イガキ ~電脳世界探偵怪奇譚~

アハハのおばけちゃん

第一話 電脳世界探偵 高良夏羽(こうらなつは)


   ※


「グリム童話、マザーグース、日本の昔ばなし。現代まで語り継がれる物語には意味がある。竹取物語、かぐや姫といえば、お前みたいな子供にも分かるか」


 あいさつをしたら、突然はじまった話。二十歳になりたての私は、ついていけず。今日初めて会う、高良夏羽(こうらなつは)を見つめるしかなかった。


 神戸元町中華街のはずれ、雑居ビルの一室。むきだしのコンクリートの壁、モルタルの床。カーテンは全てしめられ、まだ午前中だけど薄暗い。


 室内は何かの店のあとのようで、真ん中に大きなソファとデスクだけ。デスクの上にはモニターが何台も置かれ、この部屋の主が座っている。


 濃いブルーのサングラス、ウェーブがかかった長めの髪の毛。着ている長袖のパーカーとスキニーは黒。細身で、組んでいる足は長い。

 渡された名前と携帯番号だけの名刺は、そっけない本人のようで。高良夏羽は、三十歳の兄より少し若く見え、優しすぎる兄とは正反対に見える。


「竹から産まれた女児が、老夫婦に寄生して成長し、成長後は男たちを搾取し死に追いやったあとに去る。竹取物語は警告のはなしだ。教養のある貴族の男でも、女に簡単にだまされ、身をほろぼすことになる。魅力があっても、おかしなものには近づくなという、警告のはなしだ。かぐや姫の正体を、お前は知っているか」


 私は、答えは分からず、ここに来て思っていたことを言った。


「……私は、葛城(かつらぎ)ひなたです。お前はやめて下さい」


 高良夏羽は、口を閉じて、少ししてから開いた。


「お前は、本当に子供で、女だな。感情で話をしようとするな、俺の話を黙って聞き問われたことだけに答えろ。そうしないと、お前の問題解決に協力はしない」


 私は、「そんな」ともらし、口をかたく閉じた。


「少しは、学習能力があるようだ。その調子で、ここに来ることになった自分の行動を、感情を挟まず詳細に話せ」


 私は、口を開くことが出来ず。


「今日初めて会った、自分を慮(おもんぱか)らない俺には話せないのか」


 【慮らない】の意味を頭の中で探していると、


「慮らないは、よく考えるという意味だ。俺が、お前に気を遣っていないということだ。文系のくせに分からないのか、大学で何を学んでいたんだ」


 言われてしまったことに、固くくちびるをかむしかなかった。


「半年前から安易にネットで配信活動をはじめ、ひと月前配信中に住所を特定され、ストーカー被害にあい大学に行けなくなり引きこもっている。一昨日着いた、俺が送った手紙に誘われ、なぜここに来た。【電脳世界探偵】から事務所に誘われる手紙なんて、いかにもあやしいだろう」


 手紙には【ネットでお困りのことがあれば、電脳世界探偵が解決します。】と書かれ、日時と住所と地図が書かれていた。

 私は、少しも疑わず、今日ここに来てしまい。どうしてかを、少し考えてから答えた。


「……匂いが、違ったので。……あっちの手紙は、タバコの匂いがするから」


 それだけではなかったような気がして、


「俺は、お前のストーカーと関りはないが。俺のことを、うさんくさいと、お前のストーカーと共犯ではないかと考えられないほど。解決をして欲しくて、追いつめられていたということか」


 考えているときに言われ、そうだったのかもしれないと思い。私は、こくりとうなずいた。


「今の自分の状況は、自分に非があったからと思っているのか」


 少ししてから、「はい」とかすれた声を上げ。涙をなんとか我慢した。


「十歳のときに両親とともに交通事故にあい、兵庫から兄の居る岡山へ。大学進学で岡山から兵庫に戻ったが、両親と居場所はないと分かり。安易にネットで配信活動をはじめ、さみしさを埋めようとしたのは悪手だったな」


