第八話 甘露USBメモリ
※
「【甘露】とは、中国の伝説で国王がよい政治をすると降るという露、天上の神々が飲む甘い不死になる霊液、仏の悟りにたとえることもある。甘露酒や甘露水など、非常においしい、甘くて美味という意味でも使われる。【甘露USBメモリ】なんて言葉は、おかしいにもほどがあるだろう」
私は、ちゃぶ台の向こうに座る、いつも通りの高良夏羽を見つめ。
「知らんがな‼ 俺がつけた名称ちゃうんやから‼ ほんま、【スサノオ】は理屈っぽいな‼」
台所から、大きな声を上げて檜山さんが現れ。「出来たで‼」と、ちゃぶ台の上へきれいにたくさん並んだたこ焼きのお皿をどんと置いた。
「ひなちゃん‼ 俺のたこ焼き食べたら、飛ぶで‼ ソースでもおいしいけど、あとでだし汁で食べてな‼」
隣に座り取り皿とはしを渡してくれた、今日も頭がつるつるの檜山さん。にやりと笑い、「食べり‼」と大きく言った。
「何で、たこ焼きなんだ。ひなたは、まだ体調がよくないんだが」
「どっか悪いんちゃうんやから‼ うまいもん喰わせたほうがいいやろが‼」
「身体が変わっている最中に、食べさせて大丈夫なものじゃないだろう。穢れのないものを取り入れないほうがいいと、教官もしているんだから知っているだろうが」
「知っとるわ‼ やから、食べさせるんやろが‼ ほんま、閉じ込めとくだけで、【スサノオ】は気が利かんからな‼ この家来てから、粥やうどんや、栄養ないもんばっかりやったんやろが‼」
高良夏羽の家に来て三日ほど経ち。私は、熱が出たり下がったりで、布団の中からあまり出ることが出来ず。家にずっと居てくれる彼に、お世話になりっぱなしだ。
「……檜山さん。私が、あまり食欲がなかったんです」
「ひなちゃん‼ 病人やないんやから‼ うまいもん食べて、気強く持たなあかんで‼」
「食べ‼」と言われ、私はたこ焼きをひとつはしでとり。口に入れて熱さのあと味を感じ、「おいしい」と素直にもらした。
「せやろ‼ どんどん食べ‼ まだ、組織にいかんでええんやから‼ 好きなもん食べとき‼ 施設入ったら決まりごと多くて、好きなもん食べれんからな‼」
「【オオヤマツミ】、組織に言ってないだろうな。まだ、ひなたは肉親との面談に、大学のこともどうするか決めてない」
「言ってないわ‼ 力を持たない保護対象のままやて、【オモイカネ】と報告しとるわ‼ 【ワカヒルメ】のが口軽そうやけど大丈夫なんか‼」
「一樹は、ひなたと居られなくなるのが嫌だそうだ。一年は、外のものと会うのは許されないからな」
高良夏羽が私に向いて、何か気まずくて下を向いた。
「白木から、少しは聞いているだろうが。力を持てば、組織の施設に一年入ることになる。全寮制の専門学校のようなもので、ひなたと同じ力を持つものが集められている。規則正しい生活と、力のことに使い方を学び。そこで知り合い、関係が出来ることもある」
「そうそう‼ そこの同期で、友達出来るかもしれんで‼ 俺も未だに、仲良うしたり、喧嘩したりするやつおるで‼」
「信じられないだろうが、【オオヤマツミ】が臨時講師として教えることがあるが。安心しろ、今は、きちんとしたものが教えてくれる」
「どういうことや‼ 俺の教え子は、めっちゃ立派にやってんで‼ 初対面のとき、みんな、びびっとったけどな‼」
がははっと檜山さんが笑い。
「……出来たら、檜山さんに教えて欲しかったです。……私、人見知りで、知らないひとと話せないので」
「なんでや‼ ひなちゃん、なんやったけ、ネットでおしゃべりしてたんやろ‼ 【ネットこっくりさん】やったっけ、大変やったな‼ はよう言ってくれたら、俺がストーカー野郎ぶちのめしたのに‼」
