アオイさんは今日も隣人を愛す

mio

第1話 隣人と麗らかな春

 この子が欲している言葉をかけて、ドロドロに甘やかして僕がいないと生きていけないようにさせたい。

 そんな邪な心とは裏腹に、清廉な空気を放つ柔和な顔立ちの青年がいた。

 青年の眼前には、年端もいかない少年が独り。


「君は一人なのかな?」


 声をかけられた少年は、警戒心を剥き出しに睨みつけた。


「関係ねぇだろ。オッサン」


 微笑みのまま悦んで言葉を受け入れる。

 いい、凄くいい。その反抗的な目つき、荒っぽい言葉遣い。

 少年に聞こえない小さな声で感謝を呟く。


「女神よ、感謝します」


 こんなに可愛い少年を私の元へ導いてくださり、と心の中で付け加えた。


「いつまでジロジロ見てんだよ! さっさと、どっか行けよ!」

「君、名前は? 見たところ怪我もしているね。手当をするから付いておいで」

「はあ? 行くわけねぇだろ」

「あ、僕の名前はアオイね」


 当然のことながら名前を教える気はない。胡散臭いからだ。

 予想通りの反応に、気にした様子もなく自然な手つきで少年を抱き上げた。

 春の陽気も相まって、鼻唄が溢れる。


「おいっ! オッサン! 白昼堂々と誘拐しながら鼻唄歌うなよ」

「えーでも、本当に逃げたかったら逃げられるんじゃない?」


 わざと意地悪な言い方をして反応をみる。

 少年の顔が薄っすらと赤くなった。


「クソがっ! 今は魔力がほとんど残ってないんだよ」

「はっはっはっ、それは知ってた。元々魔力強いよね」

「お前もオレの魔力目当てか!」


 苛烈な感情を瞳に宿して、アオイを睨みつけた。


「あはは、そんなわけないじゃん。僕はね、ただ君を気に入っただけ」

「信用できない! そんな理由でオレを助ける奴なんかいない! お前の為になんか、ぜってー魔力は使わないからな!」

「いいよ、僕の方が強いし」


 その後もギャーギャーと元気に叫ぶ少年を抱えながら、安定の笑顔と足取りで家まで辿り着いた。

 担いで歩いていたのはアオイなのだが、疲れたのは少年の方だった。


 アオイは先程の会話を思い出していた。

 お前も——ということは今までに魔力目的で少年を利用する大人がいたということだ。

 服の上からではわかりづらかったが、あまりにも痩せ細っている。食事もろくに摂らせてもらえなかったのだろうか。


「家にも着いたし、そろそろ名前を教えてくれてもいいんじゃない?」

「嫌だ……自分の名前は好きじゃない」

 

 ふむ。そういうことなら。


「じゃあ、こちらで名前をつけてもいいかい?」

「勝手にすれば」


 少年はふいっと外方を向く。

 名前をつける——つまり、僕のものになると言っても過言ではない。 

 歓喜で震えそうな自分を理性で抑える。


 少年にいくつか候補を挙げ、気に入らない名前に対しては容赦なく冷たい視線が注がれた。

 それもまた良い。

 真っ黒な飴玉のように無垢な瞳も愛らしい。この先の成長を考えると魅力しかない。


「なにニヤニヤしてんだよ」

「いや、気にいる名前があって良かったよ……ナズナ」


 ナズナ。それが今日から少年の名前になった。


「ところで、どうしてあんな場所でうずくまっていたんだい?」


 ナズナの腕に薬を塗る。さらにガーゼを当て、包帯を巻く。


「もう誰も傷つけたくなかった。だから命令を無視して逃げてきた」


 手際よく他の箇所も手当てしていく。

 ナズナはそのさまを見ながら、ぽつりぽつりと話す。


「その後すぐに追手が来たから撒いたんだけど、魔力が尽きて……そのままあの場所で休んでた」


 時折りアオイは頷きながら耳を傾けた。


「金は少しあったけど、行く宛もなかったし」


 もっと詳しい話を聞きたかったが、心身ともに消耗しているナズナにこれ以上聞くのは酷だ。

 しかし、これだけは確認しなくては。


「その顔の傷、誰が殴ったの?」


 笑っているのに、仄暗い感情を秘めた目には威圧感があった。有無を言わせず答えを迫る。

 その気迫にたじろぐナズナ。


「な、名前は言えない。小太りの依頼人だった」

「後で他の特徴も教えてね」


 僕のものを傷つけた代償は、その男の人生で償ってもらおう。

 人や物など、失せ物探しはアオイの得意とするところ。普段なら金にもならないことに時間も魔術も使うことはない。

 彼の本職は別にあるし、わざわざそんなことをする必要もなかった。

 だが、今回は別だ。

 