 私は、彼が言うとおり、追いつめられていた。だから、ここに電話などはせず、自分のことは話さずに訪れた。


「安心しろ。今話したお前の過去は、ストーカーは知らずネットに出回ってもいない。兄にも言っていない」


 私は、ほっと息を吐き、じゃあどうして知ってるのと思った。


「竹取姫の正体は、ひとではないものだ。ひとが関わってはいけないもの。ひとと敵対するものだ」


 高良夏羽は、突然話を変え、ソファを指さした。


「座れ。どうして、今の状況にいたっているのか。感情を挟まず詳細に話せ」


 私は、言われたとおりにし。高良夏羽は可動式の椅子に座ったまま正面にきて、足を組んでから口を開いた。


「お前から話を聞いたあと、すぐに問題を解決してやろう。その代わり、俺の、【イガキ】せん滅に協力してもらう」


 私は、「いがき」と、知らない言葉を口にした。


「お前のストーカーは、【ネットこっくりさん】で、お前の住所を知ったと言っているな。お前も、【ネットこっくりさん】を配信中に行い、呪われたためだと思っている」


 私は、だからどうして知っているのと思い、「はい」と返した。


「呪いは、お前が信じた時点で成立してしまう。ひとではないものが、ひとをおびやかすようになってしまう。俺は、そういうものを、【イガキ】と呼んでいる」


 私は、よく分からない話を、口を開かずに聞いた。


「【イガキ】は、【ちはやふる神のいがきもこえぬべし今はわが身の惜しけくもなし】の【いがき】とは違う。【彦星(ひこほし)のくべき宵とやささがにのくものいがきはかけて見ゆらん】の【イガキ】だ。ネットで巣をはり、罪のないひとを食い物にしようとする。ひとではないもの、ひとではないものが起こすことが、【イガキ】だ」