言われたことに、私は首をかしげ。
「【オオヤマツミ】、よけいなことを言うな。それより、【甘露USBメモリ】の件を頼みたいんだろうが。簡潔に話して、さっさと帰れ」
高良夏羽がとても固い声で言い、「ああ、すまん」と檜山さんがにやりと笑い。持っているととても小さく見えるタブレットをちゃぶ台の上に置いた。
「ここ三カ月、続けざまの事件や‼ 【甘露USB】を買ったひとが、使用後衰弱した状態で見つかっとる‼ 被害者は十五名、全員金持っとる熟女や‼」
「熟女とは、妙齢の女性のことだ。【オオヤマツミ】、ひなたの前で下品な言葉を使うな」
「へいへい‼ 妙齢の女性‼ 被害者たちは、【甘露USB】をネット経由で購入しとる‼ 売っとる犯人はこいつや‼」
そう言って、檜山さんは画像を見せてくれ。見えたものから目をそらしてしまった。
「ごめんな‼ これ、昨日の水死体やった‼ ああ、こっちや‼」
「【オオヤマツミ】、次に、ひなたに変なのもの見せたら。娘に、娘と同じ歳のひなたを口説いていたことを言うぞ」
「ほんま陰険やな‼ ひなちゃん、大丈夫やで‼ こわいもん見せて、ごめんやで‼」
私は、一瞬見えたものを頭から消し、タブレットに視線を向けた。
「こいつが、【甘露USB】を500万円で売ってたんや‼ 被害者たちが送った金の先を【オモイカネ】に調べさせて、海外経由でこの女の会社に入っとん分かってるんや‼」
「そこまで分かっているなら、この女を逮捕したらいいだけだろう。俺が調査するまでもない」
「証拠がないんや‼ 【甘露USB】を売買しとったことはメッセージや通話に残っとるのに‼ 肝心のブツが出てこんのんや‼ 被害者は記憶のうなって、この女の関係者に話を聞いても何も出てこん‼ ほんで、この女本人に話を聞いても埒が明かんのや‼」
「俺に、この女から証拠を聞き出して欲しいのか。警察の仕事をさせる気か、怠慢にもほどがあるだろ」
「腹立つ言い方すんなや‼ この女と話せば分かるわ、ほんまに埒が明かんのや‼」
タブレットに映っているのは、『美容家 八夜つきこ(はちやつきこ)』さんのブログ。とてもきれいな女性が、自分が開発したお化粧品を紹介している。
「断る、そんなことに構っている暇はない。今は、ひなたのことのほうが大事だ」
高良夏羽がはっきりと言い、私は数日思っていたことを口にした。
「……大丈夫なんですか。高良さん、ずっと家に居てくれてますけど。……いいんですか」
「なんやそれ‼ 逃亡犯のときから、三日もずっとふたりで何しとんや‼」
「ひなたのことを看ていただけだ、おかしな風に言うな」
「看てただけて‼ まさか、風呂とか寝るとき一緒ちゃうやろな‼ この、むっつりが‼」
「口を閉じろ、歩くセクハラ。そばには居るが、おかしなことはしていない」
檜山さんにぴしゃりと言い、彼は私をまっすぐに見た。
「この三日、ひなたは体調が悪かった。また、おかしなやつが来た時に、俺が対応する為だ。当たり前のことをしているだけで、気に病むことはない」
寝るときは隣の居間、お風呂のときは脱衣所の外。高良夏羽は、何度も言ってくれたとおり、私のことをとても守ってくれていた。
三日間、彼とずっと一緒に居たけれど、彼の妹さんと通話したことを話せないままだ。
「なあ、頼むわ‼ 県警のおえらいさんの奥さんが、【甘露USB】の新たな被害者になってしもたんや‼ 他のやつより先に、この女を捕まえたいんや‼ ここらで点数稼いどかんと、査定まで期間ないんや‼ 夏のボーナス下げたくないんや‼」
