一、与右衛門と伽羅 5

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「伽羅、わしがこれだけ反対しても与右衛門と一緒になるつもりなのかい」

 何十回となく繰り返されたミヲの言葉だ。この話が始まると、瀬織は胸が詰まったようになって苦しくなるのだ。

 瀬織は伽羅の横顔を盗み見た。伽羅は手に持った椀の中の飯をじっと見つめている。

「どうしても与右衛門と一緒になると言うなら、せめてその訳だけでも聞かせておくれよ」

 伽羅はやはりなにも言わない。

 ミヲは食事の途中なのに、椀も箸も置いてしまっている。今日という今日は、という覚悟がうかがえる。灯火が揺らめいてミヲの顔に濃い影を作っている。落ちくぼんだ目はその影の中に沈んで、表情がわからなかった。

「伽羅、おまえがなぜ与右衛門の嫁になりたいのか、言っておくれよ。言わなきゃわからないだろう。わしはおまえの母親だよ。自分の娘があんな人でなしの人殺しと夫婦になって、むごい死に方をするのを黙って見ているなんてできないんだよ。訳も言わずに嫁に行くというなら、親子の縁を切ってからにしてくれ」

 伽羅は、はっとして顔を上げた。瀬織もまたドキリとした。ミヲと伽羅は世間の母子以上に固い絆で結ばれている。二人が縁切りをするなどありえないことだった。

「他人なら、どんな死に方をしても諦められるってものさ。あの子は他人なんだから、って自分に言い聞かせていれば、おまえが死んでも耐えて生きていけるかもしれないからね」

 伽羅も椀と箸を置いてミヲに向き直った。

「おっかさん、言ってもわかってもらえないから言わなかったんです」

「わからないかもしれないけれど言いなよ。わしは自分の気持ちをねじ曲げて、わかったつもりになっておまえを送り出すよ」

 ミヲの声が涙で曇っていた。本当にそうやって無理矢理納得して婚姻を許すつもりらしい。ミヲはそこまで譲歩する覚悟だったのだ。伽羅もそれを感じ取ったのだろう。

「私は、与右衛門さんを好いております」

「嘘をつくんじゃないよ」

 ミヲが激昂して立ち上がった。瀬織は慌てて立ち上がり、ミヲの肩を押さえた。伽羅に殴りかかりそうな勢いだったからだ。力ではミヲにかなわないが、瀬織の背丈はミヲをわずかに超していた。

「お婆、落ち着いて。伽羅の話を聞くって言ったばかりじゃないか」

 ミヲを座らせて隣に座った。もう、飯どころではなかった。

 伽羅は、ミヲの怒りに少しも驚いたようすもなく、手を膝の上で重ね、いつものように眠そうに目を半眼にしていた。

 ミヲは肩で息をしていたが、瀬織になだめられてようやくもとの場所に座った。

「与右衛門を好いてるなんて、嘘に決まってるじゃないか。だいたい、おまえは与右衛門と話をしたこともないだろ」

「ありますよ」

「また嘘をつく。あるわけないじゃないか」

「私は嘘はつきません。あれは私が十八の頃でした。累さんと仲良くしていたのは覚えていますよね」

「ああ、覚えているよ。なんだってあんな性悪女と蛇の見世物なんか見に行ったんだよ。頭が二つある蛇だろう? 気味の悪い」

 ミヲは顔をしかめた。

「見世物だけじゃありませんよ。お芝居や、小間物売りが来た時も一緒に見に行きました。その頃、ちょうど与右衛門さん、いえ、その時はまだ谷五郎やごろうさんという名前でしたけど、この村に流れて来たのでした」

 累は村中の人から嫌われていたから、道ですれ違っても人々は顔を背けるのだが、与右衛門は累にも気軽に話しかけていた。

「累さんはにこにこして、今度、家の竈を直してほしいと頼んでいました。そして与右衛門さんは私のほうを向いて、『あんたの家でも、なにかあったら言ってくれ』と私に笑いかけたのです。私も累さん同様、村の人の頭数あたまかずに入っていない人間ですから、ほんとうにびっくりしました」

 ミヲが不快そうに横を向く。

「その時に、この人は心の真っ直ぐな良い人だと思ったのです。次の年に累さんと一緒になったのも、二人は似たもの同士だから心が通い合うのだと思いました」

「へっ、その一回だけじゃないか。そんなんで好いてるなんて、おかしいじゃないか」

「一回だけではありません。累さんが亡くなったあと、サチさんが病気になった時です。あの時、おっかさんはこのままではサチさんが死んでしまうと言って、二人でこの家に連れて来ましたよね。結局は亡くなってしまいましたけど」

 伽羅は言葉を切って、小さく息を吐いた。

「与右衛門さんが迎えに来たあと、私は様子を見に行ったのです。手伝いのイトさんもいなくて、サチさんはふらふらになりながら夕餉の支度をしていましたので、私は手伝ったのです。久しぶりに会った与右衛門さんは別人のようでした。人はこんなに変るものだろうかと思いました。その頃から、どうしてこんなに変わってしまったのだろうと、ずっと気にかかっていたのです」

「あいつは、もともと人殺しなんだよ。そういうやつなんだよ。村の連中はどうして見逃しているのか知らないが、うまいこと罪を逃れてのうのうと生きているんだ。これから何人だって、女を殺そうとしている。あいつはもう、ここがおかしいんだよ」

 ミヲは自分の頭を指さした。

「もとはいい人なのに、あんなふうになってしまったのは訳があるはずです。このまま放っておけば、おっかさんの言うようにこれからも女を殺し続けるでしょう。止められるのは私だけなのです」

 伽羅がこんなにたくさん喋るのを初めて見た。伽羅が言っている意味がよく理解できず、瀬織はただ目を丸くしていた。

「止められる、って……。おまえ、どうしておまえが」

「ここの」

 と伽羅は自分の胸を押さえた。

「ここの深いところで、私がやらなければならないことだと、そう思うんです。あの人を助けるのが私が生まれてきた意味だと」

「そんな馬鹿なことがあるものかい。あんなやつは役人に突き出して、打ち首にしてもらえばいいんだ。おまえが助けてやる必要がどこにある」

「おっかさん、これは運命なんです。運命には従うしかありません。それに言ったでしょう。私は与右衛門さんを好いているのです」

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