第15話 光と闇の交わる時

 そしてついに、その日が来た。一同の前には緑豊かな丘陵きゅうりょうが広がり、羊たちがのんびりと草をんでいる。しかし羊飼いの姿はない。ふいに、スタンレーが呟く。


「不死者軍団……まさかここまで増えているとは」


 ボレアリス王国は既に目と鼻の先だ。城門は閉ざされ、城壁の向こうは不気味なほど静まり返っている。これから戦争が始まるというのに、大砲などの兵器も、弓兵すらも存在しない。ただ城の前を真っ黒に埋め尽くすほどの不死者たちが佇んでいるだけだ。


「でも、こっちも負けてないわ。まさかこんなに集まるなんて」


 カサンドラがテントから出てきて言う。カサンドラたちの居る丘の下では、同じくらいの規模の兵士たちが思い思いに準備していた。アストリア王国の兵士たちの他、各国から腕に自信のある者が名誉を求めて集まった結果だ。


「そういえば、カーラはどこへ行ったんだ?」

「何か大切な準備があるって……そこの木の中に居るはずよ」


 カサンドラは近くに生えている一本の木を指さす。スタンレーがその木のうろを覗くと、中には魔法で作られた『部屋』があった。


「カーラ、居るか?」


 カーラはその部屋の中で、銀色の鏡に映る自分の顔をじっと見つめていた。


「それは何をしているんだ?」

「何って、化粧よ」


 カーラは鏡の向きを変え、鏡越しにスタンレーを見た。


「化粧? これから戦争が始まるというのに……」

「だからこそよ! あたしは今日、死ぬかもしれない。だったら最期くらい美しくしておかないと。さ、分かったらあっち行ってなさい!」


 そう言って、白い粉を自分の顔にまぶすカーラ。その姿を見て、スタンレーは神妙な顔をする。


「そうか。それが君の戦い方なんだな……分かった。まだ時間はあるから、じっくり準備をするといい」


 スタンレーは立ち去った。


「あら、意外と話の分かる男じゃない」


 一般に流通している化粧品は、あまり知られてはいないが毒性のあるものが多い。だが、カーラの使っている化粧品は、毒性のないもので自作した安全なものだ。カーラはそれらを惜しみなく顔に塗り付け、鏡でその出来栄えを見ると、満足そうに微笑んだ。


     *   *   *


「お待たせ」

「カーラ、って、その顔……」


 木の洞から出てきたカーラの顔を見て、カサンドラが一瞬戸惑った。カーラの顔は白い粉が幾重にも重ねられ、まるで雪が積もったように輝いていた。


「ああ、魔術は気持ちが大切なんだそうだ」


 その様子を見て、スタンレーが便宜を図った。カーラはスタンレーに目くばせをした。


「そうなのね。カーラ、あなたがそこまで本気になってくれるなんて。本当にありがとう」

「カーラ、君の覚悟はよく分かった。だが安心してくれ。何があっても、君の命はこの俺が絶対に守る。絶対に生きて、共にルミナリア半島へ行こう!」


 カサンドラとスタンレーの眼差しは、確固たる信頼と大きな期待に満ちていた。


「ちょっとスタンレー、変なこと言わないでよ! でもまあ、期待してるわ。ちゃんと守ってよね、ソラリスの騎士様?」


 そう言って、カーラは持ち場につく。ほんのりと頬を赤らめながら。


「よし、始めよう」


 ぱん。スタンレーが空に向けて合図の銃を発砲する。丘の下に居るアストリア連合軍は、それを待ち望んでいたかのように、勇んで進軍する。そして。


「そろそろいいわね」

「ああ、頼む」


 連合軍が不死者軍団に近づくと、向こうもこちらへ近づいてきた。両者が接触する前に、カーラは呪文を唱え始める。


「集え、光の粒子よ。降り注げ炎の矢よ、我に仇為す敵を討て! ――エクス、カエロ、サジッタイ!」


 その呪文が空気に溶け込んだ、次の瞬間。空が燃えるように真っ赤に染まった。否、『燃えるように』ではない。実際に燃えているのだ。空の異変に気づいた連合軍と不死者軍団が足を止める。


「さあ、行きなさい!」


 しゅんっ。雲のように留まる炎の海から、まるで雨のように無数の炎の矢がほとばしる。炎の矢はまるで獲物を求める蛇のように、不死者に向かって進路を変える。どん。炎の矢は、不死者の体をいとも簡単に砕き、黒い煙を立ち上がらせる。不死者たちは次々とひざまずくように崩れ落ちていった。


「あははっ! あたしったら、今日は最高に調子がいいみたい!」


 不死者軍団はあっという間に全滅状態になった。軍事定義上は三割以上の損害のことをそう呼ぶが、これは軍事定義上の全滅ではない。文字通り『全滅』だ。


「……カーラ、あなたって本当にすごいのね」

「はは、君が敵でなくて良かったと、心から安心したよ」


 あまりの威力に、思わず変な笑いをこぼしてしまう一同。連合軍は歓声を上げ、再生しようとする不死者たちへの追撃を開始する。


「さて、次はこれよ」


 カーラは腰に吊るしている袋から小さな壷を取り出し、地面に置く。壷は地面に置かれた瞬間、見る見るうちに大きくなった。魔法によって大きさを変えてあったらしい。


「ハーブみたいな匂いね」

「これは塗り薬か?」

「そう、この塗り薬が『羽の生えたひづめの魔法』よ。これを豚の全身に塗りなさい。しっかり塗らないと途中で落ちるわよ」


 一同はあらかじめ近くに繋いでおいた豚に、『羽の生えた蹄の魔法』の薬を塗り始める。連合軍と不死者軍団との戦闘は順調のようだ。予定より早く檻の部隊が投入され、次々と不死者が収容されている。