 私は、説明をされても、意味は分からず。


「問題を解決してやろう。兄に、心配と迷惑をかけたくないのだろう。どうして【イガキ】に関わることになったかを話せ」

 言われたことに、ぎゅっと胸がしめつけられ。とても重く感じる口を開いた。


    ※


『よかった。ひなたが生きてて、本当によかった』


 十年前、十歳のとき、両親と交通事故にあい。病院のベッドの上で目を覚ますと、兄の初めての泣き顔が見えた。


『よかった。ひなたが生きてて、本当によかった。ありがとう』


 兄は私を強く抱きしめて、『ありがとう』をくり返し。私は、なんとなく、私だけが生き残ったのが分かった。


『これからは、ふたりになるけど。ひなたにさびしい思いさせないよう、お兄ちゃんがんばるから』


 退院をしたあと、兄がひとり暮らしていた岡山に越して、ふたりくらしがはじまった。

 当時、兄は二十歳の大学生で、私は小学生。兄は、両親の葬儀や色んなことをひとりで終え、私を呼び寄せた。


『お兄ちゃん、家事がんばるから。ひなたは、元気に、楽しくいてな』


 兄は私の為、引っ越しをして大学を夜間にかえた。家事を全てしてくれて、学校から帰ると出迎えてくれた。


『誰に何を言われても、気にすることはないから。お兄ちゃんは、ひなたが大人になるまで、ちゃんとそばにいるからな』


 誰かから事情を聞かれ、同情されるのが嫌だった。兄は、私の為、一生懸命だったからだ。


『ひなた、ありがとう。ひなたがいるから、お兄ちゃんがんばれる』


 兄は、大学を卒業して、大学で働くようになり。私が中学生になっても、何も変わらなかった。


『大丈夫だよ。お兄ちゃんは、ひなたがいれば大丈夫だから。それより、告白されたり、好きな人が出来たらちゃんと言うようにな』


 兄は、私が高校に入学してからも、私が十歳のときのままだった。


『大丈夫だよ。お兄ちゃんは、ひなたが結婚するまでは、結婚するつもりはないから。それより、ひなたは進路はどうする。進学でも就職でも応援するからな』


 兄は、ふたり暮らしをはじめてから、ずっと私のことばかりだった。

 私は、私のことばかりの兄から、離れようと思った。


『ひなた、ありがとう。ふたりで暮らせたことで、がんばれた。ひなたがいないと、何も出来なくなってたよ。俺が居なくても、元気に、楽しくいてな』


 兄は、引っ越す朝、泣きそうな顔で見送ってくれた。

 私は、これでよかったんだと自分に言い聞かせ、兄のいない生活を楽しもうと思った。

 なのに、全然、うまくいかなかった。


『ひなた、何かあれば、すぐに言ってくるんだよ。俺は、いつでも、そっちに行くから』


 兄は、心配の電話とメッセージ、荷物を定期的に送ってくれた。

 私は、大学生活に馴染めず、友達が出来ないことを言えなかった。

 兵庫に戻り、兄と離れたのは、兄に私から離れて欲しかったからだ。それに、私の事情を知らないひとと、関係をつくりたかった。


 【ネットこっくりさん】の呪いにかかってしまったのは、寂しくてはじめた、生配信中のときだった。


    ※


「……大学一年の秋頃に、ネットの配信を色々見るようになりました。……自分も、配信がしたいと思うようになって、スマホだけで出来るしはじめて。……年末年始は、兄のところに戻らず配信してて、ネットの中だけど友達が出来たと思って。……楽しかったのに」


「お前、兄のことをどう思っている」


 私は、少し迷ってから、正直に答えた。


「……兄は、私を育てながら、大学を卒業して大学で働いて。……周りのひとから、すごく好かれていて、ほめられてて。すごく、立派だと思います。……だから、離れたんです」


「兄から、何も言われていないのに。一緒にいないほういいがと思ったのか」


 私は、こくりとうなずき、胸がしめつけられているのを感じた。


「お前は、子供だが、馬鹿ではないようだな。続きを話せ」


 私は、感情を挟まないよう、説明を再開した。


「……今年の三月のはじめに、リスナーさんから、……【ネットこっくりさん】をリクエストされました。……【ネットこっくりさん】は、ネット上でこっくりさんが出来るアプリでした」


「紙の上に50音のひらがなと鳥居、【はい】と【いいえ】を書き。質問をするやり方は、リアルと変わらないのか」


「……はい。……質問は、リアルタイムで。……リスナーさんからのコメントを」


「お前の住所はという質問を、どうして選んだんだ」


「……当てられると思わなかったんです。……途中で、【ネットこっくりさん】のアプリが閉じれなくて、……配信を止めることは出来たんですけど」


「【ネットこっくりさん】のアプリを送ってきた犯人は、SNSと配信サイトのアカウントを消して、お前の住所あてに手紙を毎日送ってくるようになったんだろう。持ってきていないのか」


 なんで知ってるのと思いながら、鞄から手紙の束をとりだし。ひとつの封筒から便箋をとりだした。


「……これ、最初にきた手紙です。……ずっと、同じようなことを書いてきてます」


 高良夏羽に、「よこせ」と言われ、手から便箋が乱暴にとられた。


「【ひなぴょん これからは二人きりで話をしようね 僕が【ネットこっくりさん】に頼んでひなぴょんを呪ったんだよ スマホからアプリが消えなかったでしょう スマホの電源を切って捨ててももう遅いよ ひなぴょんは呪われちゃったから 僕とふたりで仲良くする呪いは解けないよ 【ネットこっくりさん】の呪いはどうやったって解けないよ 】」


