第17話 遊園地デート前編

さとるセンパ〜イ!」


 椿芽つばめとの遊園地デート当日。椿芽の希望で現地集合になっていた。んで、しっかりと集合時間10分に現地入りした俺は、入口前の街灯にもたれかかって待っていると、聞き慣れた元気いっぱいの声を出しながら、こちらに向かって手を振りながら小走りで来る人影を見つけた。


「おぉ……」


 正直なところ驚いた。

 割とカジュアルな服装を好む椿芽とは、全然違ったからだ。でも、それが椿芽だとすぐに分かる。


「にひひ……お待たせっす」


 照れているのか、恥ずかしそうに俯いた椿芽が顔を上げる。


「い、いや……別に待ってねぇよ。俺もさっき来たとこだしな……」


 心臓がバカみたいに激しく跳ね上がる。顔も熱くなる。それでも、目の前の椿芽から目が離せない。


「そ、そうっすか……」

「お、おう……」


 なるほど。そういうことか。

 椿芽が何で現地集合にしたのか、ようやく分かった。いや、気が付かなかった俺がバカ過ぎたんだな。

 ようするに今日は、特別な日なんだ。


「え、えっと……その……」

「似合ってるよ。本当に」

「ふぇぇ?」

「可愛い」

「〜〜っ」


 くびれのある形の綺麗な桜色のワンピース。白い襟と、黒くて細い胸元のリボン。前髪には、燕のヘアピンをしている。


「た、タバコイポイント減点っす!」

「何でだよ。褒めたじゃんよ」

「褒め過ぎなんですよ! 恥ずかしいっす!」

「えぇ……」


 理不尽過ぎん? 俺は思ったことをそのまま口に出しただけなのに。てか、のれ褒めなかったら絶対に怒ってたじゃん。んで、タバコイポイント減点でしょ? クソゲーかよ。


「残念。神ゲーですよ」

「……心ん中読むなよ」

「にっひっひ。センパイが考えていることなんて何でもお見通しなんですよ!」

「そりゃすげぇな」

「はい。すんげぇんよ。因みに今センパイが吸いたいタバコは、ラッキー・ストライクですよね」

「マジか。当たりじゃん」

「にひひっ」


 やれやれ。こりゃ本当に椿芽には隠し事が出来そうにないな。困ったような嬉しいような複雑な気分だ。


「さて、お喋りはここまでにして行きますか」

「だな」


 手を差し出すと、椿芽もこっちに手を出していた。


「ははは」

「にひひ」


 2人でぎゅっと手を繋いで歩き出す。


「椿芽はなに乗りたい?」

「そうっすねぇ。メリーゴーランドとかどうですか?」

「中々意外なチョイスだな」

「3連単当てたいっす」

「……バカなの?」

「センパイには言われたくないっすよ。それに今のはどう考えても冗談ですよ」

「ごめんって……」


 だからそんなに強く握らないで。めっちゃ痛いから。


「まぁでも、遊園地ならやっぱり、定番のジェットコースターじゃないですか?」

「まぁ悪くはないけど……」

「あぁ……」


 すんげぇ並んでるわ。いやまぁ、確かに人気アトラクションだし、遊園地の目玉と言ってもいいくらいだしな。当然と言えば当然だ。


「40分待ちっすね」

「どうする?」

「やめときますか。この待ち時間は、タバコ吸いたくなります」

「だよなぁ」


 一応タバコは持ってきてるけど、ここで吸う訳にはいかないもんなぁ。


「あ、センパイ。あれなんてどうですか?」

「げっ……お化け屋敷かよ……」

「あれぇ? もしかてぇ〜、センパイ苦手なんですかぁ?」

「苦手じゃない。嫌いなんだ」

「あ、結構ガチなやつなんですね」

「ガチだよ」


 だって怖いじゃん。

 てか、そもそもよ? 何で自分から怖いことをしないといけないんだよ。意味が分からん。


「因みに椿芽は?」

「あー……実は私も苦手なんですよね。ホラー映画とか心霊番組とか見れないです……」

「……何で提案した?」

「あれですよ。一応、王道なところじゃないですか」

「まぁ確かにそうだけど、それで俺が行こうって言ったらどうするつもりだったんだよ」

