3-8 アイリスの思惑

「話ってのは、恋の相談?」


 後輩を部屋に招き入れたアイリスは、楽しそうに棚からお菓子を選んでいた。


「どうしてそう思ったんですか?」

「学園一の頭脳が、それ以外であたしなんかに何を聞くの? ふふっ」

「あいにくですけど他のことです。相談には違いないですけど」


 制服を脱ぎ、お互いラフなルームウェアに着替えている。カリカはおとなしい色合いの長袖、対してアイリスは鎖骨や二の腕も露わな明るい色のキャミソール。

 カリカは先輩の後ろ姿に見とれた。自分よりも背が高く、手足はスラリと伸びやか。モデルと言っても通用するだろう。むやみに膨らんでしまったバストを邪魔に思うことも多いカリカにとっては、自分よりもジロジロと見られることがなさそうという意味でも、羨望のボディだった。

 そしてこのボディは……すでに経験済み。愛する男に捧げているのだ。

 頭のてっぺんから足の爪先まで。外側も、内側も。


「じゃあ可愛い後輩のお悩み相談、承りましょう。何か知らないけども」


 アイリスはお菓子の詰め合わせをテーブルに置いて自分も腰を下ろした。

 カリカはチョコレートを一口食べてから切り出した。


「アイリス先輩とグラジオ先輩、最近ますます仲がいいなって」

「ん、あたしたちのこと?」

「ええ。それで……アイリス先輩、大丈夫かなって」

「どういう意味?」

「その、学業に支障は出てないですか?」


 アイリスは呆気に取られた顔になる。それからプッと吹き出した。


「やだな、恋に夢中で勉強がおろそかになってないか心配してくれてるんだ」

「それくらいのアツアツぶりで……模擬戦の時だって」

「最近ね、ますます彼のことが愛しいの。イチャイチャしてるのアピールする気なんか、前はなかったんだけどね。見せつけたいくらいにグラジオのことが好き。愛してるの」


 好き。愛してる。

 赤ちゃんが欲しいと思うほど。


「えっと……そんなあたしの姿が、周りに悪影響あるかもとか? 実は注意しに来たの?」

「……そんなことは言いません。おふたりはもう十九歳で、一昔前ならもう結婚して……こ、子供がいたっておかしくないですよね」

「でしょう? あたしとグラジオの赤ちゃんなら、きっと可愛い子が産まれるから。男の子でも女の子でも! んふ、今から楽しみ!」


 アイリスは不思議なほどに明るい。むしろ躁状態にも見える。

 自分ひとりで悩んでいるようで、カリカは何だかバカらしくなってきた。


(あの時、先輩を探そうとしなければよかった)


 カリカには魔力探知の能力がある。使い手はそう多くないとされるレアな能力で、かつての勇者一行が魔物を次々と退けられたのも、ガーベラの魔力探知能力がおおいに役立ったと言われている。

 保健室に行くと言って姿のなかったアイリスとグラジオが、人気のない学舎裏にいることに気づいた。その時点で嫌な予感がしていた。

 ディアンから話は聞いていたが、まだ信じられなかった。成績優秀で、いつも颯爽として、後輩たちの信頼も厚いアイリスが、人目を忍んで……肉欲にふけるなどと。

 しかし下手に興味を持ったあげく、彼女の秘密を知ってしまった。頭の奥底にこびりついて、もう一生忘れられそうにない光景だった。


「……じゃあ、もう結婚する気まんまんなんですね? 卒業したあと」


 最後に力を込めた。まさか学生であるうちに妊娠なんてしないですよねと。


「……ええ」


 アイリスの声のトーンが下がった。

 肯定するとは思っていたが、あまり嬉しそうに聞こえなかった。


「何か、あるんですか?」

「んー、完全に個人的な事情だし……」

「私、先輩の力になりたいです!」


 ここだ。先輩の様子が変化した理由はきっとここにある――カリカは獲物に狙いを定めた獣のごとく視線を強めた。


「本当に困ってるなら、遠慮なく相談してください!」

「これ、カリカの相談じゃなかった?」

「もう私のことはいいですから!」


 アイリスは少し戸惑っていたが、後輩の妙な勢いに観念した様子で語り始めた。


「あたしの親なんだけど……あたしをお見合いさせたいっていうの」

「お、お見合い? 誰と?」

「王政府の、とある大臣の息子。三十代で、期待の若手官僚だとか」


 自分たちより一回りも年上。

 カリカは背中がざわっとした。なぜそんな男がアイリスを気に入ったのか。


「この前の学園祭で見かけて、あたしに一目惚れしたとかでね。すぐにどこの誰かを調べて、実家と話を付けて……両親もあちらの肩書きに惹かれたのかな。うちって裕福でもない、普通の家だから。それで一度お見合いしてみないかって打診があったのが何週間か前」

「……当然、乗り気じゃないわけですよね」

「当然。あたしにはグラジオっていう恋人がいるんだもの。でも……グラジオとの関係、両親には全然話してなくて。ふたりとも彼のことは子供の頃から知っているけど、娘と多少仲のよかった幼馴染としか思ってないはず」

「ご両親はそんなに乗り気なんですか」

「あたしは魔法政治学科で、将来は同じ政治の世界に入るから……それで余計お似合いじゃないかって言ってて。とにかく一度は会ってみなさいって」


 スタイルのいいアイリスの体が、少し小さくなったように見えた。


「特に父さん、強引なところも多いの。顔合わせするだけって言うけど、内心はもう話を進めたくてしょうがないんじゃないかな。じゃなきゃ、まだ学生の娘にそんな話を持ちかける?」

「確かに……強引ですね」

「タイミングを考えると……あたしが卒業したらすぐにでも結婚させたいって思っているに違いないの」

「まさか先方は、家庭に入ってほしいとか言ってるんですか?」

「ううん。二人三脚でいい政治を目指していきたいみたいなことも言ってるそうよ。顔も見たことはないけど、きっとすごくいい人なんだと思う。両親もあたしの将来を無理に変えようとはしていないわ」

「このこと、グラジオ先輩には……?」

「言ってない。……言うのが怖くて」


 パズルのピースが少しずつ、はまっていくのを感じた。


「あたしはグラジオが好き。グラジオもあたしが好き……って信じてるけど、相手が大臣の息子でビビっちゃわないかな。まさか、身を引くなんてことは。彼の家だってごく普通だし」

「だ、大丈夫ですよ! あの人がアイリス先輩のこと諦めるわけないじゃないですか。男気あふれる人ですよ」

「違う学科なのによく知ってるわね?」

「幼馴染のフィクスが植物科だから、話はたまに聞いてて。アイリス先輩のこと、大好きでしょうがないみたいだって」

「そうなんだ。うん、そうよね。……とはいえ、やっぱりちょっと不安なの」


 パチリ、パチリ。

 パズルは完成する。


「だから……今のうちに既成事実、作っちゃおうかなって」

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