「知るか。賞与が下がるのは、普段の勤務態度と怠慢のツケだろうが。生活が困窮しても妻子への生活費はきちんと入れろよ」
檜山さんと高良夏羽が言い合いをはじめ。
「……あの、神のほうで働いたら。お金をもらえるんじゃないんですか」
「もらえるで‼ はたらきに見合ってないから、上げろっていつも言うてるわ‼」
「【オオヤマツミ】は働くたびに、何かを壊し天引きされ報酬が減っている。存分に暴れられるから、神として働いている。【オオヤマツミ】のことは、悪い手本として参考にしろ」
「ひどい言いような‼ 【オモイカネ】みたいな嫌々や、【スサノオ】のお役所態度よりええやろが‼ 力を楽しんで何が悪いんや‼」
「そんな発言をしていると、機関から指導を受けるぞ。減給ではすまない扱いを受けることになる」
「追いつめられるんよりましやろが‼ こないだ捕まえた真面目なやつみたいなんが‼ 追いつめられて【土蜘蛛一族】いってまうんやろが‼」
「真面目でまともなものなら、組織を裏切り【土蜘蛛一族】へいくことはしない。この間のものを擁護するような意見、機関に報告してもいいんだぞ」
「報告したいならしろや‼ みんながみんな【スサノオ】と同じや思うな‼ ふつうに生きてきたひとが神の力を持てば、多少はおかしくなるんや‼ そんなんやから、妹に逃げられたんちゃうんか‼」
ふたりの間の空気が、ぴりっと、はりつめたのが分かり。口を開く前。
「ちわっす! おお! たこ焼きある! 俺も食べていっすか!」
一樹が明るい声とともに現れ、私の隣に座りたこ焼きをひょいと手づかみで食べた。
「うまっ! これ、【オオヤマツミ】が作ったやつでしょ! こういう細かいこと、意外とうまいっすよね!」
一樹がもうひとつ食べ、表情をゆるめた檜山さんは「意外言うな!」と言い。私は、空気が変わって、ほっと息を吐いた。
「あ、これ! 俺にも頼んできたやつでしょ! 俺じゃ役不足だから、夏羽さんに頼むってやつ!」
一樹がちゃぶ台に置かれたタブレットを見て言い、高良夏羽が「どういうことだ」と言った。
「ひどいすよ! 俺が、周辺の聞き込みじゃなくて、潜入したいって言ったら! 夏羽さんのが、そういうの自分より上手で敵わないからって! 【オオヤマツミ】警察のくせにほめてたっす!」
「【ワカヒルメ】は余計なこと言いなや‼ 【スサノオ】言い過ぎたわ‼」
「すまんやで‼」と大きく言って、檜山さんが立ち上がり。
「俺は、自分の判断基準でしかひとを見られない。【オオヤマツミ】の視点とは正反対だが、言いたいことは分かるつもりだ。相容れることはないが、間違っているとは思わない」
「ほんま‼ へりくつへりおやな‼ 素直に、僕もごめんなさい言いや‼」
「謝罪をするほど、悪いことは言っていないと思うが。【甘露USB】の件、引き受けてやろう」
「ほんまか‼ 夏のボーナス上がったら、蟹パーティーしたろな‼」
「蟹だけではなく、貸しひとつだ。高くつくことを覚えておけ」
「分かったわ‼」と言い、にやりとした笑みを残して檜山さんが出ていき。
「姫! 夏羽さんと【オオヤマツミ】、喧嘩するほどなんとかなんすよ! 正反対だけど、仲いいんすよ!」
思ったことを、一樹が明るい笑みと声で言い。
「一樹、仕事終わりに毎日来るな。辺りの見回りだけしてろ」
「仕事終わりに、姫の顔見たいんです! 夏羽さんと、一日一緒とか! 心配ですからね!」
「どういう意味だ、【オオヤマツミ】といい穿った見方をなぜする」
「そういう意味だけじゃなくて! こないだの犯人、ひとり逃してから! ぴりぴりしてるからっす! 仕方ないでしょ、【オモイカネ】でも犯人は特定出来なかったんすから!」
