもののようにカラッとしていた。


プラータは勢いよくカロンへと飛びつき彼を抱き締めた。


「よかったな、カロン!」

「殿下…!」

「ジャレッドのおっさんもありがとうー!」

「その呼び方は辞めろといつも言っているだろう、坊主」


プラータが幼い頃から伯父のように慕っている海軍の重鎮ジャレッド。

彼がまだ自分を信じてくれていることも、カロンのことを見捨てないでくれたことも、プラータはとても嬉しかったのだ。


「それでは、行ってまいります。」

「じゃーなー!ジャレッドのおっさん!」


会釈をするカロンに対し、無邪気に手を大きく振るプラータ。

まるで危機感のない追放に、ジャレッドは大きくため息をついたのだった。



そんな様子を、王宮の中からシルヴァラはそっと見守っていた。



To be continued...

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