La DébrisCaprice

浅葱ナ

プロローグ

第1話「運命の螺旋」

 運命。

 これを運命うんめいと読むのか、運命さだめと読むのか、はたまた別の読み方か、それは自由だが…全ての生き物の生涯に、この単語は付き纏う。


 そして残念なことに運命は既に決まっていて変えられない。「運命は変えられる」みたいな主張もあるが、それは単に先の見通しが甘くて運命を見誤っていたか、最終的に行き着く結果への道筋が変わっただけのことだ。


 AさんとBさんが勝負をし、Aさんが勝つことが運命付けられていたとしよう。

 その運命を知ったBさんは運命を変えようとして努力をする。


 何度も、何度も努力を重ねた後に…上に述べた運命の仕様を知り、Bさんはどう感じるだろうか?


 これまでの努力が無駄と分かり、積み重ねてきたものを自らの手で崩すのか?

 それとも…勝敗ではなく、積み上げたもの自体に価値を見出そうとするのか?




 …え?自分は運命ディスティニーって読む?知らんわ。勝手にしろ。




⬛︎⬛︎⬛︎




 ベルトラン王国の王城、その中庭にある庭園にて、優雅にティータイムを過ごす女性が1人。


「何ですって?あのクソ馬鹿議会、まーだそんなアホみたいな法案について議論を交わしてるんですの?」


「エスプリ様…お言葉遣いがはしたないですよ」


 2人いるじゃん、と思ったかもしれないが、会話の相手は彼女…エスプリと呼ばれた少女のメイドであるためお茶会を楽しんでいる訳ではないのだ。


「そんなこと気にしてられませんわよメルキュール。だって彼らが時間を無駄に潰している議題は『新たな税の追加』でしょう?今でさえ税が重く、民達は苦しみ散らかしていると言うのに…」


 少女エスプリは憂ていた。ベルトラン王国の行く末を。


 ベルトラン王国第三王女として産まれた彼女には、第三の名に違わず2人の姉と、同じく2人の兄がいる。下に兄弟はいない。

 彼女の母は国王の側室だし、王位継承権はどう転んでも1番下で奇跡的に親族全滅でもしない限りは王にはなれない。


 故に幼い頃からの教育は他の兄弟と比べて厳しく無く、比較的自由に行動出来たことからよく従者のメルキュールと共に城下へと遊びに行っていた。

 ミルクを吸わせて、その固さをごまかして食べたパン。土気色に汚れた布で作られた上着。市民と親しみ、楽しい時を過ごしたが、まだ幼かったエスプリは不思議で仕方なかった。何故ここに住む人々はこんなにも貧相な服を着て、何故こんなにも質素なものを食べているのか。


 彼女が王城の図書室に1人で籠り始めたのはその頃からだった。

 幼い子が読むような絵物語ではなく、確かな知識を求めて。

 礼儀作法、お茶の淹れ方から法律、兵法、軍略、人間の心理、組織運営、地理、歴史、食糧生産、経済、流通について書かれた本、果ては剣術指南書まで。図書室にあったありとあらゆる本を読んで、その積み上げられた知恵を残らず知識に変えた。


 幼い頃からの蓄積、しかも自ら興味を持って積み上げた物はその心と体が成長した後にも大きな影響を残す。

 エスプリは彼女の他の兄弟姉妹と比べても優れた教養を持つようになったのだ。


 それでも、彼女の心に最初に刻まれた疑問は未だ解決していない。

 「何故…民はこんなにも苦しい生活をしているのだろうか」、という疑問は。




「お父様は一体何をしてらっしゃるのかしら?こんな馬鹿げたことにいつまでも時間を浪費する愚行を何故お止めにならないの?」


「私には国王陛下のお考えは計り知れませんが…疑問に思うのであれば、直にお聞きになればよろしいかと」


「…お父様の側には何時もあの方、王妃がいらっしゃるのよね…。あの方とはどうも気が合いませんわ」


 ベルトラン王国国王には、現在2人の妻がいる。第一王子、第二王女の母である王妃と、第二王子、第一王女、そしてエスプリの母である第二夫人。

 2人の夫人の仲はそこまで悪いものではなかったが、エスプリは王妃のことが、とある理由から苦手だった。

 故に気になる事があっても、王妃と遭遇する可能性を考えてしまい中々行動に移せなかった、が…


「いつまでも避けていてはいけませんわね。お父様に聞きに行くといたしましょう。メルキュール、わたくしはお父様の所まで行ってきますので…帰ってくるまでにわたくしの好きなクッキーを用意しておいてくれる?」


