第4話 戦闘

魔法反射リフレクション、やっかいですね。攻撃魔法を反転させる魔法。特に、こういった強力な魔法に対して有効な防御手段です」


 シャーレナが息を切らしながらも説明する。だが、私にはそんな解説よりも状況が理解できないことのほうが怖かった。

 刻まれた木の破片は宙を舞い、あまりの強風だったせいか周りの木の枝や葉っぱが地面に転がっている。


「チッ、精度が定まらねぇ。そっくりそのままお返しするつもりが、ずれちまった」

「おいおい、せっかくの女なんだ。身体に傷がつかねぇように頼むぜ」


 シャーレナの風魔法に一瞬戸惑いを見せた盗賊たちだったが、反射してからは何事もなかったかのように私たちを見る。


「さぁて、こいつのおかげでもうお前の魔法は、俺たちにゃあ効かなくなったも同然だぜ」


 どうやら魔法反射こいつは一回きりの魔法ではなく、使用したらそのまましばらくは使用者に付与されるみたいだ。

 シャーレナは冷や汗を浮かべ、再び魔法陣を展開しようとするが、その手は一瞬迷いを見せた。私はその小さな仕草に気が付く。

 シャーレナも焦っているんだ。

 盗賊たちは二人がかりでシャーレナに迫る。私はその光景をただ見つめるしかできなかった。自分が情けなくて歯がゆいけれど、体が硬直して動けない。

 そんな私に気付いたのか、シャーレナが振り向きざまに叫んだ。


「アテナ様、しっかり後ろに下がってください!」


 シャーレナは一息入れると、低く詠唱を始めた。見たことのないほど真剣な表情だった。


「氷を操りし冷神よ、我にその厳冬を与えたまえ──【超大氷嵐アイシクル】ッ!」


 今度は真っ青な魔法陣が出現し、シャーレナの手元から青白い光が放たれる。その光を追いかけるように氷の刃が出現し、周囲の空気を一瞬で冷え込ませていく。

 目の前にあった木が凍りつき、氷の柱へと変わる。その氷柱は倒れるように盗賊たちの行く手を遮る形で地面に激突した。鈍い音とともに木の破片が飛び散り、盗賊たちの視界を遮る。


「アテナ様、今です! 走りますよ!」


 シャーレナが私の手を強く引く。その力強さに思わず足が動いた。

 私たちは森の奥へと走り出す。道は暗く、不規則な木の根が足を取ろうとするが、シャーレナの手に引かれるまま走り続けた。


「次は鬼ごっこかぁ!? いいぜ、走れ走れぇ」


 背後からは大声と足音が迫ってくるのが聞こえる。盗賊たちは凍った木を難なく避けて追ってきているようだった。


「追い詰められたらお終いだぞ! 逃げ切れるか!?」


 盗賊たちの声が聞こえるたびに、恐怖が心を蝕む。

 ふと、盗賊のうちのひとりが目の前に現れた。


「ッ!? 前に……」

「挟み撃ちってのも、戦術のうちだぞ」


 シャーレナも私も、足を止めるしかなかった。


「あーあぁ、追いつかれちゃったねぇ。でも、よく頑張った。さぁ、そろそろお遊びは終焉といこうじゃないか」


 背後からもうひとりがパチパチと手をたたきながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 シャーレナは唇を噛む。透き通った南国の海のような水色の眼は、まっすぐに盗賊たちを睨みつけていた。


「まだ、何か……」

「もうないっての! 魔法も使えない、逃げ場もない。持ち物差し出すしかお前らに残ってる道はねぇんだよ!」


 今までやけに優しそうな声を出していた盗賊のうちのひとりが、急に声を荒げてシャーレナにゆっくり近づいていく。

 あっ──

 声をあげようとしたけど、遅かったみたいだ。

 ドンっとシャーレナが押し倒されて、地面に転げる。


「……つぁ、」

「痛い目見ねぇとわかんねぇか!?」

「や、やめろっ!」


 叫んだ。叫んじゃった。私が。

 私こんな大きい声出せたんだ。


「あ?」

「やめろと言ったんだ! こんな無抵抗な私たちを挑発して、恥ずかしくないのかッ!」

「……アテナ様……」

「ほう……。言ってくれるじゃあねぇか。いいぜ、そんなに言うならお前からやってやるよ。炎に焼かれるか、氷漬けのオブジェにされるか、風に刻まれるか。好きに選ばせてやる」


