第9話 お昼ご飯を食べよう

 城門へ向かう途中、私はすぐに疲れを感じ始めた。

 冒険者試験を終えたばかりの体は、緊張から解放された反動でずっしりと重く感じる。まるで体中の力が、試験中に使い果たしてしまったかのようだった。


「ふぅ……」


 私は額の汗をぬぐいながら、周囲を見回した。そこは王都の中心部から少し外れた静かな通り。並木道には木漏れ日が差し込み、夏の始まりを予感させる涼しい風が頬を撫でていた。

 そのとき、道端に目を引くカフェが見えた。

 木製の看板には、手書きで「ココロの安らぎカフェ」と書かれており、店先には可愛らしい花が飾られている。小さな丸窓から漏れる温かい光が、心地よい空間を想像させた。


「ねえ、シャーレナ! あのカフェに寄ろうよ」


 疲れた体が甘い休息を求めているのを感じた私は、振り返って一緒に歩いていたシャーレナに声をかけた。


「……アテナ様、私たちには先を急ぐ用事があるはずですが?」


 シャーレナは困ったように眉を寄せながら、まっすぐに私を見つめた。その表情には「こんなところで寄り道している場合じゃありませんよ」と言わんばかりの気持ちが込められている。


「そんなこと言わないでさ。ほら、お腹空いたでしょ? 私、もう動けない……!」


 私はわざと力なくその場にへたり込み、彼女に訴えかけた。試験後の疲労も手伝って、実際に本音だった。

 しばらく私の演技にじっと目を細めていたシャーレナだったが、ついに根負けしたようだ。


「仕方ありませんね……。少しだけですよ?」


 小さくため息をつきながらも、最後には微笑んで頷いてくれた。

 カフェのドアを開けると、温かな空気が私たちを包み込んだ。中には木製のテーブルや椅子が並び、壁には可愛らしい絵が飾られている。落ち着いた雰囲気の空間には、ほんのりと甘い香りが漂い、心がほっとするようだった。


「いらっしゃいませ!」


 明るい声が響き、私たちは小柄な女性店員に迎えられた。エプロン姿がよく似合う彼女は、柔らかな笑顔を浮かべている。


「窓際のお席でよろしいですか?」


 案内された席は、外の景色がよく見える特等席だった。

 私はすぐさま椅子に座り、ため息をついた。ようやく体を休められると安心する。テーブル席だから、シャーレナと向い合せになって座る。


「アテナ様、何にしますか?」


 メニューを手渡されたシャーレナは、静かに目を通し始めた。私も隣でメニューを開き、ざっと眺める。どれも美味しそうで、選ぶのに迷うほどだ。

 デカデカと掲載されているチャーハンが目に留まる。いや、オムライスもなかなか魅力的だな。カレーライスもありかもしれない。


「私はチャーハンにする!」


 やっぱり最初に目に留まった写真の美味しそうな輝きには勝てなかった。


「では、私はオムライスをいただきます」


 シャーレナも穏やかな声で注文を決めた。

 料理を待つ間、私たちは自然とこれからの話題になった。冒険者として新たな一歩を踏み出した私たちにとって、道のりはまだ始まったばかりだ。


「これからもっと強くならないとね……スライム相手にあんなに大変だったんだし」


 試験中の苦戦を思い出しながら呟くと、シャーレナは小さく微笑んだ。


「焦る必要はありませんよ、アテナ様。冒険者としての道は長いのですから、少しずつ経験を積んでいけば、きっと自信がついてきます」


 彼女の柔らかな励ましに、私は自然と肩の力が抜けた。

 そのとき、ふいに店内がざわつき始めた。何事かと周囲を見回すと、一人の黒っぽい服を着た男が、何かを隠しながら出口へ向かおうとしている。


「おい、待て!」


 鋭い声が店内に響き、私はハッとそちらを見た。声の主は若い男性っぽい。黒いパーカーのフードを目元まで被っているせいで顔は見えない。その男は軽快な動きで男の腕を掴む。


「何だお前、放せ!」


 スリの男は暴れようとするが、あっさりと押さえつけられてしまう。彼の手には、財布らしきものが握られていた。


「ほら、それだろ。盗ったもん出せよ」


 黒パーカー男が手から財布を抜き取って掲げると、店内に安堵の拍手が広がった。やがて治安隊が駆けつけ、男を連行していく。

 私はその一部始終を呆然と見守っていたが、ふと財布を取り返した男がこちらを見て、目を丸くしているのに気づいた。そして、何かに気づいたようにそそくさと出口に向かおうとする。