 淡々と、高良夏羽は読み上げ。ぐしゃりと便箋を握りつぶした。


「クソ気持ち悪い。呪いを、簡単に扱おうとするな」


 とても怖く感じる声を上げたあと、彼はゆっくり立ち上がり。私の前に立って、長い片腕を伸ばしてきた。


「ひと月半、よくひとりで耐えたな」


 私は、とっさに閉じてしまったまぶたを開き。手紙の束が太ももからなくなってるのが分かった。


「話は分かった。今から、ひとを呼ぶからついていけ」


 そう言いながら、高良夏羽は手紙の束をデスクの上にほうった。スマホをいじりはじめた姿に、少し迷ってから口を開いた。


「……兄か、警察に、……連絡をしているんですか」


「立派な事件だと、自覚はしているのに。兄と警察に言うことは出来なかったのは、兄に迷惑をかけてしまうからだろう」


 私は、ゆっくりうなずき、


「お前は、子供で思慮が浅い。だから簡単にだまされてしまった」


 言われたとおりで、じわりと涙が浮かび。


「お前は、非を認めて反省している。もう、自分を責めることはない」


 言われたことに驚いたとき。部屋の扉が勢いよく開かれた。


「ちーっす! 細かい作業は無理だけど、力仕事ならお任せ! 有限会社ハシロっす!」


 明るく大きな声とともに、現れたひと。ずんずんとこちらに来て、私の前に立った。


「ちわ! 初めまして、俺は、羽白一樹(はしろかずき)! お会い出来て光栄っす!」


 白いつなぎ、金色でレイヤーが入った髪の毛には色んな色のインナーカラー。

 長身の羽白一樹さんは、にかりと笑って片手を伸ばしてきた。


「警戒せずに、一樹についていけ。一樹は、そこらの男より、熊よりも強い」


「ひどい言いようっすね! どこからどう見ても、美少女にしか見えないっしょ!」


 「ねっ!」と、男女どちらか分からない、羽白一樹さんはにかりと笑い。私の片手をとって、ひょいとその場に立たせた。


「軽いっすね! お姫さまって感じでいいすね! てか、めっちゃ、かわいくてタイプだわ!」


 羽白一樹さんは、私の手をぎゅっと握って言い。圧倒されるしかなかった。


「よけいなことを言ったり、変なことするなよ。父親に言いつけるからな」


「しないっすよ! 百年ぶりのお姫さま、大事にするよう言われてますから!」


 「ねっ!」と、羽白一樹さんはにかりと笑い。私は、首をかしげるしかなかった。


「一樹、三十分後、ここに連れて帰れ。お前、スマホを俺に預けていけ、連絡は一樹にする。一樹、何か喰わせてこい」


「了解っす! お姫さま! 俺が守りますからね!」


「質問をする前に、行ってこい。安心しろ、三十分後には解決する」


 高良夏羽がそば立って言い。私は、こくりとうなずいて、スマホを渡した。


    ※


「さあ! 姫! どれでも好きなの食べて下さいね!」


 四月半ばの神戸元町中華街は、平日だけどひとが多く。中華街の中心にある広場は異国情緒漂い、赤と黄色が目にまぶしい。


 広場の真ん中、屋根がついた立派なベンチに座り。私のそばには、色んなお店の軒先で買った食べ物たちが並び、にかりと笑みを浮かべた羽白一樹さんが座る。