「とりあえず、ご飯にしよう。何が食べたい?」

「肉!」


 食欲があることに安心したアオイは、得意の手料理を振る舞う。

 胃袋を掴むのは、基本中の基本。

 これでもう僕のご飯以外では、満足できない身体になるだろう。



 生活する中でナズナの状態を把握したアオイは、まずは体重の増加と精神の安定、次に魔力のコントロールを教えることにした。

 食事は少しずつ食べる量が増えているので問題はない。

 問題があるのは心の方だ。


「ナズナー、おいで」

「何? 用があるならお前が来いよ」


 言葉に棘があるのは変わらないが、警戒心はだいぶ解れたように見える。

 ナズナの言う通り近くまで移動する。


「そう言ったら来ないとでも思った?」


 意地悪そうに笑うアオイに、ふんっと顔を背ける。


「可愛いやつめ!」


 愛犬を撫でるようにワシャワシャと頭に触れ、そのままギュッと抱きしめた。


「抱きつくな! スリスリするな!」

「えーだって、なんかいい匂いがするんだもん」


 なんだろう。子供特有の甘いふわふわとした匂い。

 多少嫌がる素振りは見せるものの、突き飛ばしたりはしない。

 ただ時折気になることがある。

 本人は気付いていないようだが、服の裾を握りしめて何かを我慢しているようだった。

 恐らくお願いしたり、頼ったり、そういったことが言えないのだ。

 正直その姿に庇護欲はそそられる。

 あれは可愛い。

 愛情を受けることを知らないナズナには、人を信用するまでに時間がかかる。


「自己防衛本能かな」


 独り言のように呟くと、ナズナが振り返った。


「なんか言った?」

「いや、まだそのチョーカーをつけた変態さんを教えてくれないのかな? って」


 話を逸らしつつ、本当に気になることに話題を移す。

 町で出会った時は首まで隠れた服を着ていたので気付かなかったが、チョーカーには制約魔術がかけられていた——正確には、チョーカーに埋め込められている魔石に、だが。


「変態に関しては人のこと言えないだろ」


 しれっと反論しながら、徐にチョーカーに触れる。


「誰かは言えないし、外すこともできない。アオイは気にしなくていいよ」


 巻き込みたくないという気持ちが見え隠れしていた。

 なんだこの可愛い生き物は。

 愛でたい衝動を我慢し、自我を保つ。

 やっと懐いてきたところなのに、ここで警戒されては積み上げてきた信頼が水の泡だ。

 とはいえ、ここで引き下がるアオイではない。


「じゃあ、質問をかえようか。ナズナの顔を殴った人とそれを作った人は同じ人?」


 それ、とチョーカーを指しながら問う。


「いや、別の人」

「どちらも名前は?」

「言えない」


 そういう制約魔術が込められている——ということだ。

 

「もし、制約に背いたら?」

「オレの魔力を吸い取って、痛みが流れる仕組みになってる」

「あの道で倒れてたのも、それが原因?」


 ナズナが首を縦に振る。

 おかしいと思った。

 魔力量もあるのに、追っ手から逃げるだけであれほど疲弊しているのは違和感があった。

 下衆い魔石を作った人物に怒りを覚えると同時に、似た物をどこかで見たことがあるような気がした。

 あの魔石の色と込められた魔力の感じ……記憶の片隅にはあるのにすぐに思い出せない。

 


 アオイは部屋に戻ると、本棚から数冊の本を手に取る。


「確か、この中のどこかに書いてあったような……」


 次々にページを捲り集中して読み漁っていると、ある一文が目についた。


「これだ」


 魔術に関連する本や資料の中から、必要な部分だけ書き出し集約する。


「なるほど、あんな物を作る人物だから痕跡はあるかも、と思っていたけど……」


 チョーカーを作った人物の目星はついた。だが、もし本当にその人物だとしても証拠がないうえに下手に手を出せる状況でもなかった。

 それこそ国の問題に発展しかねない。

 どちらにしても、優先すべきは忌々しい魔術の解除だ。


「ナズナを殴った人物には、会いに行かないとね」


 そう言って微笑むアオイの横顔を、更待の月が照らしていた。笑顔の中に狂気を含んで。



 

「——というわけで、完成しました! 僕ってやっぱり天才だね」

「何が、というわけなんだ!」

「こちらをご覧ください」


 唐突に始まったアオイの謎の魔石説明会。

 原理や危険性など統計に基づいた話の後、その魔術を実践する流れとなった。


「いや、待て。そもそもお前は何を完成させたんだ?」

「まあまあ、見ていなさいよ」


 アオイの指がナズナの首元に触れる。

 僅かに身動ぐナズナに大丈夫、と言う代わりに頰を優しく撫でる。

 アオイが魔石に力を込めた瞬間、バチィッと反発するような音と共に二つの魔石が弾けた。

 強烈な閃光に思わず目を閉じていたナズナは、ゆっくりと瞼を上げる。


「首輪がない……」


 確認するように、何度も自身の首に手を当てる。

 そこには縛るように存在していた物がなくなり、少年の細い首だけがあった。チョーカーの痕が日焼けした肌の色で露わになっている。

 チョーカーと言っていたが、思わず漏れた言葉は"首輪"だ。それが本音なのだろう。


「無事外せてよかった」

「……ん、ありがとう」


 込み上げるものをグッと堪えている。瞳が潤んでいるようにも見える。


「ナズナ、こういう時は我慢しなくていいんだよ?」

「触るな変態。泣くわけねぇだろ」


 これ以上好きに触られてたまるか!

 ナズナはお礼もそこそこに嬉しさと解放感、色々な気持ちを抱えて外へ駆け出した。

 こんなに自由な気分は、生まれてはじめてかもしれない。

 その姿を、アオイは窓ガラス越しに穏やかな表情で見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る