魔法世界の少子化対策
アライコウ
プロローグ
魔王は倒れた。
世界を恐怖の底に落とした悪の首魁は、今や嘘だったかのように影も形も消え失せた。
周囲に立ち込めていた魔の気配も、急速に失せていくのが感じられる。見上げれば暗雲に覆われていた空に一条の光が差し込んでいた……。
「ついにやったぞ、みんな!」
勇者メアニルは腹の底から叫んだ。
傷つき疲れ、それでもなお頼もしい仲間たちが笑顔で応える。
「魔王のヤツ、いずれお前たちも滅びる運命とかなんとか言ってやがったな。まっ、つまらない負け惜しみだろうな!」
剛力無双の戦士ベンダー。常にパーティの先頭に立ち仲間たちを守った。
「生きているんですね、私たち。女神プレグナの加護はこの最果ての地にも届いてくれたようです」
癒やし手の僧侶キュラス。優れた回復魔法は勇者一行の生命線だった。
「見たかコノヤロー! ざまーみろ! あっははは!」
苛烈な魔法使いガーベラ。多種多彩な攻撃魔法はいかなる強敵をも薙ぎ払った。
魔界の軍勢による数十年に及ぶ人間界侵攻、そして魔王の脅威は、この若者4人の力で退けられたのだ。
「ねえ……あたしたち、これからは自由に平和に生きられるんだね」
勝利の興奮も少し収まり、ガーベラは万感の思いで口にする。ベンダーが力強く頷いた。
「俺ももう、戦う必要はなくなったわけだ」
「どうすんのこれから。剣道道場の師範とか似合いそうね」
「笑わないで聞いてくれよ。俺、学問をやっていきたいんだ。前からの夢だったんだ」
ベンダーと幼馴染のメアニルは目を見開いて驚いた。
「本当に? 聞いたこともなかったよ」
「言ってなかったからな。なまじ人より力があるばかりに戦士なんざやってきたけど、それも今日限りだ」
「私は神父を目指して研鑽を積みつつ、農業をやっていきたいですね。これからたくさんの食料が必要になりますよ」
キュラスにも前々からの考えがあったらしい。彼が信仰する女神プレグナは豊穣を司る。農業の道はこの上なく適切であろう。
「で、勇者サマは?」
ガーベラがくりくりした瞳で見つめながら聞く。
メアニルは少し視線を逸らし、はにかみながら言葉にする。
「僕は……ずっとのんびり暮らしたいな。もう一生分働いただろう?」
申し合わせたように戦士と僧侶も続ける。
「いいんじゃないか。王政府からたんまりと年金をもらえるだろうしさ」
「ええ。穏やかな家庭を築き、妻子を一生養うくらいのことは軽いでしょう」
「そう、そういうことをしていきたいんだ僕は。これからは……愛に生きたい」
「え、なに、好きな人いるのあんた?」
ガーベラの――初恋の人の無邪気な顔に、若き勇者はひどく赤面する。
メアニルは旅の途中で出会い仲間に引き入れたガーベラに、ずっと一目惚れしていた。
世界が平和になったら彼女と恋人になり、やがては結婚し……温かい家庭を作っていきたいと考えていた。
彼は決意していた。自分の気持ちをすべて告白するのは、魔王を倒してから。
それがようやく叶ったのだ。魔王討伐にも勝る人生の大勝負に打って出る時だった。
「ところで、ガーベラの今後は? よかったら……」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、ガーベラは一気呵成にまくし立てた。
「教育の道よ。これまで学んだ魔法の知識を、これからは戦いじゃなくて世界のために活かすわ。特に同じ女性のためにね。私も最近知ったんだけど、魔法って決して選ばれし者だけの才能じゃないの。魔力を秘めた人間はそこそこ多いみたい。その力を引き出してあげたらどう? 身体能力で劣る女性でも男性と同等以上に活躍できるわけ! たとえば力仕事は男性だけのものじゃなくなって、女性も平等にそこに入れる。何なら女性ばかりの現場なんてのも当たり前になるかもしれない!」
「それは素晴らしい考えだ!」
ガーベラが世界の発展のために働き、自分は家庭に入る。
愛しの彼女のために毎日食事を作り、生まれた子供たちの世話をして。ああ、とてもいい。どんなに美しい未来だろうか。
「ガーベラ、ぜひ僕にも協力させてほしいな。そのためにも僕と……」
「ううん、一般への魔法教育はかつて誰もやったことがない仕事。大変な激務になるはずよ。だから……あなたはあなたの人生を生きて。のんびりしたいんでしょ?」
「へっ?」
メアニルの口から間の抜けた声が漏れる。ベンダーとキュラスも微妙な表情で顔を見合わせた。
ガーベラは高らかに宣言した。
「あたし今度は、魔法をたくさんの人に伝えるために世界を旅する。だからみんなとはこれでお別れね」
勇者は魔王の一撃以上のダメージを受けてその場に崩れ落ちた。
次の更新予定
2025年1月11日 12:00
魔法世界の少子化対策 アライコウ @araicreate
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