そう言った、一樹にウィンクをされ。私は、高良夏羽の顔が見られなくなり、下を向いた。
「仕方ないではすまないだろうが。【BADウィルス】の発動は止められたが、今度またいつ起こるか分からない。捕らえたやつは大した情報を持っていなかったが、もうひとりのほうが重要なものだというのは明白だ。【BADウィルス】の首謀者であり、最近起こっていることと関りが見える」
高良夏羽の妹が、【BADウィルス】をつくり発動させようとしていたこと。【土蜘蛛一族】に居る、犯人だということを。
三日前、【オモイカネ】は三人の秘密にしようと言った。
「なんか! 夏羽さんて、【オオヤマツミ】より刑事みたいすよね! 何で、刑事じゃなくて探偵やってんすか!」
ひやひやしている私の隣、一樹がいつも通りの明るい声を上げ。高良夏羽が立ち上がり、背中を向けて言った。
「一樹、買い物をしてくるから、ひなたを頼むぞ。おかしなことをするんじゃないぞ」
そう残して、居間を出ていった。彼の背中を見つめていると。
「姫! 大丈夫っす! 夏羽さんには、姫がいるから!」
一樹が明るい声で言い、にかっと笑んで。私は、本当に何も出来ないと思い、守られているだけでいいんだろうかと思った。
※
「いいか、呼び鈴がなっても出なくていい。昼過ぎには戻るから、ゆっくり寝ていろ。腹が減ったなら、冷蔵庫の中のものを好きに食べろ」
朝起きて、一緒にごはんを食べてから。何回もくり返したあと、高良夏羽は家を出ていき。
言われた通り鍵をみっつきちんとかけて、居間に戻ろうとしたときだった。
「開けてくれ。忘れ物をしてしまったんだ」
すりガラスの扉の向こうから、彼の声が聞こえ。私は、すぐに鍵をみっつ開けて、扉を開き。
「扉を開いてくれて、ありがとうございます」
高良夏羽ではない、見覚えのあるひとが言い。玄関に入って、私は後ずさった。
「初めまして、【クシナダヒメ】。私は、【ツクヨミ】。今日これから【スサノオ】と会う予定の八夜つきこは、私の影」
昨日、檜山さんのタブレットで見た。【ツクヨミ】八夜つきこが、にこりと笑みを浮かべた。
「【ツクヨミ】の私は、【スサノオ】の姉なの。姉弟喧嘩はさけたいから、【クシナダヒメ】とふたりで話がしたかったの」
きれいな栗色の長い髪の毛が印象的で、細身で私より背が高く。大人のきれいなお姉さんという感じで、いい匂いがする。【ツクヨミ】を見ていると、女性なのにどきどきするのを感じる。
「お願い、私を助けて欲しいの。私は、【甘露USB】を売っている、八夜つきこを止めることが出来ない」
笑みを消した【ツクヨミ】が言い、私は言われたことを理解出来なかった。
「お願い、今から、【スサノオ】と一緒に八夜つきこと会って欲しいの。タクシーを待たせているから、一緒に行きましょう」
私は、言われたことを頭の中でくり返したけれど、分からず。
「今は、意味が分からないと思う。行きましょう、【スサノオ】を助けるために。【クシナダヒメ】でないと、【スサノオ】を助けられない」
意味が分からないけれど、【ツクヨミ】の訴えるような言葉に嘘は感じず。【ツクヨミ】と家を出て、待っていたタクシーの後部席に並んで乗った。
「ここから、新神戸のホテルまではすぐだから。簡単に説明すると、今の私は実態を持たない。運転手の上にある鏡に、私は映ってないでしょう」
タクシーが発車してから言われ、何を言ってるのと思い。横長の鏡を見ると言われたとおりだった。
「今、私の姿が見えて声が聞こえるのは、【クシナダヒメ】だけ。タクシーは声で呼んで、行先は伝え料金は払ってる。今から会うのは、私の影の八夜つきこ。私の姿をしている、ひとの前に出すもの。私は、【土蜘蛛一族】に閉じ込められていて、影の私が外に居る。国と国の組織は、私の存在を知らない」
