第13話 情報操作

 沙羅さらが泣き疲れて寝てしまった桃野もものの介抱につづき、酔っぱらった神田かんだ原田はらだの回収に奔走している頃。


 映画関係者の者たちを追う影があった。

 狭く暗い影をこそこそと動き続けるそれは、補足した相手をひたすらにターゲットを追い続けていた。


 たどり着いたのは一つの屋敷。

 風間家の屋敷を思い出させる広さのその屋敷はとても煌びやかで、それでも隠し切れない暗い日陰をそれは通っていた。


「報告です。以前より予定していた映画の撮影に問題はありません。」

「そうか」


 とある一室。主と思われる存在と、何かを報告するターゲットの姿があった。

 報告を受けるその男性は報告する者に視線を向けることはせず、手元にある紙の束を眺めていた。

 その紙には映画の出演者、そしてもう一つは映画関係者と題されたものがだった。


「出演者のリストに問題になりそうなやつは居ないな」

「はい、私が確認した限り鬼柳きりゅう様の計画を邪魔するような存在は見つかりませんでした。」


 鬼柳きりゅう

 それは、芸能界で有名なメディアの親玉と呼ばれる存在。

 それは、逆らった存在を容赦なくこの世から消し去ると言われている権力の権化。

 それは、月島つきしま沙羅さらを消すという指示を出した黒幕の名前。


「そうか、下がっていい。」


 鬼柳きりゅうのその言葉に、報告していたものは無言で頭を下げ、部屋を出て行った。

 同時に、影で動いているそれ・・がターゲットを追いかけていく。


 しばらく紙を眺めていた鬼柳きりゅうは、ふと一つの項目に目を付けた。


 今回の映画に主役に抜擢された神田かんだ正真しょうま。その所属事務所の名前が新規芸能事務所の『トワイライトプロモーション』。

 本人が元A級探索者。さらにその護衛にA級探索者がいるなどの興味を引く記述があるものの、鬼柳きりゅうが目を付けたのはそこではない。

 神田かんだ正真しょうまの関係者に記載されているもう一人。

 それは以前消したと報告があった月島つきしま沙羅さらの文字があった。


 それを自分の目で確認した鬼柳きりゅうは時計を見て、席を立った。

 鬼柳きりゅうを担当するターゲットは、見失わないように慎重に追跡を始めた。


 部屋を出て、屋敷を出て、着いた先は何台かの車が止まっている駐車場。

 鬼柳きりゅうはその中でも目立たない黒塗りの車に乗り、従者も連れずにどこかへ向かった。


 高速道路に乗り、東京から出て、郊外の山に入った。


 車の外に張り付いているそれ・・は風に飛ばされないように必死に取りついていた。


 深夜の森はヘッドライト以外の明かりはなく、不気味なまでの静寂があった。


 車の近くでなければ伸ばした手のひらすら見ることのできない暗く深い暗闇の中、鬼柳きりゅうはついには車を止めた。


 懐中電灯を手に取り、車では到底通ることのできない獣道を歩いていく。


 一歩道を踏み外せばもう夜が明けるまで彷徨うことになるだろうその道を、鬼柳きりゅうはただひたすらに突き進む。


 ザッザッと伸びている草を踏み分け歩いている。

 その後ろをついていくそれ・・の音はない。


 何十分、いや1時間か経っただろうか。

 着いた場所は一軒のログハウス。


 外観上も手入れがされていて、明らかに人が住んでいる形跡がある。


 慣れた様子でログハウスのベルを鳴らす鬼柳きりゅう

 だがそれに返答はなかった。


 五分ほど、何もせずに立ち尽くすのみの時間が流れた。


「何の用だ?」


 足音もなく突然に開いた扉から出てきたのは肌の青白い二十台ほどの人だった。

 西洋の血が混ざっているのか、彫りの深いその顔は不機嫌そうに歪んでいた。


「仕事だよ。松本のやつがしくった。その尻拭いが必要だ。」


 家の外だというのに中に入ることも無く要件を伝えた鬼柳きりゅうはそれが当たり前だというように中に入る様子はない。

 家から出てきたその人物も鬼柳きりゅうを中に入れるつもりはないようで、外に出て扉を閉めてしまう。


「面倒くさいな、なんでそんなことになってるんだ」

「知らん。なにかイレギュラーが起きたに違いないが、その内容が分からん。お前がテレビを見ているのかは知らないが松本が姿を消した。」


 直前まで眠っていたのか、目をこすりながら受け答えをする男性は、不機嫌そうな表情を変えるはなかった。

 話している内容は月島つきしま沙羅さらを始末することを依頼していた松本が失踪したという事件の対応。

 実際にその事件には風間かざまれんが関わっているのだが、その証拠は死体も含めて一切残していないので未だに謎の失踪として扱われている。


 政治家議員がその家にいる誰にも予兆を知らせることなく忽然と姿を消した。防犯カメラにもなんの手がかりも無く、魔法か何かで瞬間移動をしたような事件だったが、松本本人にはそのような手段がなかったことだけは判明している。


 現在はA級探索者三人を擁するクラン『ディスコネクト』と共謀して闇バイトをしていたと推測されている。

 だが、その実態は鬼柳きりゅうの依頼した人物をダンジョン内で消すために行動していた。


 その消したはずの月島つきしま沙羅さらが姿を現したのが今回の訪問の契機だ。

 

「松本が姿を消す直前に消すように依頼していた人物が生きていた。能力のほども分からないが生かしておけば俺たちに牙を剥くだろう。」

「俺たちって…勝手に俺も入れないでくれるかな。そして方法も何も分からないそれを調べるのも後始末するのも俺なのかい? それはまた随分と身勝手だ」

「それが契約の内容だ。お前ならすぐに終わるだろう。」

「分かった、気は乗らないけど気が向いた時にやっておこう」


 話が終わり、安心したのかため息を吐いて鬼柳きりゅうは踵を返して帰ろうとしている。


「おい、まて。名前も聞いてないのにどうしろって言うんだ。」

「ああ、忘れていた。そのもの名前は月島つきしま沙羅さらだ。元モデルだから調べれば写真は直ぐに出てくるだろう。」


 帰ろうとする鬼柳きりゅうとログハウスに戻ろうとしている男に対してそれ・・は二手に分かれて追跡をしようとしていた。


 答えた鬼柳きりゅうが歩き出そうとするとき、また声がかかった。


鬼柳きりゅうお前しくったな。」

「ああ……いや、手を抜いたつもりはなかったんだが。今後はないようにしよう。」

「いや、そうじゃない。」


 ――バチン


 明かりの無い森の中で一瞬電気が流れるような音がした。

 花火のような音と光を残し、後に残ったのは焼けた肉の匂い。


 驚いた様子の鬼柳きりゅうと相変わらず無表情の男。


「後を付けられてた。明らかな失態だよ。」

「はぁ? 何言ってんだ?」


 視線の先には焼けて黒く変わり果てたネズミの姿があった。

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