「俺が一番好きなのは、やっぱり、小籠包! ここの焼き餃子は定番で! 最近人気の角煮バーガーおいしいっすよ! ごはんのあとはシュークリーム買ってきますね!」


 羽白一樹さんは、にこにこと料理の説明をしてくれ。私は、悪いなと思いながら返した。


「……すみません。私、食欲がなくて…っ」


「餃子うまいっしょ! お茶もどうぞ!」


 私の口に餃子を入れ、羽白一樹さんはふたをとったペットボトルのお茶をのばした。


 温かくて、にんにくがきいた餃子を飲み込み。受け取ったお茶をのむと、久しぶりにまともな食事をしたと思った。

 ここひと月ほど、家からほとんど出てなくて。お腹は減らず、最低限しか食べていなかった。


「……おいしいです。……けど、もう…」


「はい、どうぞ! 小籠包は熱いので気をつけてっす!」


 羽白一樹さんは、にかりと笑んで、小籠包をのせたれんげをのばしてきた。

 私は、まぶしい笑顔に負け、れんげを受け取り小籠包を口にいれた。一口かむと、じゅわっとスープが口に広がり、熱さを逃がすようにかんで飲み込んだ。


「あったかくて、おいしいものは正義っすよね! どんだけしんどくても、食べられるから!」


 お茶を飲んでいると言われて、こくりとうなずき。なぜか、ぽろりと涙がこぼれてしまった。


「食べて下さい! 食べながら泣いたら、色々おさまりますから! 今、俺らのことは、周りのひとは見えてないっす!」


 羽白一樹さんが明るい声で言い。ぼやけた視界で周りを見ると、私たちを気にしているひとはいなかった。


「俺、力弱いけど、目隠しの術だけは得意なんすよ! 姫! 気にせずに、食べて下さい!」


 私は、すすめてくれるものを口にしていき。食べ終わると、お腹がぽかぽかしていて、涙は止まっていた。


「いっぱい食べてえらいっす! はい、ちーん!」


 鼻にティッシュをあてられ、言われるままにかんでしまい。


「温かいの食べると、鼻出ますよね! 姫は、鼻のかみかたも、かわいいっす!」


 羽白一樹さんが、にかりと笑んで言い。恥ずかしさが消え、小さく笑い声が出た。


「おお! かわいい! 姫は、笑ったほうがかわいいっす!」


 子供みたいな顔と声で、羽白一樹さんが言ってくれ。私は、ずっと思っていたことを聞いた。


「……私は、葛城ひなたですけど。……どうして、姫って呼ぶんですか」


「姫は姫ですから! 姫に、今生で会えるとは、思ってなかったっす!」


 返ってきた答えが、よく分からず。羽白一樹さんは、にかりと笑った。


「まだ、なんも知らないんすもんね! すみませんす!」


 謝られた意味が分からず、「羽白さん」と質問をしようとした。


「一樹でいいっすよ! 俺、十八ですから!」


「……一樹さんは…」


「さんはいいっす! 俺は、羽白熊鷲【ハジロクマワシ】! 姫を守るものですから! ものごころついたときから、親父に言われ続けてたっす! 姫を守るのが羽白熊鷲の一族の役目だって! 今生で会えるとは限らないけどって、親父言ってたっす!」