私は、【ツクヨミ】の話を口を開かず聞き、とても驚いたあとにあれと思った。
「私は、産まれたときから、【土蜘蛛一族】に居て閉じ込められているの。【オオヤマツミ】が、私の影の事件に関り、【スサノオ】が、影の私に会うから。私は、産まれてはじめて、自分の為に力を使ってる」
そんなことがあるのと思い、隣に座る彼女をじっと見つめた。【ツクヨミ】は、とてもきれいな女の人だなと改めて思い。鏡には映ってないけれど、実態がないのが信じられず。
「私の言うことは、信じがたいだろうけれど。疑う言動は、私を傷つけるだろうと思ってる。【クシナダヒメ】は、今生でもとてもいい子ね」
【ツクヨミ】がふわりと笑んで、私は口を開くことが出来ず。たくさん質問したかったけれど、タクシーは新神戸の大きなホテルに着いてしまった。
「ホテルの中に入ったら、私は声だけ。神の力を持つものには、目隠しが出来ないから」
タクシーを降りて、立派なエントランスに入る前に言われ。隣に向くと【ツクヨミ】の姿はなかった。
「最上階の部屋で、【スサノオ】と私の影は会う。大丈夫、ひとの力で御しているものは解けるから」
イヤホンをしてないけれど、耳に届いている声。鈴が鳴るというのがぴったりな響きで、ずっと聞いていたいと思い。言われるまま、立派で豪華なエントランスを通り過ぎて、最上階に向かうエレベーターに乗り込んだ。
「何か、どきどきするわ。このあとのことを考えたら、浮かれている場合ではないのだけれど。自分の意思で、力を使うって」
「楽しい」と、【ツクヨミ】が弾んだ声を上げ。私は、胸がぎゅっとなり。
「……閉じ込められていて、大丈夫なんですか」
「産まれたときから、ずっと閉じ込められてるの。暴力を受けたり、ひどいあつかいはされていない。外に出ることは許されなくて、夢をずっと見てる。夢でみたことを伝えるのが、私の仕事だから」
「……それは、やりたいことなんですか」
「やりたくないとか、選べる立場ではないから。やりたくないと言えば、私はこの世界から消えるだけ。不思議だけれど、私は、この世界から消えたくないの」
「……そんなの、当たり前です。あなたは、生きてるんですから」
「そうね」と、【ツクヨミ】がふふっと笑い。私は、泣きそうになってしまい、我慢した。
「生きているから、私の影をひどく利用されるのが嫌なのね。私は、色んなものを見てきたけれど、【クシナダヒメ】と話すまで分からなかった」
「ありがとう」と言われ、
「……外に、私たちのところに来ませんか」
思ったままが口からもれて、【ツクヨミ】の声がなくなり。エレベーターが着いて、扉が開いた。
「考えたこともなかったけれど。ここ数日、あなたたちを見ていて。そんな希望を、少しだけ願ってしまったから。今、ここに、一緒に来たんだと思う」
【ツクヨミ】の声が少し固いものに代わり。口を開く前に、部屋番号と廊下を進むように言われた。
「あなたたちは、私とは違う。制約はあるけれど、力に縛られず生きている。まるで、ひとと変わらないように生きてる。まぶしくて、ずっと見ていたいと思った」
【ツクヨミ】の言った部屋の前に着くと、扉から電子の鍵の開く音がした。
「そこに、私はいなくていいから。あなたたちは、そのままで居て。【スサノオ】を、捕まえておいてね」
【ツクヨミ】の声が聞こえなくなり、扉が中から開かれ。
「誰かしら。あなたみたいなこ、知らないんだけれど。どうして、鍵を開けられたの」
先ほどまで会話をしていた、【ツクヨミ】が影と言っていたものが同じ姿同じ声で言い。