「その時はセンパイにだけ行ってもらおうかと」

「マジかよ」


 あっぶねぇ。断ってよかったぜ。下手にかっこつけてたら、とんでもないことになってたな。やっぱり、正気ってとても大事だわ。


「ん〜それじゃあ、あれとかどうですか?」

「コーヒーカップか。まぁいいんじゃないか」

「決まりっすね。行きましょう」

「あいよ〜」


 ――――

 ――


「おっ、おお! 意外と早いな!」

「にひひっ、でも面白いっす! もっと加速させましょうよ!」

「おっしゃ! どんとこい! 確かこれを回せばいいんだよな?」

「ですです!」


 俺達は手を重ね合ったまま、中央のハンドルを握っていた。


「あ、でも。いきなりはダメっすよ。センパイの顔がよく見えなくなっちゃうんで」

「ふむ。確かにそれは俺も困るな」

「って、うわっ! ちょ、なんで回しちゃうですかぁ」

「違うって、わざとじゃない!」

「しっかりして下さいよ。センパイ! あわわ、逆回転になった!」

「ははっ、焦り過ぎだろ」


 おかしなもんだ。ただ回ってるだけなのに、すげぇ楽しい。

 無意識に椿芽の手を握る力が強くなる。


「にひひ、センパイ大胆っすね」

「椿芽だって、同じだろ? さっきより、強く握り返してきてる」

「それはあれっすよ。回転して危ないから、しっかり握ってるだけです」

「そうか。なら仕方ないな」

「はい。仕方ないっす」


 少しの無言。ぐるぐると回転する景色。それでも、椿芽から目が離さない。


「や、やっぱり、もっと加速させましょう!」

「は? ちょ、おい、椿芽!?」

「えいやー!」

「おわっ!」


 いきなり椿芽が無茶苦茶な勢いで、ハンドルを回し始める。それに合わせて、コーヒーカップがぐんぐんと回転を早めていく。


「待て待て! 早過ぎだって!」

「あ、あわわ! やり過ぎたっす!」

「止めろ止めろ!」

「あ、あれ? 今、私どっちに回したんでしたっけ!?」

「知らんわ! うわっ、また加速してる!」

「うえぇぇ! と、止まらないっすよぉ!」

「椿芽のバカぁ〜!」

「す、すいません〜!」


 もう自分達では、制御不能になったコーヒーカップは、俺達を容赦なく回転地獄に叩き込む。結局俺らは、終わりまでの時間、ただひたすらにぶん回されることになったのであった。



 ―――

 ――


「……」

「……」


 2人とも無言でアトラクションを降り、無言で早足に歩き、無言で側溝のところで前のめりになった。


「おうえぇぇえぇぇ〜〜!」

「うっぷ! うえぇぇえぇぇ〜!」


 2人して思いっきりえずいてしまった。

 助かった。朝に何も食ってなかったから、大惨事にならずに済んだ。


「ふえぇ〜……め、目が回るっす……」

「き、気持ちわりぃ……」


 ひ、酷い目に……あった……。

 決めた……。もう絶対にコーヒーカップなんぞ乗らん。あれは、人を殺す兵器だ……。


「あ……」

「ん……」


 そこで、ふっと目が合う。


「に、にひひっ」

「ははっ」

「何やってんでしょうね。私達」

「本当だよな」


 思わず笑いが漏れた。


「にひ、にひひっ。まさか、遊園地デートに来て、最初に乗ったアトラクションで、2人でおえおえすることになるなんて思ってなかったですよ!」

「そりゃそうだけど、でもあれは椿芽が悪いんだぞ」

「にひひっ、ごめんなさぁい」


 でもまぁ、いい思い出にはなった。多分、これを思い出して、タバコを吸いながら2人で爆笑しているだろう。

 ひとしきり笑いあった後、俺らはまた自然と手を握る。

 そう。まだデートは始まったばかりなんだ。


「ほら、次に行きましょうよ。センパイ」

「分かったから、そんなに引っ張るなよ」

「にひひ。嫌ですよぉ」

「ったく」

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