第17話 遊園地デート前編
「
「おぉ……」
正直なところ驚いた。
割とカジュアルな服装を好む椿芽とは、全然違ったからだ。でも、それが椿芽だとすぐに分かる。
「にひひ……お待たせっす」
照れているのか、恥ずかしそうに俯いた椿芽が顔を上げる。
「い、いや……別に待ってねぇよ。俺もさっき来たとこだしな……」
心臓がバカみたいに激しく跳ね上がる。顔も熱くなる。それでも、目の前の椿芽から目が離せない。
「そ、そうっすか……」
「お、おう……」
なるほど。そういうことか。
椿芽が何で現地集合にしたのか、ようやく分かった。いや、気が付かなかった俺がバカ過ぎたんだな。
ようするに今日は、特別な日なんだ。
「え、えっと……その……」
「似合ってるよ。本当に」
「ふぇぇ?」
「可愛い」
「〜〜っ」
くびれのある形の綺麗な桜色のワンピース。白い襟と、黒くて細い胸元のリボン。前髪には、燕のヘアピンをしている。
「た、タバコイポイント減点っす!」
「何でだよ。褒めたじゃんよ」
「褒め過ぎなんですよ! 恥ずかしいっす!」
「えぇ……」
理不尽過ぎん? 俺は思ったことをそのまま口に出しただけなのに。てか、のれ褒めなかったら絶対に怒ってたじゃん。んで、タバコイポイント減点でしょ? クソゲーかよ。
「残念。神ゲーですよ」
「……心ん中読むなよ」
「にっひっひ。センパイが考えていることなんて何でもお見通しなんですよ!」
「そりゃすげぇな」
「はい。すんげぇんよ。因みに今センパイが吸いたいタバコは、ラッキー・ストライクですよね」
「マジか。当たりじゃん」
「にひひっ」
やれやれ。こりゃ本当に椿芽には隠し事が出来そうにないな。困ったような嬉しいような複雑な気分だ。
「さて、お喋りはここまでにして行きますか」
「だな」
手を差し出すと、椿芽もこっちに手を出していた。
「ははは」
「にひひ」
2人でぎゅっと手を繋いで歩き出す。
「椿芽はなに乗りたい?」
「そうっすねぇ。メリーゴーランドとかどうですか?」
「中々意外なチョイスだな」
「3連単当てたいっす」
「……バカなの?」
「センパイには言われたくないっすよ。それに今のはどう考えても冗談ですよ」
「ごめんって……」
だからそんなに強く握らないで。めっちゃ痛いから。
「まぁでも、遊園地ならやっぱり、定番のジェットコースターじゃないですか?」
「まぁ悪くはないけど……」
「あぁ……」
すんげぇ並んでるわ。いやまぁ、確かに人気アトラクションだし、遊園地の目玉と言ってもいいくらいだしな。当然と言えば当然だ。
「40分待ちっすね」
「どうする?」
「やめときますか。この待ち時間は、タバコ吸いたくなります」
「だよなぁ」
一応タバコは持ってきてるけど、ここで吸う訳にはいかないもんなぁ。
「あ、センパイ。あれなんてどうですか?」
「げっ……お化け屋敷かよ……」
「あれぇ? もしかてぇ〜、センパイ苦手なんですかぁ?」
「苦手じゃない。嫌いなんだ」
「あ、結構ガチなやつなんですね」
「ガチだよ」
だって怖いじゃん。
てか、そもそもよ? 何で自分から怖いことをしないといけないんだよ。意味が分からん。
「因みに椿芽は?」
「あー……実は私も苦手なんですよね。ホラー映画とか心霊番組とか見れないです……」
「……何で提案した?」
「あれですよ。一応、王道なところじゃないですか」
「まぁ確かにそうだけど、それで俺が行こうって言ったらどうするつもりだったんだよ」
「その時はセンパイにだけ行ってもらおうかと」
「マジかよ」