「【クシナダヒメ】部屋の中に入って、【スサノオ】がソファで眠らされてるわ」
耳元で、本物の【ツクヨミ】が言い。私は、ごくりとのどを鳴らしてから、扉に手をかけ大きく開き。「すみません」と言って、中に入り廊下を進み。
リビングだろう広い部屋に着いて、ソファに居る姿を見つけ驚いた。
「私の影を、相手にしなくていい。早く、【スサノオ】の目を解いてあげて」
本物の【ツクヨミ】の声の言う通りに、私はソファに座る高良夏羽に近づいた。
字が書かれたトイレットペーパーのような紙に、顔から上半身全て包まれている。彼の姿は、見ていると頭が白くなり。伸ばした手は震えていて、紙に届く前に身体がとんだ。
「あなた、何の神なの。ひと払いをしたから、ここには【オオヤマツミ】でさえ入れない。【ワカヒルメ】ではないし、何の神なの」
どうやってとばされたのか分からず、床から身体を起こす前。ヒールのつま先で手を思い切りふまれて、声が出た。
「式神ではない、神ではない生身のひと。何で、ここに入れたの。理由を、ちゃんと言いなさい」
私の手を思い切りふみながら、【ツクヨミ】の影が言い。
「まあ、いいわ。想定外だけれど、ひとを殺すのは禁止はされていないから。特別に、【甘露USB】を最大音量で試してあげる」
ふまれていないほうの手を使い、立ち上がろうとしたけれどお腹を蹴られ。仰向けに転がると、【ツクヨミ】の偽物にどしりと乗られてしまった。
「間抜けな神たちが、【甘露USB】を探してたみたいだけど。残念。【甘露USB】は、この中にしか入ってないの」
女性のものとは思えない、とても重い【ツクヨミ】の影から逃れることが出来ず。
私は、身動きがとれないまま、彼女にスマホの画面を向けられた。
「今から聞かせる音が【甘露USB】。ひとが聞けば、自分が望む世界につながり、現実に帰るのは難しくなる。電子ドラッグというやつらしいけど、ひとの世界ではまだ流通がないの。創れるのは神だけだから、ひとは神を超えることは出来ないから」
【ツクヨミ】の偽物が、喜々とした声で言い。本物と似た声だけど、とても不快だと思った。
「【甘露USB】をくれたひとには、とても感謝してる。刑務所を出たあと【土蜘蛛一族】に拾われたけど、事務所に居たときと何も変わらなかった。力を役に立てて、金を作るよう言われるだけ。私の力なんて、三十分も持たないのにね」
そう言ったあと、偽物の【ツクヨミ】の顔は煙を上げて溶けはじめ。身体も同じようになり、少し経って、煙の中から小柄な釣り目の男性が現れた。
「お前も、俺と同じあやかしの類か。俺は、妖狐(ようこ)の血を引くものだ。どうせ、国の機関に飼われて、いいように扱われてるんだろ。【土蜘蛛一族】と国の機関は何も変わらない、ひとの世界もな。俺の手下になるなら、助けてやってもいい」
私は、何を言われているか分からず。
「……どけて、下さい。……高良さんに、どうしてひどいことをしたんですか」
「いつもひどいことをされてるのは、俺たちだろうが。普通のひととして生きられずに、神の力を持ってるやつにいいように使われるしかない。高良とかいう青眼鏡、小学校のときにいじめてきたやつにそっくりだ」
「……あなたを、いじめたのは。……高良さんじゃないですよね」
「似てるだけで、ムカつくだろ。ムカつくから、部屋に入れてすぐに【甘露USB】を大音量で聞かせてやった。【スサノオ】って、えらい神つきのくせに。気を失って、封印の札をはられちまって」
「ざまあねえな」と、男のひとが両目を細め。
「……ふざけないで。……高良さんに、ひどいことしないで」
