3-3 グラジオvsアイリス

「早くもうちらのチームは負け確定ですね」

「やってみなきゃわからないだろ。頑張れ」


 グラジオに背中を押され、そういう柄じゃないのにと思いながらフィクスは競技の場に出た。

 魔力放出。体内の魔力を外に放出し、ぶつけ合う。倒れたほうが負け。

 これもシンプルだが、ガーベラがもっとも重視した基礎鍛錬法のひとつである。


「フィクス、いい勝負を見せなさいよ!」


 振り向けばカリカがエールを送っていた。

 今は仮にも敵同士だというのに? 味方ではなくこちらに声援を?

 いや、さっさと勝負が決まってしまうのはつまらないからせいぜい気張れということだろう――


「……君、カリカさんの幼馴染でもあるんだってね? いいなあ」


 相手の男子はうらやましそうにしていた。

 魔法政治学科でカリカが普段、どんな風に男子と接しているのかはわからない。

 昔から誰に対しても人当たりのいい少女ではある。しかし今のように名前を呼んで応援することはないのではないか。

 そう思うと、少しやる気が出てきた。

 両者、中腰になって構える。


「準備はいいか? ――はじめ!」


 互いの体から魔力が放たれ、正面から激突した。

 空間が白熱する。無軌道な魔力の粒子が周囲へと散らばり、音が弾けていく。

 全身の細胞が沸き立つような感覚。魔法使いという人種ならば誰もが持つ、物理では計れない魔導のことわりによる高揚感――


「――のわああっ!」


 決着はあっさりと付いた。踏ん張れていたのはほんの数瞬、フィクスはあっさり弾き飛ばされて背中から倒れた。


「あらら」

「あはは、フィクス先輩負けちゃった」


 カリカもディアンも苦笑いだ。

 相手がわざわざ近寄って、助け起こしてくる。


「君、向こうで一番魔力放出が得意なんじゃ?」

「全然そんなことない……」

「じゃあなんで選ばれたの」

「いろいろ事情があって」


 最後の模擬戦は、体術と魔力を総動員しての実戦だ。

 魔王軍と世界の命運を懸けて戦っていた時代と比較すれば、現代の魔法使いはさほどの戦闘力は求められていない。

 それでも魔法使いは、いざという時に一般人を守れる存在でなければならない。戦いの技術は不可欠。これはエクリプス魔法学園創始以来、世界中の共通理念となっている。


「やりづらくないんですかね?」


 ポツリとつぶやくディアンにフィクスは応える。


「ふたりは子供の頃、カラテの道場に通ってたんだって。やりあったことは何度もあるみたいだ」


 植物科のチーム戦敗北が決まり、もはや消化試合のようなもの。しかし場は今日最大の興奮に包まれようとしていた。それこそカリカの圧勝劇をも上回るほどの。


「お手柔らかにな」

「本気でやらせてもらうから」


 グラジオとアイリス。恋人同士のまさかの対決。

 モデルのように背が高く見栄えする男女だ。そんなふたりがいかに激突するのかと、誰もが好奇心を露わにして見守る。


「決着は三本先取とする。――それでは、はじめ!」


 体育教師のコールと同時、長髪をなびかせ先に突撃したのはアイリスだった。

 獣のようにしなやかなボディに魔導車並の速度が乗る。魔力を込めた拳を一直線に突き出す。

 グラジオはたくましい胸の前で両腕をクロスさせ、がっしり固めてガードした。


「はあっ!」


 息もつかせず中段蹴りを放つアイリス。これもグラジオは即座に反応し、脚を上げてブロック。

 何合か打ち合うと、グラジオが大きく後退した。ダメージを受けてではない。


「りゃああっ!」


 手の平から魔力の塊を放出する。宙を切り裂き唸りを上げてアイリスの華奢な体に吸い込まれようとする。

 寸前、彼女の体が高く舞った。麗しい黒髪が鳥の翼のように広がる。


「いいなあ。ディアンは飛べないんですよね」

「俺も飛べないよ」


 飛行は魔法の中でも高難易度と言われる。単に浮くならまだしも、自由自在に滑空するには相当の修練が必要だ。カリカは以前「結構苦労した」と語っていた。

 アイリスもどうやら、かなりのレベルで飛行魔法を習得しているらしい。


「空中戦がお好みか?」


 しかしそれはグラジオも同じだった。土埃を立てながら跳躍し、ピタリと静止。空中であらためてアイリスと向かい合う。


「ふふっ……グラジオ!」

「おう!」

「好き!」


 今度はアイリスが魔力弾を撃った。グラジオは避けきれず、まともに被弾してしまう。一本だ。


「いってえ! 驚かすなよ!」

「なんで驚くの? あたしたち愛し合ってるじゃない!」


 アイリスは興奮の極致にあった。長年別れていた恋人を見つけたかのように両腕を広げて突進する。


「ったくもう、みんな見てるだろ!」

「いいじゃない! 見せつけましょ!」


 流れるように美しい組み手だった。相思相愛、息が合っているからこその肉体の営み。

 恋人同士の惚気ながらの空中戦を、グラウンドの生徒たちは溜息をつきながらただ見上げていた。


「……あれが、あのふたりの愛の形なんですね」


 ディアンの言葉に、フィクスもカリカも反応できなかった。


「くっ、おおっ!」

「ほら、もっと攻めてきてよ!」

「っ、隙あり!」

「んふっ、もっと好きって言って!」

「い、今のはそういう意味じゃない……!」


 やがて勝負は決まった。激情のアイリスに終始押され気味だったグラジオは、立て続けに拳と蹴りで二本取られたのだった。

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