第13話 反転攻勢の秘策

 数日後、伝書鳩で飛ばした報告書が、帰還する一同より一足先にヴェリタスの元へ届いていた。外は雨上がりの曇り空。鉛色の空模様が彼の心を映しているかのようだった。


「テオドールめ、想像以上に弁の立つ男だったか……」


 ヴェリタスはかつてないほどの悔しさを顔に表していた。ヴェリタスはその報告書を元通りに丸め、近衛兵の一人を呼ぶ。


「そろそろ彼らが帰ってくるはずだ。アルフレッドを呼んでくれ」

「はっ」


 近衛兵が出て行く。ヴェリタスはその後、何度もその報告書を読み返した。それはまるで、何かの奇跡で、報告の内容――現実が変わることを望んでいるかのようだった。


     *   *   *


「陛下! ただいま帰還しました!」


 しばらくの後、一同は王の前に帰ってきた。スタンレーが力強い目つきと、堂々とした声で帰還を知らせる。


「ああ、君たちっ――よく無事に帰った」


 ヴェリタスが思わず玉座から立ち上がって言う。先ほどの悔しさとは打って変わって、心からの安堵の表情を見せる。


「陛下、伝書鳩で送った報告は……もうご覧になりましたね。申し訳ございません。わたくしは、陛下の願いを叶えられませんでした」


 ヴェリタスの前で跪拝きはいし、複雑な表情を見せる一同。スタンレーは代表して遺憾の意を表した。ヴェリタスはゆっくりと玉座に座り直し、口を開く。


「いや、君たちは本当によくやってくれた。民に希望を与えるのは本来私の役割だ。彼らがネクロマンシーに合意してしまったのは、私が彼らの苦しみを受け止めきれなかったからだ」


 いつもより覇気のない声でそう言って、眉尻を下げるヴェリタス。


「むしろテオドールと不死者を相手に戦い、生還した君たちの存在は、他の兵士たちにとって大いなる希望となる。少しでも良い方に考えよう。それがネクロマンシーとの闘い方だろう?」

「陛下。アルフレッド、参りました」


 その時、騎士のアルフレッドが王の間に到着する。アルフレッドはこの場に居る者の中で最も高齢だが、その動きには一切の揺らぎがなかった。彼は流れるような動きでヴェリタスの前へ出て、片膝をつき、こうべを垂れる。


「うむ、よく来てくれた。早速だが、これを――」


 ヴェリタスはもうひとつ、別の羊皮紙を広げ、一同の方に向ける。


「先日、ロドリック王が殺されたという情報が入った」


 一同の顔色が一気に冴え返る。中でも最も驚いているのは、かつてロドリック王に手を貸そうと考えていたカーラだ。


「国も既に滅亡状態であるとのことだ。君たちと戦う前か後かは不明だが、どちらにせよ、かなりの人数の不死者が増員されただろう。アルフレッドよ。こちらの報告書に目を通してくれ」

「はっ。拝読します」


 アルフレッドが、近衛兵を介してスタンレーたちの報告書を受け取る。内容を読み進めるにつれ、アルフレッドの顔色は刻々と変化していった。最初は悲しみ、次に驚き。そして最後は、テオドールやイザヴェル、ネクロマンシーに対する怒りへと変わった。


「陛下……戦争を行うおつもりですね」


 アルフレッドが報告書を丁寧に丸めながら言った。その声には、決意と覚悟が込められていた。


「そのとおりだ」


 ヴェリタスが合図をすると、使用人たちが動き出し、速やかにテーブルと地図が用意された。地図には『ボレアリス王国と、周辺の地形』と書かれていた。一同はテーブルを囲むように立ち、ヴェリタスの言葉を待った。


「我々は、もはや防衛に徹している場合ではない。だが知っての通り、この国の騎士たちは不死者たちの最初の攻撃によって、全滅状態だ。生き残っている騎士は既に高齢で、戦闘に参加できる状態ではない。このような状態でも、イザヴェルに勝てる見込みはあるだろうか」


 ヴェリタスは地図を指しながら、ゆっくりと語った。ヴェリタスの言葉は王の間全体に重く響き渡った。


「騎士として申し上げます。私はむしろ、今こそがもっとも勝算のある時期であると考えます。まず、すぐにでもボレアリス王国、イザヴェル女王に対し宣戦布告を行う、またはそのような噂を広めるべきです」


 アルフレッドの考えはこうだ。テオドールは空間を移動する魔法が使える。移動時間がない分、野放しにすれば爆発的に不死者の数は増えてしまう。宣戦布告を行えば、イザヴェルは不死者軍団をより高度に操るため、必然的にテオドールを側におき、防衛に集中させるしかない。その間はネクロマンシーの勧誘をある程度は止めることもできる。


「あたしも彼の意見に賛成です。ネクロマンシーの契約は、使用者が死ねば解除されます。あたしが言うのもおかしなことですが、魔術師というのは、使う魔法が猛威なのであって、魔術師自身は何の戦闘能力もない、ただの人間です。うまくイザヴェルを殺すか、テオドールを説得するなどしてネクロマンシーを解かせれば、こちらの勝利です」


 ヴェリタスの眼に希望が宿る。アルフレッドとカーラの言葉は単なる提案ではなく、これまでの経験と深い洞察から導き出された確信に満ちていた。


「そうか。皆、すまない。弱気なのは私だけだったのだな。まずはアルフレッドの言う通り、ボレアリス王国に宣戦布告をするという噂を流そう。『眠っている状態』の不死者がどこまで知性を持っているかは不明だが、使者を送っても、容赦なく殺される恐れもある。それに――」