私は、感じる怒りのまま、言葉を吐き。スマホで頭を強くなぐられた。
「そんなんだから、お前はダメなんだよ。力の強いもんに服従してさ、代わりに刑務所入って出ても迎えもないんだよ。力がいるんだよ、力は金なんだよ。だからさ、俺の部下になって【甘露USB】で大儲けしようぜ」
頭ががんがんと痛く、男のひとの言うことは理解出来ず。閉じてしまった両目を開き、はっきりと言った。
「どけて下さい。あなたみたいな、卑怯者とは関わりたくありません。高良さんと帰ります」
また、スマホで頭をなぐられ。目を開いたままでいると、男のひとが目を見開いた。
「ムカつくわ。せっかく、誘ってやったのに。ムカつくから、【甘露USB】で気を失ったあと、その身体好きにするわ」
そう言ったあと、男のひとは得意げに私にスマホの画面を見せ。にやりと笑って、スマホを指で押そうとしたとき。
「ひなたから離れろ、下級妖怪。てめえは、ぶっ殺す」
とても低い声が聞こえ、上に居る男の人が飛んでいった。
「てめえは、殺す。助けてと言っても、殺す」
そう言いながら、床をはう男の人を壁際に追いつめる。高良夏羽の両手には大きな花瓶。口を開く前に、男の人の頭に落としてしまった。
何が起きているか分からず、ソファに向くと助けられなかった彼の姿があり。
「下級妖怪、泣いて請うても無駄だ。殺す、ぶっ殺す」
低い声に向くと、男の人の上に乗り拳をふるう姿が見え。「やめて」と言ったけれど、動きが止まることはなかった。
「……やめて、やめて下さい。……ひどいことをしたら、あなたに返ってきてしまう」
床から身体を起こすことが出来ず、かすれた声を上げたとき。
『お兄(おにい)、弱いものいじめ恰好悪いよ。そんな姿見せてると、【クシナダヒメ】に嫌われるよ』
機械の声が、どこからか聞こえ。高良夏羽が動きを止めてくれた。
『久しぶり。十年ぶりだね、お兄。お兄のせいで、また、身内が死んだよ』
彼が、こちらに振り返り、濃いブルーのサングラスのない両目を大きく開いていた。
灰色がかった薄いブルーの瞳は、私を映しているけれど見えてないのが分かった。
『【クシナダヒメ】を、ここに連れてきて。お兄を、ここに連れてきた。【ツクヨミ】は殺されたよ』
私は、機械の声が言ったことに、全身から熱が下がるのを感じた。
『お兄の式神に、その下級妖怪は気づかなかった。お兄が、隣の部屋に居たのにも。でも、私は、【クシナダヒメ】と【ツクヨミ】の動きも分かってた。だから、今みたいになってんのは、すごく期待はずれで想定外で、面白くないよ。もっと、面白いものが見られると思ったのに』
『残念』と機械の声が言い、高良夏羽が「夏姫(なつき)!」と両目を釣りあげて叫んだ。
「お前は、何がしたいんだ! 母さんを殺したのは、【土蜘蛛一族】なんだぞ!」
『母さんを殺したのは、お兄が居る組織だよ。早く、こっちに来てよ。私たちで、組織ぶっ潰そうよ』
「ふざけるな! 母さんを殺したのは、【土蜘蛛一族】だ! お前は、騙されてる!」
『騙されてるのは、そっちだよ。これ以上話してても、つまんないから。またね、お兄』
「夏姫! いい加減にしろ! これ以上、誰かを傷つけるのをやめろ!」
『さっきまで、殺すって暴力ふるってたくせに。説教するのやめてね。【ツクヨミ】が死んだのは、お兄のせいなんだから。送る遺体、ちゃんとしてあげてね』
『ばいばい』と機械の声が言い、部屋が静かになったあと。初めて聞く、高良夏羽の絶叫が部屋に響いた。
第八話 甘露USBメモリ 了
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