13話 再会と別れ

「やっほう、ティアラちゃん。ちょっとこっち来てくれるかな。」

「あ、スタッフサド看守さん!『おかあさん』も!」


『楽園』に訪れたサド看守はにこやかに笑って、ティアラを他のフェアリーたちから引き離した。これからどんな悲劇を引き起こすとしても、それがこの男の顔を歪ませることはない。


「うんうん、ティアラちゃん、お願いがあるんだ......『コロシアム』に出場してほしい。」

「は…………………………?え......コロシアム?」


コロシアム。その恐ろしさは魔物の遺伝子に刻まれている。具体的な情報は何も分からなくても、そこに行くことが"死"を意味することは分かる。


脳天気な他のフェアリーたちも"コロシアム"の恐ろしさは本能的に察知できた。小耳に挟んだだけでざわめき始める。

「リーダーがコロシアム行き......?」


パンッパンッとサド看守が手拍子で雑音を打ち切る。


「別に強制じゃないけどね。行かなかったら他の子が酷い目に合うよ?」

「分かりました。」

「そういうならしょうがな……なに?今分かりましたって言った?」


決意した面持ちで彼女は運命を受け入れた。


「はい。ティアラはコロシアムに行きます。親切なスタッフさんと『おかあさん』がそう言うってことは、抜き差しならない事情があるんですよね?お姉ちゃんのこととか。」

「お姉ちゃん……?ああ、まあ、うんそうだけどさ。」


ティアラはなにか勘違いしているようだ。彼女の責任感と頭の良さ、善良さが空回りしてしまっているのかもしれない。

まあサド看守にはどうでもいいことだ。


「それじゃあテイム魔法を……」乱暴にティアラの髪を掴む、その直前だった。

地の底から響くような、声にならない叫びが響き渡る。

「うおおおおおサド看守ァーーーーーッ!!!」




ゴォォォォォン!!!と轟音と共に、『楽園』のドアがぶち破られる。

入口から溢れ出したのは、地獄の血の池のように真っ赤なスライムだった。彼女は触手の先から、大量のネイルガンや投石などのものものしい兵器を抱えている。


🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥

name サーシャ

spices じごくのいけ(ランク:E)


筋力 E

敏捷 D

耐久 E

魔力 F


スキル 憐憫の獣  残虐遊戯 D アストロン E 病原菌キャリア E

🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥


(来てくれたんだね、おちびちゃん……)『おかあさん』は心の底で胸を撫で下ろした。


「なんだぁ?このスライム……気持ち悪ぃ……」

「殺傷力の高い武器は持ってないから。殺さなくてもいいよね。」狼狽えるサド看守を『おかあさん』が窘めた。彼女の周りにマナが急速に発生する。喉に詰めものをされたのかと思うほど空気が重い。


轟!!!と発射音が混じり合って大砲のように響く。

その危険極まる一斉放火はしかし、『おかあさん』の触手に撃ち落とされた。テイムモンスターは基本『テイマーを命に変えても守れ』という命令が植え付けられており、それに逆らうことができない。


一斉放火はいずれも空中で撃ち落とされる。まるでそれを予期していたかのような反応速度で、レンガを持った赤いスライム本人が飛び出してきた。


「うおおおおおサド看守ーーーっ」


両手で殴りかかろうとするが、あっさりと『おかあさん』の水の触手に取り押さえられる。


「な、なんなのーっ!?」

「こわいこわいさん!?はやくこの『らくえん』からでていってね!」


突然の乱入者にフェアリーたちは慌てふためいていた。こんな困った時は...そう、頼れるリーダーだ。彼女はすぐにスライムの正体に気がついたものがいた。

生まれてからすぐに感じた温もりの気配がしたから。


「お姉ちゃん……?」ティアラはポツリと漏らした。


彼女に解決を期待していたフェアリーたちは一斉に驚きの声を漏らす。


「えー、リーダーのおねえちゃんなの、あれ?」


取り押さえられたスライムはこの世のものとは思えないおぞましさだった。強固した血液のように赤黒い体に、内部には骨や齒が蠢き、ぶしゅう、ぶしゅうと腐敗ガスを撒き散らしている。

こんな醜いものがリーダーの……姉?

周囲が口をポカンと開ける中、ティアラが赤いスライムへ一直線に駆け寄った。姿形が変われども、一瞬で互いが姉妹だと分かるのは流石の絆と言うべきか。


「お姉ちゃん!!!私だよ!!!!ティアラだよ!!!」


赤い酸液に躊躇無く手を突っ込む。


「リーダー!?あぶないよー??」


周囲の静止を振り払いながら抱きしめていると、スライムは人間態を取った。その表情は親愛からは程遠い。その瞳はまさしくサーシャのもので......しかし憎しみで満ちていた。表面の至る所に痘痕のようなシミがある。


「お前なんて認めない......」


ジュゥッ!

