三、助と累(かさね) 4
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スギははっとして目を開けた。
累が泣いたわけでもなく、物音がしたわけでもない。
スギは起き上がって肩で息をした。累を生んでからというもの、常に眠りが浅いのだ。体はいつも泥のように疲れており、頭には黒い霞が掛かったようになっていて気分は最悪だった。
夜は深く、月は明るいようで筵戸の隙間から明かりが洩れてくる。
六兵衛の言に従って法蔵寺の住職に経を上げてもらった。だがそこに来ていた女たちは、すっかりスギの所業を知っていた。あっという間に村中に広まったらしい。
表だって非難し罪を問わないのは、せめてもの情けということだろうか。だが
助に生き写しだったからだれもが助の祟りだと信じ、「助が
累の頬にも薄く月明かりが差し込んでいる。
確かに助にそっくりだ。人は助を醜いと言っていたが、スギはそうは思っていなかった。それは助の優しさや賢さのせいだろう。この累がどんな子どもかわからないからだろうか、ただ醜い娘としか見えなかった。
幸い手足は助のように不自由ではなさそうだ。それだけが救いのように思えた。
スギは眠っている累から目をそらし、ため息をついた。みなが言うように、本当にこの子は助の生まれ変わりなのだろうか。
「おっかさん」
そう呼ぶ声が聞こえて、気のせいだろうかとあたりを見回した。
「おっかさん」
累が眠っているあたりから聞こえた気がして、ビクリと振り返った。ぞっとして鳥肌が立つ。だが累は大人しく眠っていた。
スギは胸を押さえて少し笑った。赤ん坊の累が喋るわけがないのだ。喋ったら
「おっかさん」
累の唇が動き、大きな目玉がぎろりとこちらを向いた。
「あっ」と叫んで後ずさり、助けを求めて与右衛門を探したが、どういうわけかそばで寝ていたはずの与右衛門の姿がない。
「冷たい水に沈められて、おいら、苦しかったよ」
累の顔のまま、声だけは助の声で言った。
「おっかさんは片手でおいらの胸を、こうやって」
赤ん坊が自分の胸を手で押さえた。
「川底に押しつけて、それから鼻といわず口といわず、砂利を詰めたんだ。痛いし苦しいし、死ぬってのは恐ろしいものだね」
「あ、あたしはそんな、そんなことは……」
覚えていなかった。たしかにはやく死んでほしいと無我夢中だったが、そんなことをしたのは記憶にない。
「だけどおいらは、おっかさんがあとから来てくれると思ったから我慢したよ」
累の顔が泣くかのように、ぐにゃりと歪んだ。
「いつになったら来てくれるの?」
スギは叫び声を上げて累の首に手を掛けた。力を入れて締め上げようとしたその時、後ろから羽交い締めにされた。
「スギ、やめろ。しっかりするんだ」
はっ、はっ、はっと短く息をする。見れば与右衛門が必死の形相でスギを押さえつけていた。
振り返って累を見る。何事もなかったかのように静かに眠っていた。
「累まで殺してしまったら、俺たちはいよいよ餓鬼道に落ちてしまうぞ。六兵衛さんが言うように、この子だけはちゃんと育てなきゃいけない。な、二人で育てよう」
スギの手を取り涙ながらに言う与右衛門を、スギは焦点の合わぬ目で呆けたように見ていた。
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