「かしこまりました」




⬛︎⬛︎⬛︎




「お父様、お聞きしたい事がありますの」


「おお、エスプリ!どうしたのだ?」


 国王の執務室にて、ベルトラン国王レガールとエスプリが対面。レガールは机の上にあった幾つかの書類を端にどけ、カップの中の液体を飲んだ。


「議会の現状についてお話ししたいのですわ。なぜお父様はあの者達を…」


「そんな難しい話など後にして、一緒にお茶でもどうだ?お前が私のところに会いにきてくれたのは久しぶりだからなぁ」


 レガールは贅肉と髭で覆われた頬を手で撫で、目を細めて笑いかける。


「お父様、今はそんな場合では」


「はは、そう事を急くな。お前の好きな、オレンジの皮を使ったクッキーもあるぞ?」


 賢いエスプリには、父王の考えはいとも容易く読み取ることができた。興味がないのだ。祖父の代から議会政治…立憲君主制へと体制が切り替わり、国家における重要な決定を全て王が行う必要はなくなった。

 大多数の意見を聞き、それを意思決定に反映させる議会政治は、確かに良い制度だろう。


 しかし現状は最悪。貴族のみで構成された議会では平民の意見など通る訳もなく、ただ肥えたブタどもがさらなるエサを求めて叫んでいるだけであり、自らの手で国家を運営している意識の欠如した国王の誕生を許してしまった。

 …もう少し、考えてから出直そうか。




「…もう良いですわ」


 続く王の言葉も待たず、エスプリは執務室から出て扉を閉じる。


 ドアの取手を握る手は力んでおり、よく手入れされた眉は苛立ちで吊り上がっている。


 取手から手を離し、その場から早足に立ち去る。廊下ですれ違った王妃さえも目に留まっていないかのように、彼女は図書室へと足を運んだ。


 図書室の扉を開け中に入ると、鼻を刺激する紙と糊の匂い。エスプリはどんな高価な香よりもこの匂いが好きだった。




「はぁ〜〜〜…嫌になっちゃいますわ…」


 配置されている木造のテーブルに突っ伏し、髪の毛の先を指で弄りながら大きな溜息を吐く。


「近頃の城下の雰囲気は最悪。ほっとけばあと少しで内乱が起こるでしょうね…そうなれば革命達成からの処刑コンボで一族全滅ルート確定…そんなのイヤですわー!

 こうしちゃいられませんわ!早くお父様を説得する方法を考えないと!」


 力強く椅子から立ち上がり、父の説得に使えそうな本は無いかと本棚の間をすり抜けるように歩き回る。


 何か根拠は無いか。法律に関してでも、人間の心理に関してでも、歴史でも何でも良い。この状況を否定する根拠は。








「…なんですの、この本」


 その本達が置かれていたのは図書室の最も奥の本棚。薄汚れた赤と、青色の表紙にただ【α】、【β】というタイトルだけが記された2冊の本。


 歴史に関する書物が置かれる本棚の隅に置かれたその本は、そのタイトル然り、異質な雰囲気を纏っていた。


「今までこんな本、見たことありませんわ。もう長いことここに通い続けてきましたが…」


 開いては、いけない。理屈ではなく直感で、エスプリは感じ取っていた。直感というものは、意外とバカにできない。この本に何か大事なことが記されている可能性に賭けて一通り目を通すか迷ったが、本能が訴えかけてくる危険…自己の存在や定義が揺らぐような気さえするほどの恐怖がエスプリの心に突き刺さる。


 だが、同時に感じていた。人間にとって最も大切な原動力の昂り…すなわち、抑えられない程の好奇心を。




 【α】と書かれた赤色の本のページに手をかけ、一思いに開く。

 1文字1文字、エスプリの目が文字を追って素早く動く。


「な、なんですの、コレは…!」




 その本に記されていたのは、王国の。いや、現実ではない仮想の今…と言った方がいいだろう。


 議会の台頭、国王の怠惰、民の不満…そして爆発。ページを進めるごとに時は未来へと移ろっていく。謎の知識と力を有した出自不明の人間が大量にこの世界に出現し、世は混乱に陥った。