ティアラの泣き顔に、山姥のように避けた口から液体を吐きつける。汚れてなおティアラは美しいし、周囲からたくさん心配してもらえる。

こんな美しい存在と、の釣り合いが取れるなんて到底思えなかった。


見つめ合う二人にサド看守が割って入る。


「ええと……よく分からんが……このスライムEランクだな……よし、こいつをテイムしてコロシアムに連れて行こう。良かったなティアラちゃん。君はコロシアムに行かなくていいぞ。」

「えっ。駄目ですそんな……【「良かったじゃん。」】」


サーシャの体にはいくつもの口と目が生えていた。その全てから、これまで吐き出されなかったものが臭気と共に発される。


【「良かったじゃん。こんな醜い姉が居なくなって。」「今だって恥ずかしいんでしょ?こんな兄に居てほしくないって。」「厄介払いができる上に自分の命も助かる」「ずっとそう言ってなかった?私に隠れて言ってなかった?」】


憎悪の言葉と涙が流れる。サーシャ自身も思ってもみなかったほど、どす黒い言葉が流れていく。周囲の侮蔑と困惑の混ざった視線、そして自分自身の言葉が引き金となってさらに憎悪があふれる。


【「笑えよ、おい、笑えよ!こんな無様な人生を送ってきた私を!2回目でも、妹に似合わない部様な姉/兄を!」】


人間態を留めず、罵倒を吐く姉にティアラの胸は凍り、張り裂けてしまいそうだった。姉の言葉には彼女が理解しようもない思いが込められていた。俯いて、精一杯噛み砕こうとする。


「わかんない...わかんないよ!」


【「最初から優秀な兄か姉なら良かったなのになぁ!」「ごめんね、生まれてきて!」「目鼻立ちの良いカッコイイお兄ちゃんとお姉ちゃんが欲しかったでしょ?」「染色体リセマラできれば良かったんだけどね!お前みたいに!」】


「姉ちゃんの言ってること一つもわかんないよ!」


地獄の底から響くような言葉。

傍で聞いているサド看守も気分を損ねたようで、『おかあさん』に顎で出口を示す。


「何だぁ?このスライム……気持ちワリィ。じゃあこいつ連れて行くから、ティアラちゃんたちはゆっくり。……おい。」


『おかあさん』の水の膜に掴まれて、出口まで引きずられていくサーシャ。それを周囲はホッとしたような顔で見ていた。

その目は分泌液に塗れて、ティアラを見ることもできなかった。あるいは、しなかった。これまで通りに。


「なんだったの……?」

「さぁ、こわーいモンスター。あんなのが寄ってきたらゾッとしますわ〜。」


これでいい、と思っていた。

これが私/俺の望んだ結末だ。優秀な妹のせいでずっと人生にプレッシャーがあった。前世では壊しきれなかった関係を、粉々に砕いてやった。

もう終わりだ。

もう、ティアラも二度と私をお姉ちゃん/お兄ちゃんなんて……


「お姉ちゃん。」

【分かんねえよおおおおお!お前にはよおおおおお】


それでも。

どれだけ姉が醜態を晒し、身に覚えのない憎悪をぶつけられても。

周囲から拒まれても。涙と鼻水を出して、キッと目をむける。


自分の愛、言葉を貫き通すために。地が響くような声を、さらに上塗りするように。


「わかるはずないでしょ!なんでそんな姿になってるの?なんで説明してくれないの?マッドスライムって何?マッドなんて怖いだけだよ!なんでそんなことになってんの?私にはわかんない!

そもそも何かに怒るって言うのはその人に何か変えてほしいから怒るんでしょ!?最低限結果と原因を説明してくれないと何もわからないよ!自分をわかってほしい時はちゃんと気持ちを言語化してよ!そうしないと仕事できないよ!第一私を悪く言いたいならそんなに難しい言葉なんで使うの?そもそも気持ちをわかってほしいの?そこから分かんないよ!?

染色体って何?私バカだからよく分かんないけど、ニュアンスからソレって人への罵倒に使うにはすごく悪い言葉なんじゃないの?『楽園』に来る前に言ったよね、あまり人を傷つけるようなことを言っちゃいけないって!言われたこともないことを理解しなきゃいけないなら、お姉ちゃんは一回で言われたこと理解してよ!ソレができないならバカな私よりバカってことになっちゃうよ!!!

そもそもなんでお姉ちゃんはたまに『苦しいけど、ソレが理解されない自分かっこいい......』みたいなスタンスなの!?私分かんないよ!恥ずかしいこととかは知られなくてもいいと思うよ!?!?でも苦しいなら、ちゃんとみんなに説明した方が良くない!?あと、大体お兄ちゃんってなに?お姉ちゃんがお兄ちゃんなら、オチンチン付いてるんじゃないの?見せてよ!オチンチン見せて!無いの?じゃあなんなの?」


大人しいと思っていたティアラの猛然たる反撃に、姉......どころか『おかあさん』やサド看守ですらポカンとしていた。気迫を以て山を呑むとはこのことだ。


【「う......うるさいうるさいうるさい!!」「お前は私の妹だろうが!!」「だから、私はお前より立派じゃなくちゃ.....」

「「「「「姉の資格が無いんだ..】「うるさい!」


彼女ティアラが生まれたのはまだ春の初め、未熟なティアラは寒さで生まれてすぐ死ぬはずだった。凍える彼女を抱いて、暖めてくれる人がいた。その時から、ずっとその温もりのために生きてきたのだ。


(あなたは、覚えていないかもしれないけれど。)


怨嗟の声が食い気味にかき消される。


「自重しないからね!すれ違ったまま終わりなんで寂しいから!全部言うからね!

