うちの「聖女見習い候補」を紹介したい。

 さてこれは、どのように事態を収拾しゅうしゅうすればよいのかとコーデリアは頭を悩ませた。


 ビリビリと肌に焼けつくような殺気が、コーデリアの背後の人物からとめどなく発せられている。見上げれば、いつも以上に紫の眼光を鋭くさせ、不機嫌を隠そうともせず、旦那様が唸り声をあげている。


「か、え、れ!」

「い、や、じゃ!!」

「帰れ!!」

「お主に指図されるいわれはない!」


 犬猿の仲というのは、二人のような様子のことを示すのだろうか、とコーデリアは半ば諦めの境地で彼らの様子を見守った。


「ったく。これだから粗野そやな男は好かぬ! 淑女レディーには今少し礼を持って接してもらいたいものじゃな!」


 憤懣ふんまんやるかたなしとばかりにエルウィザードが息巻けば、それまで背後に控えていた女性たちがさささと進み出て、彼女の皺の入った衣服の裾を直し、乱れた髪を手早くかして整える。


「お前を淑女というのであれば、フランディヴァルドを貴婦人と称さねばならない」

「なんじゃと?」


(フランディヴァルドって確か。七つ目で腹に口がある水棲系魔獣だったわよね)


 さすがに聖女に対し失礼が過ぎるのではないか、と思ったのだが、エルウィザードは肩を竦めただけだった。


「わかったわかった。もういい。そう睨むな。まるで魔獣のようだぞ」


 聖女の唇が綻び、まるで挑発するかのように笑みを浮かべる。


 カイルは忌々しげにエルウィザードを睨みつけ、舌打ち混じりに吐き捨てるように言い放った。


「帰れ。二度とライグリッサに足を踏み入れるな。この露出狂」


「むっつりスケベのお主に言われたくないがの」


 にべもなく言い返し、エルウィザードは長い髪を優雅に掻き上げた。


「どこをどう見れば妾が露出狂だというのか、むしろ教えてもらいたいものじゃな?」


 言いながら仁王立ちになり、腕を組む。動きに合わせ、豊満ほうまんで形のよい胸がたゆん揺れた。遠巻きに様子を窺っていた騎士の一人が「うっ」と小さく呻き、顔を覆って視線を逸らすのを、コーデリアは見逃さなかった。


(思っていたのと、ずいぶん違う聖女様ね)


 気品と威厳いげんに溢れ所作は洗練されているが、聖女というにはあまりにも妖艶ようえんで、いちいちの言動には一癖どころか、二癖も三癖もあった。自分が言えた義理ではないが、予想をはるかにしのいでいたのは確かだった。


「そもそも、この服装は妾が選んだわけではない。お付きの者が勝手に用意したのじゃ。な?」


 そうであろう、とエルウィザードが振り返ると、控えていた女性たちが一斉に頷き、「素晴らしいです」「最高です」「まるで女神さまのよう」と口々に称賛する。


「な?」


 エルウィザードは再び肩をすくめ、カイルに同意を求めるよう視線を向けたが、彼はそれを見事に無視した。


 コーデリアは二人のやり取りを交互に見つめ、小さく首をかしげる。


(ライグリッサは聖女に見放され、魔獣が蔓延る呪われた地――そう聞いていたけど、なぜここに聖女が?)


 疑問が胸をよぎる。だが、その思考を断ち切るように、エルウィザードが動く。今度は適度な距離を取りつつも、コーデリアの軽やかな足取りで目の前に立った。


「寄るな。痴女がうつる。シッシ」

「お主なぁ。嫁御殿が好きすぎるのは十二分に理解できるが、あまりうっとおしいと嫌われるぞ」


 呆れたように嘆息して一呼吸すると、エルウィザードは土がつくのも構わずその場にひざまづき、頭を垂れて礼を取る。それにならううように、お付きの女性たちも揃って跪いた。


「本日は、ご尊顔に拝謁でき、恐悦至極に存じました。ライグリッサ辺境伯様、並びに辺境伯夫人様。先んじて使者を送らず、取次を失したご無礼をお詫び申し上げます」


 どういうことかと、言葉を咀嚼する前に、カイルが凛とした声で応える。


「よい」


「はっ。辺境伯様のお慈悲を有難く頂戴いたしますとともに、ライグリッサ領の益々のご繁栄をお祈り申し上げております」


 深く頷くカイルの動作に、エルウィザードは今一度深く首を垂れて謝意を示し、ゆるりと立ち上がってまっすぐにコーデリアに笑いかけた。


「コーデリア様がいらっしゃれば、この地の安寧あんねいは約束されたも同然です。大事になさいませ」

「お前に言われるまでもない」


 完全にねた子供のような様相を呈するカイルは、コーデリアの頭の向こうから鋭くエルウィザードを睨みつけ、威嚇いかくしていた。


「おお、こわい。獰猛な魔獣に食い殺されないうちに、今日のところはここまでにするとしよう」


 飄々とまるで子供のように笑い飛ばし、エルウィザードは「では」と短く会釈すると広場の出口へと歩き出した。が、突然何かを思い出したように立ち止まると、大股でこちらに歩み寄ってきて一言。


「――そうだ、忘れておった」

「はい?」


 どんな忘れ物をしたのだろう、と首を傾げれば、エルウィザードは背後にいる側仕えの女性たちにザっと視線を走らせた。軽く合図をして誰かを手招く。すると、女性たちの奥から誰かがこちらに向けて足を進めてくるのが目に留まった。


 エルウィザードは手のひらで視線を誘導しながら言葉を発した。


「うちの聖女が、お前にどうしても会いたいと言ってきかなくてな。仕方がなく連れてきたのじゃ。忘れておった。すまないが、一目だけでも会ってやってくれないかの?」


「聖女見習い候補? 聖女候補ではなくてですか?」


 コーデリアのひと言に、さしものエルウィザードも申し訳なさそうに眉根を下げる。


「そうじゃ。見習いの、候補じゃ」


 人々がゆっくりと道を開ける。


 現れたのは見覚えのある金髪碧眼の少女。白地に淡い金色の刺繍が施された服を纏い、さながら舞踏会の主役のように優雅に歩み寄る。


「ごきげんよう、


 悠然とした微笑みを浮かべ、冷たい瞳でコーデリアを捉えたのは、彼女の義妹——アステリーゼだった。


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