第5話 「ニセモノ」の歴史

冷たい海風の中私の体は震え明るい街のほうに足が動いていた。

ーあの地獄について話さねばならない。

 その答えの一つは「明治維新」と「大正デモクラシー」にある。


明治維新期、政府は列強に追いつくために「性規範」と「民族意識」を国民に植え付けた。

その影響で売春行為を主軸として行動していた丸山遊女の見方が変貌した。

明治10年代の日本では外国に女性を身売りする「売淫」の目的を持つ女性たちの存在を取り締まろうとしていた。

その目的は欧米に差別されるのを防止するためだ。

また、この運動はのちの矯風会につながる。

矯風会とはもともと米国の禁酒運動をまねて東京、神戸、岡山、長崎などで演説を行なった。そして、1886年12月矢島を中心に設立されることとなる。

しかし、ナショナリズムの影響によりその活動意義が歪曲される。

1888年に『一夫一婦の請願』、『在外売淫婦取締に関する法制定に関する請願』を提出した。その中に前述した「唐行(からゆき)さん」についての記載があり外国に性を売りに行く遊女たちを「下等賎劣の婦女子」と明記されている。”純粋な読者は「外国から日本を守った英雄」のように見えるかもしれない。

 

しかし、私にはまったく違うように見える。

2、3話から江戸時代に唐行さんは長崎の人から羨望のまなざしを受けていた。

実際に、不和だった長崎を救った英雄のように見え丸山遊女になりたいと志願するものまで現れるほどのものだったことも思い出してほしい。

だが、それに向き合わず勝手に記憶を改ざんし丸山遊女を「下等賎劣の婦女子」と称した。


つまり、丸山遊女が紡いできた歴史を「ニセモノ」だと言い張ったのと同然であると私は思う。ただ、それは矯風会にとっても同じだ。女性が海外に身売りされ奴隷同然の扱いを受けているというのにこれを見過ごせる訳がない。


このことを目の当たりにし私は震えが止まらなかった。冷たい水面の引く音が少年の時に夢見た輝かしい歴史を破滅させる音と錯覚するようだった。あの時の歴史さえもニセモノのように感じられ私の顔は青ざめた。


この世は「ニセモノ」しか存在しないのである。

「夢は人の手を入れると儚くなる」そう確信してしまった。

 ―私は地獄に落ちていた。

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