 私は、一樹の言っていることが分からず。片手を大きく温かい両手に包まれた。


「親父に言われてたこと、よく分からなかったけど! 会えて、分かったっす! 姫、好きです!」


 一樹が両手に力を入れ、とても驚いたとき。スマホの着信音が聞こえてきた。


「もしもし! いつも通り、察しがいいっすね! 告白してました!」


 一樹は、つなぎから取り出したスマホを耳に当て、明るい声を上げたあと。私の太ももにスマホを置いた。


『一樹の言動は、忘れろ。お前は、まだ、何も知らなくていい』


 スピーカーから高良夏羽の声が聞こえ。怖いと思う声に、びくりと、全身が震えた。


「姫、大丈夫っす! 夏羽さんが機嫌悪いのは、俺にですから!」


『飯は喰ったようだな。一樹、これ以上、余計なことをせずに連れて帰れ。親父にこってり説教してもらうよう頼んでおく』


「まじすか! じゃあ、どっちみち怒られるなら! も少し、口説いていいすか!」


『一樹、謝るなら、今しかないぞ』


「すませんす! 夏羽さんが、姫に必要以上に冷たいから! 俺が温めてあげたかっただけ!」


『余計なことをするんじゃない。さっさと、連れて帰ってこい』


「了解っす! 夏羽さんも、本当はうれしいんでしょう! 俺たち、姫を待ってたんすから!」


『うれしいわけないだろうが。呪いにかかったものがふえて、胸糞でしかない』


 がちゃりと通話が切れ。一樹は、私の太もものスマホをとり、「素直じゃないっすね!」と笑った。


「行きましょうか! 俺は、俺たちは、呪われてるなんて思ってないっす! 姫に会えて、うれしい!」


 一樹が明るい声で言い、ふたりでベンチをあとにした。質問をどれからするか迷っているうち、雑居ビルの一室に着いてしまった。


「姫! また、お会いできるの、楽しみにしてるっす! 俺を忘れても、また会いましょう!」


 扉を開く前に、明るい声で言われ。うしろを振り向くと、一樹の姿はなかった。上がってきた階段に向く前に、「さっさと入れ」と中から聞こえ、言われた通りにした。


「扉を閉めて、こっちに来い。声を上げるなよ」


 薄暗い奥から聞こえ、顔を向けると、高良夏羽の細長いシルエットが見えた。

 私は、言われた通り、彼に近づいていき。見えた光景に足を止め、ひゅっと息を吐いた。


「こいつが、お前を、【ネットこっくりさん】で呪ったやつだ」


 目がどんどん慣れて、悪い夢のような光景に全身が冷たくなった。

 部屋の奥、高良夏羽のそば。黒い頭巾を頭からかぶせられたひとが、椅子に座っている。


 黒い頭巾をかぶせられたひとは、椅子にしばりつけられ。うーうーと言葉になっていない声を上げ、高良夏羽は「うるさい」と顔を向けずに言った。


「こいつは、お前が、今日部屋を出てからずっとついてきていた。お前がこのビルに入り、ついてこようとしたが、結界にはじかれ身体の自由をうばわれて一時間ほど突っ立っていた。椅子に座らせてやったのに、ずっと不服そうにわめいている」


 うーうーという声は小さい。けれど、耳に張り付くような、不快に思うものだ。


「服装検査をしてやったら、こんなものがでてきた」


 そう言って、高良夏羽は、私にナイフの刃先を向けた。


「お前が、誰かに相談をしに来たと思い。これで、脅すつもりだったんだろう。ひと月半、呪いの手紙を送り続け、脅し続けた。こいつは、相応の罰を受けてもらう」


 ナイフの刃先が、椅子に座っているひとに向けられ。私は、「やめて」と、小さくもらした。


「安心しろ。今から、消してやる」


 私は、とても小さく、「やめて」と言った。


「どうした。顔と素性を明かすことなく、お前を脅し続けた。こいつに、どうして、温情をかける必要がある」


 とても冷たく聞こえる声に、すうっと息を吸ってから。


「……私は、問題を解決して欲しかっただけ。傷つけたりは、しないで」


 思うままを口にすると、高良夏羽はナイフを床に落とした。


「脅され、傷つけられた相手に、どうしてそう思う」


「……私にしたことは、……【ネットこっくりさん】の、呪いのせいかもだから」


「【ネットこっくりさん】のせいで、こいつが、お前を呪ったと。じゃあ、こいつから、真実を聞け」


 高良夏羽が、とても静かに言ったあと。


「……ふざけんじゃねえぞ‼ こんなことをして、タダですむと思うなよ‼」


 部屋に叫び声が響き、びくりと身体が大きく震えた。


「タダですまないとは、何をするつもりだ」


 高良夏羽が前に立つと、


「そこにいる、女の個人情報をネットでばらまいてやる‼ 今まで我慢してやったのに、裏切りやがって‼」


 椅子に座らされているひとが、身体を大きく揺らしながら言い。私は、ひゅうっと、背中が冷たくなった。


「【ネットこっくりさん】の呪いなんて、あるわけねえだろ‼ 住所を特定出来るアプリゲームをやらせただけだ‼ 馬鹿が、ひっかかりやがった‼」


 続いた大きな声に、頭が白くなり全身が震えはじめた。


「お前みたいな、馬鹿で苦労知らずな女子大生がよ‼ 俺は、死ぬほど嫌いなんだよ‼ ネットでちやほやされたかったんだろうが、残念だったな‼ 欲求不満でパパ活してる女子大生だって、ネット拡散してやるからな‼ 大学にバレて、人生終了しろお‼」


