第18話 記憶喋っただけなんだけど


「……えぇ、と」


 私は息を呑み、視線を泳がせた。円卓に座る各国の首脳たちが、一斉にこちらを見ている。その視線の重さに、心臓が締めつけられるような感覚を覚えた。


(どうしよう……何を話せばいい?)


 焦りが胸の奥で膨らんでいく。だが、何も話さなければこの場の空気がさらに悪くなるのは明らかだった。私は無理やり口を開き、震える声を絞り出した。


「……私が魔族と遭遇したのは、とある村でした」


 言葉にした途端、あの光景が脳裏に蘇る。燃え盛る炎、崩れ落ちる家々、絶望の叫び声……。私はぎゅっと拳を握りしめ、思い出すままに語り始めた。


「その村は……すでに火に包まれていました。空は赤く染まり、熱気と煙が辺りに充満していて……まともに呼吸するのも辛かったのを覚えています」


 テーブルの向こうで、誰かが小さく息を呑む音がした。しかし、私はそれを気にせず続けた。


「次に目に入ったのは……人が喰われているところでした」


 言葉にすると、思い出したくもない映像がまざまざと蘇る。魔族の長い爪が、人の身体を抉り取る。白目を剥いたまま、声すら出せずに倒れる人々。ずるり、と肉を引きちぎる音……。


「……そい、つらは……楽しんでいました」


 声が震えた。私は両手を膝の上で握りしめる。震えを止めるように、力を込めながら。


「……私は、知り合いの少女を助けようとしました。その子の家に向かい、奥に入っていくと……そこにいたのは、赤い肌をした魔族でした。長い爪を持ち、私を嘲笑うように睨んでいました」

「待て」


 静寂を破るように、低く威厳のある声が響いた。ラーズ帝国の皇帝が、鋭い目をこちらに向ける。


「その魔族の大きさはどれほどだった?」


 私は少し考え、身振りで示した。


「え、っと私の……二倍くらいでした」

「ふむ……」


 皇帝は何かを考え込むように顎に手を当てる。


「それで、その魔族は何か喋ったのか?」

「ええ……。その魔族は、人魔徳一線を一方的に破棄し、この大陸全土を魔族領に変える……と」


 その瞬間、空気が張り詰める。

 重い沈黙が会議室を支配した。誰もが険しい顔でこちらを見ている。


「……そして、もう一つ。魔族は、我主の手によって、世界が変わる……」


 私は深く息を吸い、覚悟を決める。


「──魔王ギザージュの手によって……とも」


 言った瞬間、プリザンド王がガタッと椅子を引く音が響いた。


「──本当か!? 本当に、そいつはそう名乗ったのか!」

「え、ええ……。たぶん、魔王の名前だと思います」


 王は息を呑み、拳を握りしめた。その表情は驚きと焦燥が入り混じっている。


「ついに……ついに、魔王の名が明らかになったか……!」


 この言葉を皮切りに、各国の首脳たちは一斉にざわめき出した。


「魔王の名が判明したということは……すでに指揮系統が確立している可能性が高いな」

「それなら、今すぐ動かなければ手遅れになる!」

「各国の兵力をどのように配置するべきか……」

「だが、情報がまだ足りない。ギザージュという魔王がどれほどの力を持つのか――」


 次々と意見が飛び交う。話し合いは一気に白熱し、戦略、兵力の配分、各国の役割など、具体的な議論が始まった。

 ラーズ帝国の皇帝が、厳しい表情で言う。


「我が帝国の騎士団を前線に投入する。だが、単独では防衛が困難だ。他国の援軍が必要になる」

「ヴェルデン共和国からも援軍を送る。我らの得意とする森林戦を活かせば、魔族の進行ルートを制限できるはずだ」


 ヴェルデン共和国の代表が続ける。


「しかし、敵の数が不明な現状、正面突破を狙うのは危険ではないか?」

「だからこそ、同盟国との連携が必要なのだ。我が国は補給線の維持に力を入れる。戦場が長期化した際に備えて、食料や医薬品の供給を円滑にすべきだ」


 ヴェルデン共和国は七国の中で、最も食料自給率が高く小麦や芋類も多く採れる。私の故郷のマラク村も小麦農場で生計を立てている人がほとんどだった。

 すると、今まで喋らなかったラルマーナ連合王国の宰相が、口を開く。


「それと、情報収集が必須だ。魔族の動向を探るため、精鋭の斥候部隊を派遣するべきだろう」

「ならば、我がクレイシアの聖騎士団を派遣しよう。神聖魔法の加護があれば、魔族に対して有利に戦える」


 クレイシア大司祭が厳かな声で言う。


「そうだな。魔法大国である貴国ならば、問題はないだろう」

「……しかし、そもそも魔族の目的は何なのか? ただ戦争をしたいだけとは思えない」

「確かに。ギザージュの狙いが分からなければ、対応も難しくなる」

「それに、こちらから魔族に接触する手段はないのか?」

「無理だろう。既に向こうは全面戦争を決めている。交渉の余地はない」


 意見が交錯する中、私はただ黙って話を聞いていた。正直、ついていけていない。各国の思惑、戦略、兵力の運用──すべてが頭の中でぐるぐると回っている。


(……やっぱり、私がここにいる意味ってあるのかな?)


 私は確かに魔族と会ってはいるし、情報の提供もできた。でも、戦争をどう動かすかなんて分からない。

 そんな考えがよぎったときだった。


「勇者アテナ」


 プリザンド王が、真剣な表情でこちらを見つめていた。


「そなたはどう考える?」

「……え?」


 私は言葉に詰まる。

 今、この場で求められているのは、戦士としての意見ではない。戦局を見極め、決断を下す者としての言葉。


(私に……そんなことができるの?)


 視線を感じる。各国の首脳たちが、私の答えを待っている。

 私は──。

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