悪役令嬢の流儀〜正ヒロインの権利を剥奪されたので禁断魔法に手を出してみたところ、別ゲームの最推し悪役令嬢を召喚してしまいました〜

もぐもぐはむ

第1話 ファナ・コルベールの朝は忙しい

「レオン、学校鞄持った? ああ、ハンナ靴紐解けてるよ!」


 オレンジ色のふさふさした髪に、学校指定の黒ベレー帽をかぶった双子が、ちっこい犬っころみたいにきゃんきゃん吠えている。


 コルベールの家の朝はいつも騒がしい。半年前から学校に通い始めたこの双子が、毎朝ただでは登校してくれないからだ。


「ハンナが持ってるの俺の鞄だよ!」

「だってレオンがあたしの鞄に汚れつけたから! 交換してって言ったじゃない!」

「ちょっと踏んじまっただけだろ!」


 今年で七つになるこの双子の弟と妹の世話は、毎日繰り返してもなかなか慣れることはない。ファナ、あなたはこんなに大変な人生を送ってきてたのね……と、遠い目をしたくなる。


 ファナは、私であって私でない存在だ。私はこの世界にファナ・コルベールとして転生してきた、転生者だからである。


 物心ついた時には気付けば、ここがあの乙女ゲーム『ジャンヌクラス』ことジャンクラの世界であり、主人公のファナとして私は転生した存在なのだと自覚していた。


 主人公が異世界転生する小説や漫画は人気だし、行方不明になった人たちが、実は別世界に行ってしまったんじゃないかって、噂される事件もよくあったけど。まさか自分が人気乙女ゲームに転生するとは思ってもみなかった。


 まあでも転生できる資格はあったのかな? 人生は平凡だったけど、死に方は普通ではなかったし……。


 自覚したところで、私は何かゲームとは違った方向に進むこともなく、この運命に身を委ねながら日々を過ごしてきた。


 ファナは両親が他界していて、双子の弟と妹を一人で育てながら、学園に通っている平民の娘の設定。だから覚悟していたけれど……両親は去年、出先で事故に遭って帰らぬ人となった。亡くなることはわかってても、どうして他界しているかの理由までゲームで明かされてなかったから、防ぐこともできなかった。


 セーブやロード機能もないから、時間を巻き戻すこともできない。あらかじめ未来を少し知っているだけで、この世界は意外と、これまでの人生と変わりない。


「ほら、もう遅刻しちゃうから行くわよ、どっちの鞄でも良いからとりあえず持って!」

「むー!」


 不満そうなレオンに、ハンナの鞄をひとまず持たせ、二人を玄関前まで私は押し出した。扉を開けると二人はそこに立っていた人物に気づき、むすっとしていた顔をぱあっと明るくさせた。


「リュカ兄! おはよう!」

「はいはい、おはようさん」


 紺色のブレザーの制服を着た男の子が、飛びついてきた二人の髪をわしゃわしゃ撫でながら、人の良さそうな顔して笑ってる。金色の髪に、朝の光が降り注いでるのもあり、一層彼がきらきらして見える。


「ファナ、おはよう」

「おっ、おはよう!」


 十年前から毎日のように見ている顔なのに、いつも幸せとドキドキを与えてくれる。ゲームでも攻略対象キャラだった、ファナの幼馴染のリュカ。


 ゲームをやっていた当時は取り立てて気になるキャラでもなかったのに、この世界に来てから私はゲームのキャラとしてではなく……一人の男性としてこの人に恋をしている。


 ゲームでは詳細を描かれなかった両親の死のように、リュカともゲームでは描かれなかった時間をたくさん過ごしてきた。学校でいじめられた時も、両親が亡くなった時も、双子の世話で苦労してる時も、いつもそばで支えてくれたのはリュカだった。だから私は……


(リュカ以外、勝たん!)


 毎日、いつでも、常に。心の中でリュカ推しうちわをぶん回しているわけである。


 むしろ原作のゲームのことが、逆に恨めしくなるぐらいだ。リュカ以外を好きになることなんて有り得るのかと?(いや、ゲームをしていた私が現にそうだったけど!)


 こんなに優しくて笑顔が可愛い世界一の幼馴染が居るのに! あのゲームが乙女ゲームであったことが、もうそもそもおかしいというか!


「……ファナ? なんか怖い顔してない?」

「あ! ごめんごめん! なんでもない!」

「大丈夫なら良いけど……なんか悩んでるならすぐ言えよ。お前抱え込みやすいからさ、心配なんだよ」


 そう言うとリュカは双子を撫でていた手で、私の頭をくしゃりと撫でた。


「!!」


 この人たらし幼馴染は、平然とこういうことをしてくる!! なんだその可愛い顔は! 心の中で私はのたうち、転げ回った。リュカにとっては双子を可愛がるのと、私に対する行為はさほど変わんないんだろうけど。


「ありがとう、リュカ」


 なるべく平然を装いながら、にっこり笑顔を作ってみせた。


「ん。じゃあ学校行こうぜ」


 にこっと目を細めてリュカは笑う、いちいち可愛いなおい。リュカは毎朝、双子を途中まで一緒に連れて行って、そのまま学校に登校してくれている。


 これもゲームにはなかった設定。私が双子をあやすスキルが無さすぎたがために、助けてくれるようになった。ゲームのファナはもっと双子を上手く扱えてたからね。


 ゲーム通りにいかないこともあるけど、これが私らしさだし? ここはゲームの世界でありながらも、ゲームではないんだから。家族やリュカとの生活だけあればそれで良い。


 …………だけど、私のそんなささやかな願いは、叶うことはなかった。

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悪役令嬢の流儀〜正ヒロインの権利を剥奪されたので禁断魔法に手を出してみたところ、別ゲームの最推し悪役令嬢を召喚してしまいました〜 もぐもぐはむ @mogumogu8686

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