第36話 黒風は戦場に踊る

「テ、テメェっ……クソ眼帯!? な、なんでここに居やがる! 外のゴーレム共はどうした!? 」

「なんだ、見た顔があると思えば金貨八枚の。あいつらなら……ほら」


 そう言ってシグは左手に持つある物を突き付ける。それは真っ二つに断ち切られた、土の付いた藁の人形だった。

 ボルドーは言葉を詰まらせ、分かりやすい動揺を見せる。


「原理は知らんが、この人形でゴーレムを動かし、直していたんだろう? 一体ずつ壊して回るには骨が折れたぞ」

「一体ずつ……まさかお前、あの数のゴーレムを全部……!?」


 シグの言っている事の意味を飲み込めずボルドーは絶句する。

 外に居たゴーレムの数は二〇は下らなかった筈。それを一人で全滅させるなど、馬鹿げている。

 ハッタリだ、そうに決まっている。ボルドーはそう思い込む事で平静を保とうとするが、シグの後ろから外のゴーレム達が追ってくる気配は全くしない。

 カタカタと手足が震える。まさか、自分はとんでもない奴に因縁をふっかけようとしたんじゃないだろうか。


「さて……土人形の次は石人形か」


 シグは呪文を唱え、武器の形状を変化させる。

 長柄戦槌は光を纏い姿を変える。槍と長剣、そして半月状の戦斧の要素を足し合わせた武器。

 長剣ほど長い穂先、その根元に戦斧を結合させた大振りの斧槍ハルバード

 〈重ね刃〉で創造する数ある武具の中でも、特にシグが得手とする組み合わせの一つだ。


「材料が変わったところで、なんら変わりは無いがな───っ!」


 刹那、一陣の烈風が唸りを上げる。

 アルフィンたちを取り囲んでいたゴーレムの包囲網に、シグの突撃が大きな風穴をこじ開けた。

 突撃に巻き込まれた石人形たちは一撃で砕かれ、瓦礫となって空へ投げ出される。そのいずれも、核として埋め込まれた人形を狙いあやまたず破壊された。もはや再び立ち上がることは無い。

 たった一瞬、その間に起きた出来事を受け止めるまでに、全員が言葉を失った。


 突破したシグは勢いそのままヤァドに向かって切り込み、リーフとの間に割って入った。

 唐突な横槍を受けて咄嗟に距離をとったヤァド。その鼻先に斧槍の穂先が付きつけられる。


「よう、昨日ぶりだな」

「……」


 斧槍を肩に担ぎ、気安く声を掛けるシグ。楽しそうな笑みを浮かべながら、その眼光は鋭利な刃のようにギラついていた。


「まさかお前がここの番人とは。意外な展開の連続で退屈しないな」

「や、雇われさん……」

「下がってろ。コイツの相手は俺が───ぐおっ!?」


 言いかけて、シグの脇腹にリーフの肘鉄が突き刺さる。


「だっ……! この馬鹿っ、なにしやがるっ」

「来るのが遅いよ! おかげで死ぬかと思ったんだから! 思い切り殴られちゃったしっ。ほら見てこの鼻血っ、どうしてくれるのさ!!」

「知るかっ、後で薬草でも突っ込んどけっ!」


 助けに来たというのにどうして八つ当たりの的にされねばならないのだ。

 まあ、無駄口を叩けるぐらいの余裕はあるようで何よりだとシグは肩を竦めた。


「無事でしたか、シグ殿」

「まあな。それで、こっちの状況は?」

「御覧の通りの窮地です。敵の物量とヤァドの急襲でこちらは手一杯。彼の奇襲でユアンが倒れました」


 アルフィンが指し示す方へ視線を向ける。そこには床にうつ伏せで倒れて動かないユアンの姿があった。

 ゴーレムのうち数体は追い打ちをかけるべく彼に近づこうとしているが、その悉くをエイシャの掌から放たれる紫黄水晶色の魔力弾が打ち抜いていく。


「助けに行こうにも手が足りなくって。でも、シグ君が居れば話は別だね」

「随分と買われたな。だがまあ出遅れた分、期待に応えてみせるさ」


 シグは斧槍を肩から下ろし、左前半身に構える。


「ここは俺が引き受ける。ユアンと上の男は任せた」

「分かりました。二人とも、行きましょう!」

「は、はい!」


 三人はシグが突破した包囲の穴に向かって駆け出す。

 左右からゴーレムが道を阻もうと立ちはだかったが、すかさずエイシャが魔力弾を放って石人形の腰から上を吹き飛ばした。


 包囲から抜け出したアルフィンたちの背中を襲おうとするゴーレム達。だが、シグがそれを許さない。背中を向ける者あらば渾身の一撃で石の体を砕き、内部から露出した人形を両断。核を破壊されたゴーレムは残らず瓦礫となって崩れ落ちていく。

 ならば孤立したシグを圧し潰そうと殺到するが、数の暴力さえも力任せに薙ぎ払い、石人形は風に吹かれた石礫のように蹴散らされる。


 伝承に語られる神や英雄の戦いを思わせる一方的な無双ぶり。圧倒的な物量をものともせず、銀鉄が閃くたびに敵が吹き飛んでゆく光景は、まるで意思を持った嵐が暴れているようだ。

 戦女神の弟子を名乗ったのは酔狂などではなかったらしい。

 初めて目の当たりにしたシグの戦いに、リーフは感嘆の息を漏らした。


 縦横無尽に戦場を駆けまわるシグの姿が見える。

 窮地にあって戦う彼は、普段よりも活き活きとしているように感じられた。

 ───黒い風の精霊が、踊っているみたい。

 がむしゃらに走りながら、ふとそんな事を考えた。

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