第5話 出発準備とまた妄想

慌ただしい一日は無事終わり、ローズドリスは大満足で店を出ていった。フラピーチをひどく気に入ったらしい彼女は購入した装飾品を自室に飾ってくれているらしい。すぐ翌週にもう一度来店したかと思えば、ロザリーが買い物に出ていた市場に突如飛空艇が着陸し、絶賛公務中のローズドリス一行様と小一時間ほど立ち話に興じた。

 大勢の野次馬が見守るその場で、若干興奮気味にこう頼み込まれてしまった。

「今度隊舎の私室に来てくれない? 私の部屋にぴったりな装飾品をオーダーメイドしたいの」と。


「これも必要でしょ~。これもこれも、ああっ! 大事なあれ忘れてた~!」

 騒がしくするロザリーは数日分の洋服を几帳面に畳む。床にはノートや鉛筆など筆記用具の他に日用品や雨具、使うかどうかもわからないフィルム式カメラなど様々なものが散らかっている。それらを飲み込む大きな茶色いトランクはガッポリと口を開け放ったままだ。

 ローズドリス直々の依頼によりメイド隊の本部へ赴くこととなったロザリーは、明日の出発に備えて準備を進めていた。本部までは汽車を乗り継いで片道六時間以上の長旅となるため日帰りは厳しい。向こうで一泊か二泊かすることになるだろうからと支度に取り掛かったが――

「これじゃまるで旅行だね」

 ドアから覗いたネリおばさんはため息を吐いた。

 手と視線を止めずに応じる。

「旅行じゃないもんっ! これも立派なお仕事! もしかしたらすっごく大きなビジネスが始まるかもなんだよ~?」

ネリおばさんは「ビジネスねぇ……」とその辺に放られていた花柄のパンツを指先に引っ掛ける。

「これがそのビジネスとやらに赴く女の下着かい。十七にもなってお子様な」

「ちょっ!? なにしてるのネリおばさんっ!!」

「またゴムが伸びてよれてるじゃないか。胸と尻ばかり大きくなってこの子は」

 ロザリーは顔を真っ赤に染めながら先月新調したばかりの花柄パンツをさらった。最近の成長具合から考えてお気に入りのそれを履くことはもう叶わないかもしれない。

「セクハラ~! ノーデリカシ~! 年頃の女の子にそんなこと言うなんて信じられないっ!」

「年頃を自称するならさっさと家を出て自立するんだね。ああそうだ、メイドたちの本部にいくならちょうどいい。そのまま入隊してきな」

「言うと思いました~!! ぜーったいイヤで~す! べ~~!!」

 涙袋を引っ張りながら可能な限り舌ベロを出す。変顔まで作って確固たる意思を示したのだが軽く鼻であしらわれた。

「まぁなんでもいいさね。せっかく主都に行くんだからいろいろと見て回って来な。鉄の街並みはここと変わらないが、人はいろんなのがいる。お前の呑気な心も変わるかもだからねぇ」

 彼女はそう言って一つの首飾りをトランクに放り込んだ。

「お守り兼コンパスだよ。私の若い頃のものだから古い物だけど狂いはないはずさ。少なくともお前の絶望的方向音痴よりは数百倍頼りになる」

 くるくると揺れるコンパスの針を見つめ、少しだけ微笑んだ。

「心配いらないよネリおばさん! 地図はとーっくに暗記してるんだから!」

 そう自慢げに胸を打ち、ロザリーはガチャリとトランクを閉じた。


 大勢の人が暮らす都心部にそびえ立つ花柄の巨大城塞。雲に触れてしまいそうな頂上で街を見下ろすのはもちろん私。百万人にも及ぶ忠実な部下を指先一つで操り、歓声を上げる国民たちにこれでもかと花びら降らせる。

「くるしゅうないっ!! くるしゅーなーい!!」

 猛烈な高笑いを上げる花の都の王女様。私。

 そんな妄想にふけながら、ベッドのロザリーは眠りに付いたのだった。

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