第22話 母への報告
日が落ちる頃、私たちは城へ戻った。
母は館の執務室で領内の管理職たちと話している最中だったようで、まだ話し合いが続いている模様だ。
私は玄関先で護衛や馬の世話をしてくれた皆に礼を述べ、ソレイユの手綱を厩舎係に預ける。
「ありがとう、ソレイユ。また明日以降も頼むわね」
ソレイユは穏やかな目をして鼻を鳴らし、それが小さな返事のように聞こえた。
次の視察に備えて、明日以降も一緒に走ってくれるだろう。
館の中へ入ると、ちょうど母の話し合いが終わったらしく、廊下で顔を合わせた。
母はどこかホッとしたような表情で私を出迎える。
「お帰りなさい、リリア。たくさん移動して大変だったでしょう? 領地の様子はどうだった?」
「色々と課題はあるけれど、どれもなんとかなりそうな気がします。倉庫の老朽化や、礼拝堂の修繕、古い水車の問題……今日一日で、山ほど問題が出てきました」
私が苦笑すると、母はほんの少し意外そうに目を見開いた。
「まあ、たった一日でそれだけのことを知れたのなら上々ね。あなたが一歩踏み込んで領民の声を聞いてくれたからこそでしょう。焦らずに一つずつ取り組めば大丈夫。私もお父様も、あなたをしっかり支えますからね」
そう言って微笑む母の声は温かく、疲れた身体に染みわたる。
大きな責任を感じながらも、同時に私は恵まれているとも思う。
家族と使用人、そして領民たち。皆が協力してくれるのだから。
「ところで、夕食の前に少し座ってお茶を飲まない? 報告を聞きたいし、あなたも休憩が必要でしょう?」
「ええ、ぜひ。今日の市でチーズを買ってきたんです。昔食べた味がそのままで、懐かしくて」
そう言うと、母は楽しそうに笑って、私の腕を取り食堂へ誘ってくれる。
こんな、何気ないやりとりが、とても楽しい。
食堂には淡い明かりがともされ、窓際からは朱色に染まる空が見え隠れしていた。
母と向かい合って座り、侍女が用意してくれたハーブティーをいただく。
今朝、市場で買ったハーブもブレンドされているようで、ほどよい香りが鼻をくすぐった。
「疲れがスッと飛んでいくみたい……このお茶、とっても美味しい」
「香りがいいでしょう? リリアが選んでくれたハーブがいいアクセントになっているわね」
ひと息ついてから、私は今日の見聞を報告する。
倉庫のこと、水車のこと、村の市場のこと、礼拝堂の修繕……時間にしてみれば半日ほどだったが、挙がった話題は実に多岐にわたった。
母は時に驚きの声をあげたり、納得するように頷いたりしながら、私の話を熱心に聞いてくれる。
「なるほど。倉庫はどうしても早めに対策が必要そうね……。費用の問題もあるから、どのくらいの規模で修繕や建設をするか検討しないといけないけれど、必要なことには違いないわ」
「ええ、お父様にも相談したいです。分散して保管することになるのか大規模改修で対応するのかで予算の組み方も変わるでしょうし……。学園で習った知識によれば、輸送コストや季節的な気候リスクなども考慮に入れるべきです」
これまでの私は、どちらかといえば受け身で、王子妃教育をこなすのが精一杯だった。
でもこうして母と、積極的に意見を交わせている。
母もそんな私の姿を嬉しく思ってくれているのだろう、言葉の端々に愛情がにじんでいた。
「明日はどうするの? もう少し遠くの村へ行くのかしら?」
「ええ、午前中に隣接する林や水源を見てまわりたいんです。そこには養魚池があるとか、薬草の自生地があると聞いたので……。あと、村の女性たちが綺麗な布を織っているという話も気になっていて」
「分かったわ。あなたの視察計画を優先して馬車を出しておくわね。必要があれば護衛も手配するから」
母との会話は楽しく、時間があっという間に過ぎていく。
「そういえば、王宮から手紙が届いたのよ」
「王宮からですか?」
まさかヒューバート殿下からということはないだろう。
彼はもう辺境の領地での奉仕活動へ向かったはずだ。
では一体誰だろう?
「差出人はアルフレッド殿下なの。お父様が渡されて、先に内容を確認してからでないとあなたに渡せないと言ったら、中を見ても構わないということで開封したものが届いているわ」
母はそう言って、侍女から一通の封筒を受け取った。それを改めて私に渡す。
「お母様も内容は存じのですか?」
「ええ。もし理不尽な要求であればすぐに断ろうと思って」
では、こうして渡してくれているということは、それほど問題でないということなのだろう。
私は王家の紋章が印刷された封筒を受け取って手紙を読んだ。
「宮廷内の研究機関へ協力してほしい……?」
そこには丁寧な言葉で、「貴女の知性と公正さを必要としている」と書かれていた。
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