 【β】に記された内容も凡そ同じであった。出自不明の存在の大量発生と内乱の発生。そして何より…




 どちらの記録でも、エスプリは死亡していた。


 騎士団では民草の反乱を止めることは出来ず、王族は残らず捕えられた。

 乱に負けた王族の辿る道など、ほぼ決まっている。2つの本の両方で、エスプリに関する最後の記述は断頭台で頸を落とされるその瞬間。




 視界がブレ、迫り来る刃を幻視し、野次馬の怒号を耳にし、鋭い痛みに意識を奪われそうになる。吐き気を感じ、咄嗟に左手で口を塞ぐ。


「う゛…認めません。絶対に認めませんわよ…!」


 推測するにこれはこれから訪れる未来。今からそう遠くないうちに国は混乱に陥り、内乱が、始まる。


 目尻に滲んだ涙を手の甲で拭い、よろつきながらも立ち上がるが、腕に力が入らず2冊の本が落ちる。




〈システム起動〉


「…は?」


 耳慣れぬ冷たい声色が唐突に頭の中に流れてくる。


 続けて肉体に違和感。全身に力が入らなくなり、受け身も取れずに図書室の床に崩れ落ちる。


「んもぉ…!次から次へとなんなんですの…!」


 エスプリは、意識を失った。




⬛︎⬛︎⬛︎




 どれほど眠っていただろうか。エスプリが目を覚ました時、彼女はまだ図書室の床に転がっていた。


 こんな姿を誰かに見られるわけにはいかないと、痛みを訴える頭を無視して本を拾って立ち上がると彼女の目の前、元々2冊の本が収まっていたはずの本棚が無くなっており、代わりに更に奥へと続く廊下のようなものが出現していた。


「マジで訳が分かりませんわ…数年分くらいの急展開をここ一点に纏めでもしたんですの?」


 本を大事そうに胸に抱えて、奥へと進む。ただ好奇心を満たすために。


 廊下を進むにつれ、周りは暗くなっていく。

 薄暗い廊下の突き当たりは…壁だった。


「はぁ?こんな王城の構造を無視した摩訶不思議な廊下に何もない…?そんな訳…この凹みは?」


 壁には、細い線で彫られたような…模様?があった。

 壁をぺたぺたと触っていると、壁の中心であろう場所には少しの膨らみ。そこにエスプリが手を触れると壁に彫られた模様に沿って青い光が流れていくように満たされ、螺旋のような美しい模様が壁に浮かび上がり…壁が消えた。


「わ、消えた…なんだったんですの今の。触っただけで消えるなら壁設置した意味あるの…?」


 壁の向こうには光があった。ガラスを通って光が分かれたかのように、虹色の光が視界の端で弾ける。


 先程までの暗さとは打って変わって幻想的で、不可解な現象の最中であることも忘れてしまいそうになる。




 広い部屋に出た。


 そこにあったのは山のように積まれた本。その量も十分に目を惹きうるが、さらに目に留まるものが中央に鎮座している。




 それはまるで芸術作品。歪な形の剣のようにも、歪んだ槍のようにも見える。


 柄のような部分には螺旋のような、複雑かつ精密な模様が彫られており、その柄から伸びた刀身…のような部分は渦を巻いたように捻れ、天井からの光を受け止め、屈折させ、光り輝いているようだ。


 心の底から、これが何なのか知りたい。

 見たい。放たれる光を。

 触れたい。この精巧な模様に。


 既にここまでの状況が余りにも荒唐無稽で、エスプリの頭にはコレが危険なものである可能性などとうに無くなっている。


 小刻みに震える細い腕が、物体に触れる。

 精巧な螺旋模様に光が集まり、より強い光が部屋中を包む。


 少女の好奇心は、満たされただろうか?




★★★




 皆さんドーモ、作者です。


 新作!タイトルの読みは「ラ・デブリカプリス」です!造語!


 エスプリ様を推しまくるつもりですので、可愛らしい王女を存分に愛でて差し上げてくださいませ〜。


 あ、語りの運命論はそういう語りってだけなので、みなさんはドシドシ運命を覆しちゃってくださいね!

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