あっぶねぇ。断ってよかったぜ。下手にかっこつけてたら、とんでもないことになってたな。やっぱり、正気ってとても大事だわ。
「ん〜それじゃあ、あれとかどうですか?」
「コーヒーカップか。まぁいいんじゃないか」
「決まりっすね。行きましょう」
「あいよ〜」
――――
――
「おっ、おお! 意外と早いな!」
「にひひっ、でも面白いっす! もっと加速させましょうよ!」
「おっしゃ! どんとこい! 確かこれを回せばいいんだよな?」
「ですです!」
俺達は手を重ね合ったまま、中央のハンドルを握っていた。
「あ、でも。いきなりはダメっすよ。センパイの顔がよく見えなくなっちゃうんで」
「ふむ。確かにそれは俺も困るな」
「って、うわっ! ちょ、なんで回しちゃうですかぁ」
「違うって、わざとじゃない!」
「しっかりして下さいよ。センパイ! あわわ、逆回転になった!」
「ははっ、焦り過ぎだろ」
おかしなもんだ。ただ回ってるだけなのに、すげぇ楽しい。
無意識に椿芽の手を握る力が強くなる。
「にひひ、センパイ大胆っすね」
「椿芽だって、同じだろ? さっきより、強く握り返してきてる」
「それはあれっすよ。回転して危ないから、しっかり握ってるだけです」
「そうか。なら仕方ないな」
「はい。仕方ないっす」
少しの無言。ぐるぐると回転する景色。それでも、椿芽から目が離さない。
「や、やっぱり、もっと加速させましょう!」
「は? ちょ、おい、椿芽!?」
「えいやー!」
「おわっ!」
いきなり椿芽が無茶苦茶な勢いで、ハンドルを回し始める。それに合わせて、コーヒーカップがぐんぐんと回転を早めていく。
「待て待て! 早過ぎだって!」
「あ、あわわ! やり過ぎたっす!」
「止めろ止めろ!」
「あ、あれ? 今、私どっちに回したんでしたっけ!?」
「知らんわ! うわっ、また加速してる!」
「うえぇぇ! と、止まらないっすよぉ!」
「椿芽のバカぁ〜!」
「す、すいません〜!」
もう自分達では、制御不能になったコーヒーカップは、俺達を容赦なく回転地獄に叩き込む。結局俺らは、終わりまでの時間、ただひたすらにぶん回されることになったのであった。
―――
――
「……」
「……」
2人とも無言でアトラクションを降り、無言で早足に歩き、無言で側溝のところで前のめりになった。
「おうえぇぇえぇぇ〜〜!」
「うっぷ! うえぇぇえぇぇ〜!」
2人して思いっきりえずいてしまった。
助かった。朝に何も食ってなかったから、大惨事にならずに済んだ。
「ふえぇ〜……め、目が回るっす……」
「き、気持ちわりぃ……」
ひ、酷い目に……あった……。
決めた……。もう絶対にコーヒーカップなんぞ乗らん。あれは、人を殺す兵器だ……。
「あ……」
「ん……」
そこで、ふっと目が合う。
「に、にひひっ」
「ははっ」
「何やってんでしょうね。私達」
「本当だよな」
思わず笑いが漏れた。
「にひ、にひひっ。まさか、遊園地デートに来て、最初に乗ったアトラクションで、2人でおえおえすることになるなんて思ってなかったですよ!」
「そりゃそうだけど、でもあれは椿芽が悪いんだぞ」
「にひひっ、ごめんなさぁい」
でもまぁ、いい思い出にはなった。多分、これを思い出して、タバコを吸いながら2人で爆笑しているだろう。
ひとしきり笑いあった後、俺らはまた自然と手を握る。
そう。まだデートは始まったばかりなんだ。
「ほら、次に行きましょうよ。センパイ」
「分かったから、そんなに引っ張るなよ」
「にひひ。嫌ですよぉ」
「ったく」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます