2章4話 ゲボの擬人化・サド看守

「クククククク相変わらずうす汚ねぇプッシーじゃねぇか。俺のゴキゲンなコックをぶち込んでやろうか?」

「何事もあなたのご随意に。」(遠慮しますよ、これ以上汚したくないので)


息を吸うようにセクハラをかけてくる、そんなサド看守のことを心の底から埃に思う。


ズイズイと顔を近づけてきて、圧力に思わず目をそらした。高値のつく服と、その割に汚れのついた靴が目に入る。

顔を合わせていると唾が口の中に入りそうなんだよな。そうでなくとも虚言癖えぐくて明らかな嘘自慢を連発するし。頬の上あたりに生えた謎の顔毛も不快だ。

ほんと死んでくんないかな。


「いやあ、やっぱやめとこう。たまに混血なんてのも生まれてくるらしいしな。ほら、生まれてくる子供に罪はない。」


こいつは品性という概念をどこにおき忘れてきたんだ?義務教育?それともママの産道?......おっと失礼、お前の母ちゃんもそのまたずっと母ちゃんもご主人様にオメコほじくり返されすぎて品性なんて残ってないよな笑笑


哀れだしとっとと殺してやりたいが......。

その背後ではまるで影のように、陰鬱な雰囲気の女性が目を光らせている。


この女が持つのはサド看守とはまた別種のオーラだ。

その目線は絶対零度、視界に入っているだけで氷の中に閉じ込められたように喉の詰まる気がする。


「そんなに嫌わないでよ。私、君と仲良くしたいんだ。.......ほら、また『おかあさん』って呼んでよ。」


笑いかけられ、後ずさってしまった自分に嫌気が差す。

舌打ちして、控え室の隅に座って銃槍を点検するふりをする。


確かに、この個体を『おかあさん』とかつて慕っていた。

しかしおそらくそれは一種の洗脳能力によるものであり、今は嫌悪以外の感情を持ち得ない。こいつはサド看守による魔物虐殺に、強化対象という形で貢献しているからだ。


しかし学ぶべき点はある。

不遇と言われる水魔物の中では明らかに異様な戦闘力。枚挙に暇がないが、視界の範囲内にいる相手の血液を逆流させて殺すなど一方通行じみた殺戮能力の持ち主だ。

アニメに出てきたら一部ラスボスレベルなのに、この世界では所詮人間の家畜なのだ......人生の悲哀を感じるね。


適当に銃槍をいじっていると、後ろから水の触手が伸びる。それが私には、首に絡みくびり殺すような軌道に思えた。


「なっ!?」


咄嗟に全身から触手が迸る。

ハリネズミのように全身を守るが、水の触手が絡め取ったのは銃槍だった。


「『アクアマリンおかあさん』!なんのつもり......?」

「べつに?この銃槍、素人が点検してどうにかなるものでもないと思うな。おかあさんが知り合いに頼んで直してもらおっか?」


こういうとき、普通の家庭なら、うんおねがい、とでもいうのだろうか。そういう何気ないやりとりの一つ一つで絆を日常的に確認していく。そういう答えを望んでいるのか?この化け物が。


まさか、だ


「謹んで辞退します。思想の面でも技術の面でも信用できない。あなたからもらったものは欺瞞、搾取、狡知だけだ。」

「ケッケッケ。俺様の一番のペットにひどい言いようだな。まあ全くもってその通りなんだが......」



「だが、そんな生意気な子には勝ったご褒美もあげられないなあ?せっかくティアラに会うチャンスだったのに。」

「!」


サド看守にとって、私が最初の一回戦以降も生き延びているのは予想外のことだったらしい。私に絶対服従のテイムをかけると同時に、モチベーション維持のためいくつか『褒美』を提示してきた。

強化素材、金、さらに下級の僕。

どれも魅力的だったが、私が選んだのは『ティアラの無事』『ティアラに会う権利』だった。


これだけは譲るわけにはいかなかった。

五体を地面に着ける。


「.......ごめんなさい。」

「ハハ、冗談だよ。今回もお前のおかげで俺は大儲けだ。イキがいいうちはちゃんと可愛がってやる......。」

「それは、どうもです。.......じゃあ、私は十分すぎる結果を残したはず。しばらくティアラとゆっくりさせてください。」

「まあ待てよ。お前の試合は終わったが、これから三日間はコロシアムに滞在しなきゃいけない。お前のママのファイトマネーはとんでもねえぞ?その試合をすっぽかすわけにはいかんからな。そのあとはしばらく牧場の方に戻る。ってことで、じゃあな。」


ざっざと、二人は連れ立って控え室から立っていく。地面に首を付けたまま、遠ざかっていくのを待った。


「...あ。お前に土産があったんだ。顔を上げろよ。」

「あ、ありがとうございま....」


ベチャッ!!と、私の顎が弾け飛んだ。サド看守の硬い靴先が、舌や歯をネジ切りながら食い込んだのだ。

スライム体だから大したダメージはないが、それでも頭部に近いところを攻撃されると衝撃で何も考えられなくなる。


「あっが、がが、」

「そうそう、知ってるか?近くの港に魔獣の死体が上がった。あのだ。負けた腹いせだろうな、目も牙も無く、内臓も魚やカニに食われちまったらしい。」


地べたに散らばった体の一部を集める私を、サド看守が後ろ目に笑いながら去っていった。


「お前も長生きできるといいなぁ?」


人間とはこういう奴らだ。奴らの加虐に理由などありはしない。




遠くまで飛んだ一片が掴み上げられる。

そしてそれは優しく癒着させられた。


「......なんのつもり。」

「そんなに怖い顔しないで。子がどう思おうと、親は親なんだから。」


二人が去るのを見計らって、私も控え室を出た。

コロシアムのトイレにはパーカーが置いてある。このあたりに根城を張るヤクザ、進藤組の大紋が入っている。


元々魔物サーシャの管理はテイマーサド看守に任されており、コロシアムの中に留めておかなければならないわけではない。

しかし、普通にコロシアムを出入りすればサド看守に一報入る。それを嫌った。


パーカー内にスライム体を隠せばヤク付きの人間にしか見えない。ヤクザものを進んで関わりたがる人間もいない。


サーシャはそうと知られず、コロシアムを出た。


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