紺かピンクか――それが問題だ。



 紺かピンクか――それが問題だ。


 コーデリアは寝台の前に仁王立ちし、腕を組んで非常に渋い顔でドレスを見下ろしていた。


 寝台の上には、まるで性格の違う二着のドレスが無造作に置かれている。


「なぜ、運命は私にこの試練を与えたもうたのか……?」


 眉間に深いしわを刻んで思わず呟いたコーデリアの一言が誰もいない空間に溶けて消えた。


 実家から持ってきた十着の義妹のお下がりのドレスの内、着れそうなのがたった二着。しかもどちらもそれぞれに問題を抱えていた。


 目に刺さるほど強い色合いのピンクのドレスは、目に痛いほど鮮やかな色で、大小さまざまなフリルとリボンが縦横無尽じゅうおうむじんからみ合い、まるでカーニバルの衣装のようだった。体に合わせてみても丈が短く、ペチコートが見えてしまうのは言うまでもない。


 そして、紺色のドレス。


 一見すると無難な色で、コーデリアの黒髪と水色の双眸そうぼうによく似合うのはこちらの色だ。しかし、このドレスには最大の難点があった。


(胸が、ねぇ……)


 ざっくりとスクエア状に開いた胸元は、大胆というより破廉恥はれんちだ。サイズが全く異なる大きめのドレスであるため、胸部がガバガバになるのは目に見えているし、前かがみにでもなろうものなら見えてはいけないものが見えてしまう危険をはらんでいる。


「ぐっ」


 コーデリアは指先で眉間をつまみ、現実逃避しようと目を逸らした。


 こんなドレスを選んだ義妹のセンスが信じられない。だが、後悔しても仕方がない。義妹と顔を合わせることはほとんどなかったし、声をかけられるのは難癖なんくせをつけられる時ばかりだった。


(お父様は大丈夫かしら……)


 王都の病院にいる父を見てくれているのは医師や看護師だし、義母も人目の多い場所で奇行に走ることはないだろう。


 だが、ふと考えた。


 もし父が人質に取られていなければ、もう少し違う選択ができたのではないか――と。


 考えても仕方がないと、コーデリアは目の前の問題を片付けるため、ちらりとドレスに目を向ける。


「どぉすればいいのよぉおおおおお!!」

 

 誰もいない部屋に、絶叫が響き渡った。



 ******


 玄関ホールでカイルと別れた後、代わりに現れたのは執事のアルマーだった。静かな足取りで先導されるまま、コーデリアは廊下を進んだ。


 廊下の両側に広がる壁にはひび割れが目立ち、壁紙が所々で剥がれ落ちていたり、水漏れの跡が残っているのが見て取れる。しかし、掃除は行き届いており、できる範囲で手入れが為されていることがよくわかった。


 屋敷の広さに対して使用人の数は少ないようで、人影はほとんどない。


「こちらでございます」


 アルマーはうやうやしく扉を開き、中を示す。


 コーデリアは思わず息を呑んだ。目の前に広がっていたのは、伯爵家のどの部屋ともまるで別世界のような豪華さだった。


 黄金に輝く装飾が至る所に施され、贅沢な家具が整然と並んでいる。

 

 一つ一つが非常に高価に見え、実家のものとは比べ物にならないほど立派だ。


 この部屋だけ、まるで異世界に迷い込んだかのような美しさにたじろいでしまう。


 その圧倒的な豪華さに、場違い感を覚えたコーデリアは、思わず口をついて出てしまった。


「こちら、どなたのお部屋ですか?」


 その問いが静かな空気に溶け込むと、アルマーは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに眉を正して穏やかに答えた。


「こちらはお部屋でございます」


(あ、いらっしゃるのね)


 コーデリアは心の中でポンと手を打ち、部屋を見渡す。目に入るのは、整然と並ぶ豪華な調度品と、何もかもが豪奢な光沢を放っている空間だけだった。しかし、誰の姿も見当たらない。


(どこかに隠れていらっしゃるのかしら?)


 もちろん、そんなことはないと頭では理解しているのだが、混乱したコーデリアは思わず目をあちこちに動かし、部屋の隅々まで探すような仕草をしてしまう。すると、背後から「んんっ」と一つ、控えめな咳払いが聞こえた。


 コーデリアが振り向くと、真っ白な髪を撫でつけたアルマーが背筋を正し、丸眼鏡を少しずり上げながらも、落ち着いた声で言った。


「こちらは、奥様――。コーデリア様のためのお部屋でございます」

「へぇ。奥様のお名前もコーデリア様っておっしゃるのですね。私と同じなま――え?」


 その瞬間、コーデリアはハッと気づいた。自分がその「奥様」だという事実に、思わず血の気が引いていく。


「それでは、お世話をさせていただきます使用人をご紹介いたします」


 アルマーはコーデリアの動揺に気づかないふりをして、少しだけ上ずった声で、穏やかな調子でドアの方を振り向いた。


「失礼いたします」

 

 その言葉が告げられると、四人の女性たちが一斉に部屋に足を踏み入れた。

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