私妹だけど、喧嘩はお姉ちゃんより強いからね!口喧嘩もそうだよ!お姉ちゃんは『譲ってあげる』と思ってたかもしれないけど、ずっと私の純然たる勝利だからね!大人ぶって逃げないでよ!あとお兄ちゃんだからなんなの!?お姉ちゃんはお兄ちゃんでもいいよ!どっちでもいいよ!ちんちんついててもついてなくてもいいよ!

今回もそうだけど、どうして黙っていなくなったりするの?!病気はちゃんと治ったの?お薬もらった?ちゃんと飲んだ?苦いからって吐いてるんじゃないの?そんなんだから帰ってくるのが遅くなったんじゃないの?

ご飯を取る時、黙っていなくなるのやめてよ!サプライズの嬉しさよりも不安の方が大きいよ!私おねしょしちゃったことあるんだよ!

お姉ちゃんがおねしょした時はちゃんと報告してよ!黙って巣の藁を変えちゃうから寒くなるじゃん!干せばまだまだ使えるのに!

海藻が嫌いなら嫌いって言ってよ!最もらしい嘘をつこうとしないでよ!!嘘がほんとかわからないなら、その信憑性も合わせて伝えてよ!その情報があるかどうかで扱いが全然変わってくるよ!雰囲気で感じろとか言われても無理だよ!タフって何なの!?猿漫画って何!?ザ・ハードって何?転スラって何!?私にも教えてよ!お姉ちゃんともっと色々共有したいよ!

お願いだから私がわかること話してよ!私お姉ちゃんが大好きで居たいよ!ダメなの?そもそも、お姉ちゃんが何々で、だから何なの!?お姉ちゃんはお姉ちゃんなのに!!!

わかんないわかんないわかんないわかんない! わかんなーい!!

久しぶりに再開したと思ったらなんでそんなに怒ってるの?女の子の日なの?プリンセスの日なの?私お高く止まってる女嫌いなんだけど!

いっしょにすーりすーりしてお昼寝しようと思ってたのに、なんでそっちの気持ちだけで暴れてるの?昔っから何ひとつ、これっぽっちも、わかんないのよ!もし私のためを思って行動したならわかるようにやってよ!このままだと私は嫌われたと思っちゃうよ!?!?!??!!?いいの?こんな可愛い妹に嫌われていいの!?」


ブゥン!!!ティアラが目にも止まらぬ速度で再びサーシャに飛びつき、抱き寄せた。サド看守の静止も構わず、赤く醜い体を抱きしめる。醜く、臭く、そして何よりも冷え切った体。

爪や齒が軟な肌に食い込んでも、精一杯自分の思いを伝えるために。


「目を逸らさないで」

「………っ」


無数にある瞳の涙を『水神の加護』で強制的に除去する。

どれだけ拒絶されても毅然と語りかける。


「姉の資格がないとかどうとか……バカ!バカお姉ちゃん!

!って、そんなことも分からないの!?あなたは、私が優秀な妹じゃないと嫌いになるの?違うでしょ、私もそうだよ!!!!!!!!!!あなたがこれからどうなろうと、ずっと愛してる!!!!」


初めて自分を愛してくれた人たちを一人にするほど、彼女は成熟していない。だからこそ、伝えられる。


スゥ、と息を吸って。


「大好き.....お帰りなさい。」


その言葉だけは、絶対に伝えたかった。

言い終わると同時にティアラの体から力が抜ける。


「な、なんだ......?うお、発熱!」


『病原菌:E』の効果で感染してしまったのだ。

サド看守が慌てて二人を引き離し、サーシャは『らくえん』から連れ出される。同時に、彼女の体から赤が抜け、青いスライムに戻る。顔つきからも毒気が失われ、避けた口ももとに戻ってゆく。


言い返したいことは山ほどある。なんて伝えたらいいのかわからない。

でも、もう妹に会いたくないなんて思わない。難しいかもしれないけど、自分の言葉をはっきり伝えたい。


🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥🟦🟥

name サーシャ

spices デュアルペルソナ(ランク:E→D)


筋力 E

敏捷 D

耐久 E→D(RANK UP!)

魔力 F


スキル 憐憫の獣→憐憫の獣:D  残虐遊戯 D アストロン E 病原菌キャリア E→0(スキル消滅)

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透明な体の中にあったコッペンや臓器、毛髪などが有機的に組み合わさっていく。肌が白く染まる。そのスライムは一見、完全な人間になった。

百年以来の悩みが晴れたような、すっきりとした顔つきで引きずられていく。ドアが閉まる前に、大きく手を振った。


「ごめんティアラ!お姉ちゃん勝手に気負って、色々ひどいこと言っちゃっだ!

これからREスタートだ!ぜったい、戻って来るがら!絶対、また、誤りに来るからーーーーーー!」























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