第25話 辺境の地で(ヒューバート視点) 1

 俺はヒューバート。フェルディア王国の第二王子だった……いや、今もいちおう王子ではある。


 だが、王位継承権を凍結され、辺境で魔獣を討伐する一兵卒同然の生活を送る毎日だ。


 夕暮れの風が、乾いた土埃を運んで顔に吹きつける。

 荒涼とした大地には、そこここに魔獣が巣くう痕跡があり、どす黒い腐臭が漂うことさえある。


 辺りを見回しても、草木は背の低い灌木が細々と生えるのみ。


 王都の華やかな風景など、もう遠い夢のようだ。

 いや、そもそも夢というには現実があまりにも苛烈すぎる。


 俺は今、重い革鎧の上からさらに防護用のプレートを装着し、同じく討伐隊に志願した兵士たちと共に、魔獣の巣穴を捜索している。


 辺境には大量の魔獣が出没し、人々の生活を脅かしているのだ。


 それに国土の防衛上、ここを放ってしまうと、やがて魔獣の群れがスタンビートを起こし、集団で中央領へ押し寄せる可能性すらあるという。


 それを何とか防ぎ、国の安寧を維持するのが、今の俺に課せられた唯一の役目だ。


 ……それにしても、一体どうしてこうなってしまったのか。


 王都のきらびやかな学園生活を送っていた頃の自分は、こんな末路を想像すらしていなかった。


 あの日までは、俺は王太子アルフレッドの弟という立場で、そこそこの権威と自由を謳歌していた。


 優秀な兄と比べられるのは窮屈だったが、それでも周囲には自分を慕う者がいて、必要なものは何でもそろったし、何より俺は「王子」として扱われていた。


 誇りも期待もあった。

 それなのに、今は……。


 すべては、俺自身が愚かな行いをした結果だと、痛感している。


 濃い灰色の空から小雨が落ち始めたころ、俺は部下の兵士たちとともに古びた砦の跡地へ足を運んだ。

 ここはかつて国境警備の拠点として利用されていたが、維持が難しくなって放棄された場所だ。


 今は魔獣が巣くう可能性があると聞き、二つの班に分かれて掃討を行うことになっていた。


「殿下、そろそろ休憩を取りましょう。皆、かなり疲れています」

「……分かった。少しだけならいい」


 部下が遠慮がちにそう言い、俺もそれに頷く。


 二十人ほどの小隊で行動しているが、ほとんどが王都から遠ざけられた問題児か、志願してきた腕自慢の若者ばかりだ。


 俺を敬称で呼ぶものの、実質的には仲間というより、同じ境遇でくすぶる同志のような存在かもしれない。


 皆で手分けをして、崩れた石壁の陰に身を寄せ、簡素な食事を始める。

 俺も革袋に入れた水を一口飲んだ。


 冷たい雨が甲冑を打つ音がやけに大きく聞こえてくる。


 こんな過酷な状況の中で、ふと脳裏に浮かぶのは、かつて一緒に学園に通っていたリリア……そしてクラリッサのことだ。


 俺がリリア・セレスティアと婚約したのは、十歳の頃だった。

 公爵家の令嬢でありながら、優雅で気品があって、そのうえ心も穏やかな子だったと記憶している。


 王族の形式ばった政略結婚とはいえ、彼女とならば悪くない未来を築けるのではないかと、当時の俺は素直に思っていた。


 リリアは俺が頼めば何だってやってくれるし、彼女に対して俺もわりと好意的だった。


 もともと、王家と公爵家との縁談は国家の安定のためと言われてきたが、それだけでなく、彼女自身が人として十分に魅力的だったというのもある。


 俺がリリアを「悪くない」と思うのには理由がある。


 貴族の令嬢というのは、どうしても我が強かったり、他人を見下す態度を取ったりと、癖のある者が少なくない。


 だがリリアは違った。


 幼い頃から常に礼儀をわきまえ、公爵家の名に恥じない教養を持ちながらも、必要以上に周囲を支配するような傲慢さがない。

 それでいて意志は強く、学業も熱心に励んでいた。


 そんな彼女だからこそ、俺も彼女に対してこれ以上ないほどの安心を感じていたんだ。

 婚約者として、平和で穏やかな関係が築けるだろうと。


 ところが、学園に進み、兄の背中を追うように成績を上げたいと思い始めたあたりから、俺の中で奇妙な焦りが芽生えてきた。


 王太子でる兄には多くの側近や支持者が付き、王位継承の道を盤石に固めている。

 対して俺は、「第二王子」という中途半端な立ち位置。


 何もかも兄には及ばず、注目度も劣る。


 そんな不満を抱いていた俺の前に現れたのが、クラリッサ・ユールだった。

 クラリッサとの出会いは偶然だったと、当時の俺は思い込んでいた。


 学園の図書館で高い棚の本を取ろうと背伸びしていた彼女を手伝ったのが最初だ。


 いつもなら気にも留めなかったかもしれないが、その時の彼女は、はにかんだ表情で「ありがとうございます」と頭を下げ、どこか儚げな印象だった。


 身分は男爵家……いや、後で知ったことだが、本当の素性はもっと複雑だったようだが、ともかく「低い身分ながら必死に学ぼうと努力する姿」に俺は心を打たれた。


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