 フォン、フォンと奴の周りに赤青緑の魔法陣が出現する。


「ほらほらぁ、どうした!? お前も魔法のひとつでも展開してみろよ」


 ゆっくり、そして確実に奴は私との距離を詰めてくる。

 どうしよう、どうしようどうしよう。魔法なんて使えないし、剣も持ってない。

 もう限界だ、そう思ったそのときだった。突然、頭上から何かが飛び降りてきた。


「女相手に二人かがりで挟み撃ちってか? 情けねぇ野郎どもだな」


 冷たい声が響く。ピンク色の髪が月光を浴びてきらめき、水色のスカーフがその顔の下半分を覆っている。鋭い目つきに、軽やかに握られた短剣。全体から漂うただならぬ雰囲気に、盗賊たちが思わず足を止めた。


「なんだお前は……!?」

「ただの通りすがりだ」


 ピンク髪の男はフゥっと息を吐いて短剣をくるりと回した。その動作には遊びのような軽さがあるのに、どこか冷たさが感じられる。


「こいつ、ただ者じゃねぇ……! 何が目的だ」

「だから、ただの通りすがりだと言ってるじゃねぇか。ただ、こんなちっせぇガキ相手にムキになってるしょーもない男がいたから、近づいた。それまでだ」

「んだとッ!! 調子に乗りやがって」


 苛立ちが爆発したのか、私に迫っていた男は踵を返してピンク髪の男に突っ込んだ。腰に刺していたナイフを抜くと、宙に飛び上がって男の背後を取ろうとする。


「一人目……」


 男の短剣が一閃し、盗賊のナイフを叩き落とした。


「なにっ!?」


 続けざまに体を低く沈めて回り込み、二人目の盗賊の足を払うと、勢いよく倒れたそいつの手から棍棒を蹴り飛ばす。


「二人目終了、と」


 男の動きは見事だった。無駄がなく、一瞬の迷いもない。盗賊たちは完全に制圧され、その場に倒れ込むしかなかった。

 私とシャーレナは言葉を失ったまま、その光景を見つめていた。


「さて、次はどうする?」

「くそっ、覚えていやがれ」


 ピンク髪の男が盗賊たちを睨みつけると、彼らは完全に怯え、森の奥へと走っていった。


「……終わりだ」


 男は軽く短剣を振り払い、鞘に収めると、こちらを振り向いた。


「助けてやったんだ。少しは感謝しろよ」


 その軽口に思わず拍子抜けしてしまったが、私は震える声で答えた。


「その……ありがとう、えっと……」

「ルーセントだ」


 ピンク髪のそいつは、口元を覆っていたスカーフをクイッと下に下げた。

 目つきこそ悪いが、まぁまぁな顔立ちだ。というか、そんなことより──


「さっき私のことガキって言った!?」

「んあ? それがどうした?」

「もう子どもじゃないんですけど!」

「いや、どっからどう見ても十二、三のガキだろ。それより俺は急いでるんだ。余計な手間かけさせんなよ」


 こいつ、嫌な奴だ。私の直感がそう言ってる。


「ルーセントさん、ここから王都は……」


 シャーレナが笑いを堪えながら聞いてくる。私がいじられたのがそんなに可笑しかったですか。そーですか。


「右だ、右。ここ真っ直ぐ行きゃあ着く。じゃあな、これに懲りたらこんな夜に女だけでこの森を彷徨くなよ」


 ルーセントはそう言い切って、またスカーフを口元まで上げて、くるりと私たちに背を向けて歩き出した。


「十六!」

「あ?」

「私の歳! 子どもじゃない!」


 そう叫んだが、ルーセントは振り向くことなく呟いて歩いて行った。


「そうか、それは失礼した」


 それからすぐにルーセントの姿は闇の中に消えていった。

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