「塗り終わったわ」

「俺もだ」

「ちょっと見せて。耳の裏と脇の下は塗り忘れやすいから……大丈夫、ちゃんと塗れてるわね。じゃあ――」


 一同は頷き、それぞれ豚にまたがる。


「分かってると思うけど、あたしたち自身は飛べないから、ちゃんと掴まってるのよ! はっ!」


 カーラが合図をすると、一同を乗せた三匹の豚は勢いよく走り始める。そして下り坂に差し掛かろうというところで、豚の蹄は地面を離れた。豚はまさしく空気を蹴るようにして瞬く間に高度を上げる。


「きゃっ!」


 下を見たカサンドラが悲鳴を上げる。カサンドラは必死に豚の背中にしがみついている。風を切る音と、体が宙に浮いている感覚に、本能的に恐怖を感じているのだ。


「大丈夫か! カサンドラ!」


 スタンレーの声が風に乗ってくる。眼下には広大な大地、そして連合軍が不死者軍団を圧倒している光景が広がる。彼らは上空の豚には気づいていないようだ。


「このまま超えるわよ!」


 カーラが豚をさらに加速させる。カサンドラが顔を上げると、豚は既に城壁の上空に達していた。城門を開閉するための不死者が二人居るが、城壁の上にはやはり弓兵などの姿はなかった。


「カーラ、あそこが純潔の間だな?」


 スタンレーが一番高い位置にある建物を指さす。礼拝堂のような建物の前に、三体の不死者が立っているのが見えた。


「そうよ。三体なんてちょうどいい――待って、下!」


 下の建物から一瞬、光のようなものが生じた。次の瞬間。しゅんっ。


「はっ」


 スタンレーを目掛けて、何か黒い獣のようなものが飛びかかってきた。スタンレーは体をのけ反らせてそれを避ける。


「今のは何だ!」

「『猟犬』よ! あらゆる物陰から飛び出してくる、犬の悪魔! イザヴェルが仕掛けた魔法の罠だわ!」


 しゅんっ。また一頭、猟犬が建物の陰から飛び出してくる。猟犬は大きく口を開けたまま、矢のように風を切り、一同に襲い掛かって来る。


「ふんっ」


 スタンレーが戦槌を振り回し、それを撃退した。


「きゃあっ!」


 カサンドラの悲鳴が聞こえる。見ると、別の猟犬がカサンドラの乗る豚の脚に噛みついていた。豚は痛みで暴れ出す。


「カーラ、どうしよう!」

「カサンドラ、矢で撃ち落としなさい!」

「無理よ、こんな揺れてたら落ちちゃう!」

「くそっ、岩のひとつでも持ってれば……」


 カーラは岩を投げつける魔法を使おうとしたが、ここは上空。ちょうどよく投げつけられる大きさの物など転がっていない。


「カーラ、これを使え!」

「分かったわ!」


 スタンレーが左の肩当てを結んでいる紐を解く。その意図を理解したカーラは、スタンレーの肩当てに向けて手のひらをかざす。肩当てが浮遊し、カーラの方へ寄ってくる。


「さあ、食らいなさい!」


 ぱんっ。スタンレーの肩当てが勢いよく『発射』され、猟犬の顔面に直撃した。猟犬は意識を失ったように口を開け、そのまま下に落ちた。純潔の間はもう目と鼻の先だ。


「このまま突っ込むわよ!」

「きゃっ……」

「おう!」


 カーラが豚に指示を出すと、豚は純潔の間の前に立つ不死者を目掛けて、より一層加速した。思わず目を瞑るカサンドラ。そして――どんっ。予定通り、三体の不死者は一同の豚に突き飛ばされ、腹部を大きく抉られた状態で地面に転がった。


「よし。カーラ、ヴェールの魔法を頼む」

「ええ。始めるわよ――」


 一同が豚を降り、カーラが呪文を唱えようとしたその時。バチッ――青い光と共に、地面がアーモンド形に開いた。スタンレーとカーラは一瞬にして、カサンドラの視界から消えた。


「スタンレー、カーラ!」


 取り残されたカサンドラが穴の下を見る。


「きゃっ……くそっ。テオドールの奴、地面に向かって『扉』を開くなんて!」

「カーラ、まずい状況だ」


 カーラとスタンレーは、十体ほどの不死者に囲まれていた。城内のどこか、別の部屋に落とされたらしい。


「カサンドラ、あまり持ちそうにないわ! 悪いけどテオドールを何とかして!」

「イザヴェルを狙う必要はない! 状況からして、君を『合意』させるつもりだろう。カサンドラ、絶対に、絶望するな――」


 バチッ。『扉』は閉じた。先ほど突き飛ばした不死者たちが、負傷した個所の再生を完了し、ゆっくりと立ち上がる。


「私が、一人でテオドールを――」


 カサンドラはすくむ足に力を込め、ふらつきを抑えると、意を決して扉を開いた。大理石で作られた純白の床、ステンドグラスが映し出す神秘的な幾何学模様。そして――


「これは……ど、どういうこと……?」

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