 テオドールは不死者の見たもの、聞いたものを共有している可能性が高い。つまり、諜報用の不死者が紛れ込んでいることを期待して噂を流すほうが、より早くイザヴェルに伝えることができる。というのがヴェリタスの考えだ。それを聞いたジャンが口を開く。


「私もそのとおりだと思います。イザヴェルは自分の利益しか考えず、他人を信じない人物であると聞きました。兵士たちの裏切りを懸念して、『合意』を強制していてもおかしくありません。話や常識の通じる、生きた兵士は一人も居ない可能性すらあります」


 ジャンはヴェリタスの考えに同調した。


「もしかして……ジャンさんの考えでいくと、国民全員が不死者になっている可能性もあるということでしょうか……?」


 ピエールが恐る恐る質問した。それを聞いたヴェリタスは頷いて、言う。


「確かに、不死者ならば睡眠も食事も不要だ。力が異常に強くなるのも好都合だろう。その上、税どころか、全ての財産を自分のものにできる。イザヴェルならそう考えてもおかしくないな。だが、問題はいかにして不死者軍団を切り抜け、イザヴェルと接触するか……」


 小さな窓から夕陽が差し込み、テーブルの上の地図を照らす。その光は一同に希望をもたらそうとしているかのようだった。スタンレーは顎に手を当てながら言う。


「わたくしもそこを懸念しています。イザヴェルの居城までは辿り着けたとしても、そこにはテオドールも居るはず。流石に二人の魔術師を相手にするなら、人数が要ります。居城まで空でも飛べればよいのですが……」

「空を飛ぶ魔法なら、あたし、使えるわよ」


 一同が一斉にカーラの方を向く。


「厳密には馬や豚を一時的に飛べるようにする『羽の生えたひづめの魔法』だけどね」

「ほ、本当か!」

「あははっ、あたしを誰だと思ってるのよ?」


 目を皿のようにしたスタンレーを見て、カーラは笑った。


「もし本当に生きた人間が居ないのなら、『降り注ぐ矢の魔法』も使えるわ。『的』に勝手に当たるから、どんな陣形でも関係ない。あたしの力なら、不死者軍団の半分くらいは足止めできると思う――」

「素晴らしい!」


 アルフレッドが目を見開いて言う。


「君は、カーラと言ったね。君の力を使えば、勝利どころか、兵士を一人も死なせずに済むかもしれないぞ!」


 そしてアルフレッドは興奮気味に話しだす。概要はこうだ。


 まず、不死者軍団にカーラの『降り注ぐ矢の魔法』を放ち、体の一部を破壊する。不死者たちの体勢が崩れたところを兵士たちが追撃し、また、再生を妨害し続ける。


 次に、余裕ができ次第、檻の部隊を投入し、少しでも多くの個体を行動不能にする。レオナルド、ジャン、ピエールの三人は、馬術に長け、また不死者との戦闘経験もあるため、戦況を見て臨機応変に動く。


 そして、カーラの『羽の生えた蹄の魔法』で馬か豚を飛べるようにする。道中の不死者軍団や罠などを全て回避し、少数精鋭でイザヴェルを討つ。


「陛下、あたしは豚を使うことをおすすめします。戦争をするなら食料のこともあるでしょうし、この魔法を使った動物は、魔法が切れると同時に死んでしまいますので」


 用が済んだら兵士たちの食料にしてしまえばよい、とカーラは提案した。そんなカーラの方を見て、少しだけ心配そうな顔をするスタンレー。


「いい作戦だと思うが……カーラ、君はまさか、俺と共にイザヴェルたちと戦うつもりか?」

「そうよ。テオドールの方はあんたが止められるでしょ? あたしはイザヴェルをやるわ」


 そう言うカーラの背後には、殺気がたぎっているように見えた。


「スタンレーとカーラが行くなら、私も行くべきだわ。陛下、テオドールはイザヴェルのやり方に疑問を持っていました。どこまで行動が支配されているのかは分かりませんが、うまく説得できれば、ネクロマンシーを解いてくれるかもしれません」


 三人の、強い決意に満ちた目を見て、ヴェリタスは深く頷く。


「分かった。イザヴェルを討つ役割は、君たちが最適だろう。最後の課題は、イザヴェルたちがどの部屋に居るか、護衛がどの程度居るか、だが――」

「それなら昔、知り合いの魔女に聞いたことがあります。イザヴェルの居城には、『純潔の間』と呼ばれる特別な場所があると……この場所です」


 カーラが、地図に記されたイザヴェルの居城の、ある場所を指さす。そこは上ベイリー、つまり城の最も高い位置、内側の防壁の中。通常、礼拝堂を配置するような位置に、独立して存在している建物だった。


「その名の通り、純潔を保っている者しか入れない場所です。テオドールは生涯独身でしたから、イザヴェルはテオドールと二人きりで、そこに居ると思います。入口の前にいくらかの護衛は居るでしょうが、豚で突き飛ばしてしまえば、中に入る時間は十分に稼げます。あとは――」


 そう言って、カーラはカサンドラの方を見る。


「カサンドラ。変なことを聞くけど、あなた――性行為の経験はある?」

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