 フードの隙間から覗かせるピンク色の髪、腕に巻き付けた特徴的な水色のスカーフ──間違いない。私はこいつを知っている。そして、向こうも私を知っている。


「アンタ、ルカでしょ!」


 私は慌てて立ち上がり、その男を追いかけた。


「なんで逃げるの!?」


 追いすがりながら声をかけると、ルカは観念したように立ち止まり、振り返った。


「……なんでお前たちがここにいるんだよ。んで誰だ、ルカって……」

「アンタのことよ」

「ルーセントだ。名前くらい覚えろ」

「どっちでもいいじゃない。あんまり変わらないんだから」

「適当な言い訳しやがって……。とにかく、なんでここにいるんだ」


 ルカは気怠そうにフードを取る。そこには昨日見たときと変わらない顔立ちがあった。


「アンタこそだよ。私たちは普通にお昼ご飯を食べようとしただけなんだけど」

「ここは俺の行きつけの店だ。俺のほうが最初に贔屓してんだから、お前たちが他所行けよ」


 相変わらず口も性格も悪い。こんなやつ呼び止めるんじゃなかった。これから食べるせっかくのチャーハンが美味しくなくなってしまう。


「ん? それよりお前冒険者だったのか?」


 私の胸ポケットに視線を送りながら、ルカは意外そうな声を出す。さっきもらった冒険者証明書を胸ポケットに入れていたのだけど、一部はみ出しているからそれが目に入ったんだろう。


「まぁね。ほら見てよ、頑張って取ったんだから」


 そう言って胸ポケットから取り出した冒険者証明書を、ルカに得意げに見せた。


「ふぅん……」

「反応薄くない?」

「いや、だってなぁ……」


 ルカは顔をしかめていたが、突然何かを思いついたようににやりと唇を上げた。


「お前を立派な冒険者だと信じて依頼をさせてほしい。俺の話を聞いてくれるか?」

「え……?」


 私は咄嗟にシャーレナのほうを見る。シャーレナは首を横に振ってルカに近づいた。


「申し訳ありませんが、アテナ様はすでに他の依頼を受けてますので」

「いや、それは分かっている。お前たちは東の湖にラインの実を採りに行くんだろ? 俺の依頼もそっちの方面なんだよ」

「え? なんで私たちがそれを受けてるって」

「お前が見せたカードの発行日が今日だった。初登録した人は大体みんなそのクエストを受けることにするんだ。もちろん例外もいるがな。ただ、東門に近いこの周辺で昼食とってるってことは、もうその選択肢しかねぇからな」


 ルカは言い終えると、私たちが座っていたテーブル席に座った。


「ほら、料理が来たぞ。座って話をしよう」


 後ろを振り向くと、私たちを案内してくれた店員さんが、オムライスとチャーハンを両手に持って立っている。

 シャーレナのほうを見ると、「仕方がないから、話だけでも聞きましょう」とでも言いたげに諦めた表情で向かいの席に座った。


「わかったよ」


 座らないとどうにもならないので、私も座ることにした。


「食べながらでいいよ」


 食べずにさっさと聞くつもりだったが、目の前に置かれた熱々のチャーハンを我慢できるわけもなく、ルカが言い終わる前に一口目を頬張った。


「で、依頼とはどういうものですか」

「そんなに警戒するな。東の湖のほとりには小さな集落があるんだが、名前すらもない集落でな、そこに俺の知り合いのエミリナという女の子が住んでる。その子にこいつを届けてもらいたいんだ」


 そう言ってポケットから取り出したのは、金色に光る懐中時計だった。


「これは?」

「彼女から借りていた懐中時計だ。もう使う用は済んだから返すんだ」


 そう言ったルカの顔は少し複雑そうに見えた。


「ひょっとまっへ。それひふんでは行かないお?」

「アテナ様、飲み込んでから喋ってください。……みっともないですよ」


 私はチャーハンを飲み込んでから、お茶を一杯飲み干してコップを置いた。


「それって、自分で行ったほうがいいんじゃ……」

「本当なら俺もそうしたい。だが、これにはわけがあってな」

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