第4話 殿下とクラリッサの接近

 ヒューバート殿下が彼女に初めて声をかけたのは、学園の図書館だったという。


 私自身はその場にいなかったが、一部始終を見ていた図書委員の生徒から話を聞いたのだ。


 彼女はセレスティア公爵家の派閥に属する伯爵家の長女だったので、一応、ということで報告してくれた。


 それによると、二人の出会いは図書館だったそうだ。


 期末試験の前に、殿下は図書館で資料となる本を借りにいった。


 そして、棚の前で一生懸命に背伸びして本を取ろうとする女生徒を見かけた。

 それがクラリッサだ。


 背の低い彼女にとって、高い場所にある本にはなかなか手が届かない。

 周囲を見渡しても図書委員は忙しそうに別の業務をしており、頼める人がいなかった。


 そんな様子に気づいたヒューバート殿下が、そっとクラリッサの後ろから手を伸ばし、目的の本を取ってあげたのだという。


 殿下が本を差し出すと、クラリッサは腰を折りながら頭を下げ、その拍子に少しよろけてしまった。

 殿下はとっさに彼女の腕を支えたそうだ。


 クラリッサが抱えていたのは、領地経営に関する基礎的な書物や、歴史の概説書だった。


 男爵家の令嬢とはいえ、しっかりと勉強しようとしている姿勢に、殿下は好感を持ったのかもしれない。


 その後、クラリッサは自分が貧しい男爵家の出身であること、実家の領地の財政が厳しく、家族を支えるためにも学園でしっかり学びたいと思っていること。

 そういった話を、図書館で殿下に打ち明けたという。


 もともとヒューバート殿下は、平等を好むお方だと学園内で言われていた。


 兄である王太子アルフレッド殿下と比較されがちで、自分も負けずに成果を上げたいという意識が強い一方、身分に関わらず優秀な人物を育てたいという想いも持ち合わせていた。


 この時の殿下は、「平民に近い立場の子でも、学ぶ意志があるならどんどん支援したい」という考えを行動に移し始めていた時期らしい。


 私も、殿下が積極的に奨学金制度の整備を提案していた話を聞いたことがある。


 そんなタイミングで、必死に本を手にして学びを深めようとしているクラリッサに出会った殿下は、さぞかし胸を打たれたことだろう。


 それからというもの、殿下とクラリッサが一緒にいるところが、学園のあちこちで目撃されるようになった。


 いつの間にかクラリッサの周りにいた男子生徒の姿は見えなくなり、その代わりにヒューバート殿下とその学友たちがクラリッサの周りにいるようになった。


 どんどん親密になっていく二人を見て、さすがに殿下に苦言を呈した。

 でもただのクラスメイトとして仲良くしているだけだと言われてしまえば、それ以上言えない。


 不思議なことに、クラリッサが殿下と仲良くなり始めてから、学園内で奇妙な噂が出回り始めた。


 たとえば、「公爵令嬢リリアは、ヒューバート殿下にふさわしくないのではないか」という噂だ。


 理由としては、私が頭が固く、貴族としてのプライドが高すぎるからとか、平民を見下しているからとか、いかにも事実無根のものばかり。


 もちろん、私の周囲の友人たちはそんなの全部デマに決まっていると分かっていたし、私の態度を知っている人は誰も信じなかった。


 けれど、当時の私はヒューバート殿下の婚約者で公爵令嬢という立場だったから、注目されがちだった。

 デマを流す側にしてみれば、格好のターゲットだったのかもしれない。


 そして、いつの頃からか、私の耳にこうした噂も届くようになった。


「クラリッサはリリア様に苛められているんだって……」

「リリア様が自分より身分の低いクラリッサを排斥しようとしているって話、本当なの?」


 初めは笑って受け流していた。


 だって、そんなことをする理由がなければ、そんな事実もない。


 でも噂というのは怖いもので、火のないところに煙を立てられ、どんどん拡散していく。


 その噂は凄い勢いで学園中を巡り、気がついたら、本当に親しい友人以外は私を避けるようになってしまった。


 もちろん否定はしているのだが、ヒューバート殿下が一向にクラリッサと距離を置こうとしないので、あの噂は本当なのではないかと誤解する人が多かった。


 再び殿下に訴えても、気のせいだと取り合ってくれない。

 まさに八方ふさがりの状況だった。


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