4:あの日から、一ヶ月
前世の記憶が戻って一ヶ月。
記憶が戻る前から続けていた生活を緩やかに過ごす中、記憶の整理を進めていく。
「……むっ。またインクが飛び散った」
紙の上に、使い慣れない羽根ペンを動かす。
もしも第三者に読まれた時、言い訳ができないので…こうして日本語で書き綴っている。
…が、非常に書きにくい。
ファンタジーあるあるアイテムだし、憧れはあったのだが…実用性には欠ける。
これ以上の便利アイテムを知っている分、文字を書くことに苦痛を覚えてしまう。
…鉛筆とか、その辺に転がっていないのだろうか。
作り方は中学生の自由研究の時に調べたから知っている。しかし、この年齢や設備、財力で鉛筆一本作成することは叶わないだろう。
しかし、この生活がこれからも続く。慣れなければいけない。
「はぁ…これで大方纏め終わったけれど…やっぱり曖昧なんだよなぁ」
ガタガタではあるが、自分が持っている情報を文字とする事ができた。
こうすることで、見えてきたことがある。
基本的な知識や、ルートの進行はわかる。
しかし、文明の秘密に関してはプレイヤーだった私も知らないのだ。
私は生前、隠しのワグナールート。そのベストエンドに到達して大団円と思っていた。
文明に関しては完全に放置。文明解明を謳うゲームでそこを疎かにしていいのか?と考えていた。
そのことに対し、お姉ちゃんにメッセージで愚痴を零したのを覚えている。
けれど、お姉ちゃんは確か…。
『その怒り様、もしかしてエンドロールの後を見てないな?』
『…見てない。なんでわかるの』
『あんた、いつもエンドロール中に本体スリープさせて、プレイ切り上げているし。エンディングちゃんと聞けよ。最高だぞ』
『ぐぬぬ…』
『まあいいや。ワグナーベストエンドのエンドロール後に、白髪の女の子が出てくるの。その子の助言通り、そのまま「はじめから」を選びな』
それで…の、続きを読もうとして、私は線路に押し出され…そのまま電車に轢かれた。
お姉ちゃんの助言から考えるに、おそらくというか…間違いなく、悠アルには私が知らない何かが残されている。
その情報を知らないのは痛手とも言えよう。
「やっぱりあるのかなぁ…真相解明ルート」
それを確認する術はもうない。
届くかどうか分からないけれど、お姉ちゃんには感謝しかない。
この情報は、絶対助けになってくれている。
しかし、私がやることは真相解明ルートをシエットと共に進むようなものだ。
攻略対象達と進む真相解明ルートなるものがあったとして、その内容を知らなくとも…やることは、変わりない。
そろそろ紙を片付けて、お昼ご飯の準備をしよう。
そう考え、紙を引き出しに入れ込み…片付けを終える。
それと同時に、扉がノックされた。
「どうぞ〜」
「や、エレナ。少しいいか?」
「ワグナーお兄ちゃん。どうしたの?」
「入口のところにシエットちゃんが来ている。遊びに来たんじゃないか?」
「本当?」
気になって、窓の外を見てみる。
しかしどこにもいない。シエットは本当に来ているのだろうか。
「ここからじゃ見えない。シエットちゃん、あの木陰に隠れているから」
「あぁ…」
「あの子、昨日も思っていたんだけど…前はあんなに人を恐れる子じゃなかったよな?何かあったのか?」
「それは…」
話してしまえば、なんて考えがまた頭によぎる。
ダメだ。それはダメ。
信頼して話してくれたシエットへの裏切りになる。
「…色々あったみたいなの。今はそっとしてあげて欲しいな」
「エレナがそういうのなら、わかった」
「ありがとう」
「でも、協力できることがあったら相談してくれ。力になるから」
「助かるよ」
「今からシエットちゃんのところに行くんだろう?お昼ご飯はどうする?」
「今日はなしでいいや。ワグナーお兄ちゃんが食べて」
「二人分は無茶だっての。先生には話しておくから、気をつけてな」
「いつもありがとう。いってきます!」
慌てて部屋を飛び出した。
周囲にいる子供を避け、階段を飛ばしながら下り…廊下を走って外に出る。
「こら!エレナ!廊下を走るな!」
「ごめんなさい、せんせー!」
「全く、あの子は…」
「ピステルのお嬢様が来たのよ。エレナはあの子が来たら、いつも子犬みたいにはしゃぐから」
危ないことは分かっている。
けれど、それでも…。
「いらっしゃい、シエット!」
「…あ、エレナ。よかった。今日は外出していなくて…」
一足でも早く、彼女に会いたいのだ。
木陰に隠れていた彼女は一瞬、木陰にささっと隠れてしまうが…私だと分かると、安堵したのか緩みきった顔で、ゆっくりと前に出てきてくれた。
「今日はどうしたの?お昼時って珍しいね」
「うん。あのね、今日…お父様が午後に帰ってくる予定なの」
「一ヶ月前の事、やっと面と向かって話せるね」
「そうなの。手紙でも相談はしていたのだけれど、返事がこなかったから…こうして直々に聞くことになるのだけれど。せっかくだから、エレナも一緒にと思って。誘いに来たの」
「勿論だよ。むしろ、私がお願いする立場だもんね。連れて行ってくれると嬉しいな」
「うん。あ、お昼は?もう食べた?」
「実は、まだ」
「じゃあ、うちで一緒に食べよう?エレナの分も用意して貰うから」
「なんか、色々と悪いね…」
「気にしないで。それにご飯は大人数で食べた方が美味しいと思うの」
「そうだね」
今のシエットは、大人数で食事が叶わない。
マナーが全然わからない私でも、彼女の支えになれるのは素直に嬉しかった。
ただ、懸念が一つ。
「でも、マナーとか…」
「大丈夫。我が家だけのことだもの。気にしなくていいよ」
「でも、いつか教えて欲しいな。シエットに教えて貰ったら一発で覚えられると思うし!いつかシエットとお店でご飯食べる時が来るかもだし!」
「そうだね。じゃあ、私が直々に。厳しいから覚悟してね?」
「お手柔らかに…」
孤児院の敷地を出て、歩き出す。
そういえば、シエットのお父さんってどんな人なのだろうか。
ゲーム本編では、シエットは「厳しい人」と言っていたけれど…。
…私のお願いは、聞き入れて貰えるのだろうか。
聞き入れて貰えなかったら、計画はご破算だ。
…上手く事が進んでくれることを祈るしかない。
緊張の中に、不安と恐怖を抱きつつ…私達はピステル家への道のりを歩いて行っていった。
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