 「ざまあみろ‼」と言ったあと、椅子に座らされたひとは大きく笑いはじめ。高良夏羽が頭を片手でつかみ、「はなせ‼」と大きくあばれた。


「分かったか。こんな汚物が潜むネットで、居場所を見つけようとするな。居場所なら、いくらでも作ってやる」


 私は、胸がとても苦しくなって、涙がこぼれた。


「てめえら‼ 絶対にゆるさねえぞ‼ 地獄に落としてやる‼」


「これから、地獄を見せられるのはお前だ。お前はひとだが、【イガキ】と変わらない、ひとの姿をしたひとではないものだ。今から、罪をきちんと償ってもらおう」


 静かだけれど、怒りがにじんだ声が部屋に響き。椅子に座っているひとの動きが止まり、高良夏羽が私に向いた。


「お前の、配信や【ネットこっくりさん】に関する記憶を消してやろう。目が覚めれば、自由だ」


 私は、ぼやけた視界で、じっと高良夏羽の顔を見つめ返した。


「……やめて。……忘れることは、もう、したくない」


 かすれ震えている声に、高良夏羽は「そうか」と言い。私の両目を片手で隠した。


「両親とあった事故のことを、忘れているのを責めるな。いずれ、全て分かるときがくる」


 どうして知っているのか聞く前。私は、意識がとぎれとぎれになり。


「今は、眠れ。お前は、まだ、眠ったままでいい。呪われた姫」


 高良夏羽の声のあと、ぱんっと、頭の中が真っ黒になった。


     ※


 携帯の着信音が聞こえ、重いまぶたを開くと。


「目が覚めたようだ。今、代わる。大丈夫だ。だから、大丈夫だと言ってるだろう」


 低い声が聞こえ、見知らぬ薄暗い部屋の天井が見えたあと。


「おい、兄から電話だ。無事なことを、教えてやれ」


 ぬっと、高良夏羽の顔が見え。私は、固まり、私のスマホを握らされた。


『ひなた? 大丈夫か? 神戸の中華街で、夏羽に助けられたんだって?』


 スマホを耳に当てると、兄の心配そうな声が聞こえ。寝かされているソファから、あわてて上半身を起こした。


『体調不良で、ずっと家に居たのに。どうして、神戸の中華街になんか行ったの』


 私は、重い頭で考え、かわいている口で答えた。


「……中華料理を、食べにきたのかも」


 胃に残っている、にんにくの匂いを感じ。自分でも、どうして、中華街まで来たのか考えていると。


『そっか。食べ過ぎて、ベンチでうずくまってたのか。ひなたは、意外と、食いしん坊だからな』


 兄が、ふふっと笑い。私は、じんわりと胸が熱くなり、なぜか泣きそうになった。


『見つけたのが、夏羽でよかったよ。高良夏羽はね、お兄ちゃんの大学の後輩なんだ』


 「えっ」と声が出て、顔を向けると。高良夏羽は、私に背を向けてデスクの椅子に座っていた。


『夏羽はね、民俗学を個人で研究してるんだ。たまに、連絡をとりあってたんだけど。紹介するのははじめてだね。ひなたを助けてくれた夏羽には、感謝してもしきれないな』


 そんな偶然があるのかと驚き、


『ひなた、お礼に、夏羽の手伝いをしばらくしてあげなさい。のちのち、役に立つと思うから』


 兄が言ったことに、「え⁉」と大きな声が出てしまった。



『大丈夫。夏羽は、見た目とは違うからね。じゃあ、また連絡するから』


 私が口を開く前に、通話は切れてしまい。


「葛城ひなた、【ネットこっくりさん】というのを知っているか」


 いつの間にか、こちらに椅子ごと向いている。高良夏羽が、私をじっと見つめて言い。


 私は、少し考えたあと、「いえ」と返した。


「そうか。ネットで検索するなよ。呪われるぞ」


 そう言って、高良夏羽は口の右端を上げた。



第一話 電脳世界探偵 高良夏羽(こうらなつは)了


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