リトル・ウォードッグズ

柏沢蒼海

ハンドラー

「アルファ1は指定座標01に向かえ、ブラボーは所定の位置で対空警戒。アルファ2は監視地点に移動しろ」


 私はヘッドセットのマイクに向けて、指示を飛ばす。

 狭くて薄暗いオペレーションルーム、いくつものモニターに映像と情報が表示されている。

 その中のいくつかに動きがあった。



『――アルファ1、移動開始』

 無線通信越しに聞こえてきたのは青年の声、緊張は感じられない。

 モニターに表示されたバイタル情報と共に、装備に付けられているヘッドカムからの映像に意識を向けた。


 密度の濃い木々と雑草、飛び出すように跳躍。

 アルファ第1分隊、分隊長がジャンプした先は……崖だった。

 眼下に林の緑、まばらな土色の地面、遠目には人工物がいくらか見える。


 

 その光景に、思わず背筋が凍る。

 私は高所恐怖症ではないし、当事者でもない。

 それでも、恐ろしいと思う。この光景も、彼ら彼女らにやらせていることも――



『――ちょっと! 上昇高度は木々より低くツリートップラインでしょ!!』


『この位置から撃てる敵はすぐに察知できる、問題無い』

『あのね、ナオミは規定の話をしてるんよ』

『ショーの言うこともわかるけどさ』


 気を抜けば無駄話をしてしまうような年齢の、本来は学生として守られる立場だった者達。

 我々大人が対処できなかった故に、戦場に立たされるかもしれないのだ。


『ほら、隊長も言葉を失ってるし! ちゃんとしよ!!』


「訓練だったしても任務だ。各自集中しろ」


 この地方の部隊に着任してから、ずっとこんな感じだ。

 私は日本国防軍の正規軍人、それも士官だ。最前線である九州や関西での部隊指揮経験もある。

 現代日本で後方地というものは存在しないが、こんな戦線に送られたことには納得していない。

 もちろん、兵士にしては若すぎる予備役の少年少女を指揮することも我慢ならない。



 何度もジャンプを繰り返し、立体機動を行う隊員達。

 全身を装甲で包み、腰には小型スラスターの付いた装備を身に付けている。

 人工筋肉やアクチュエーターによって、桁並外れた身体能力とスラスターによる推力、それによって山間部や森林地帯での小回りと機動力を発揮していた。


 隊員達の視界を映すモニターでは、高所から降りたって、麓の町の近くまで迫っていた。

 舗装地やアスファルトの道路が見えてくる。もうすぐチェックポイントに到達する頃だ。



「ブラボー1、ブラボー2、最終集結地点に向けて移動開始。対空ミサイルMANPADS装備の者は離れて行動しろ」


 北海道や沖縄を含めた日本において、海岸沿いの都市や地域は間違いなく戦場になっている。

 このA県も県庁所在地であるA市は最前線の1つではあるが、地形や戦術的優位によってA県は敵軍の進軍を抑え込んでいた。

 だが、潜入しているゲリラコマンド――工作部隊というのはどこにでも現れる。


 そうした敵の排除、間延びした戦線や制空権を支えるためにも、地方の田舎には少数の機動歩兵部隊というのが配置されている。

 少数の対空部隊、対空砲やミサイルを運用する部隊を補助あるいは護衛することが主目的だ。


 そんなことを子供に任せなければならないというのが、とても癪だ。



 A分隊はどちらも想定より大幅に遅れて、指定座標に到着。

 水田が広がる平地、その中にぽつりとある空き地に集結し、円を作るような隊形で全方位警戒を始めた。

 現状、このような訓練を続けるくらいしかやることがない。


 I県とY県の制空権争いの空中戦は一方的で、そこから逃げ延びてくる敵機が入ってくることはほとんど無かった。

 私が着任する数ヶ月前には、Y県上空で空戦して損傷した敵機が墜落したという状況もあったと聞いたが、当部隊が対応するより先に現地警察の方で対処してしまったようだ。


   

 事実上、A県内陸にある[端縫町]は後方地――数少ない平和な場所だった。



『ねーねー、訓練終わったら道の駅のジェラート食べにいかね?』

『おいバカ、隊長に聞こえちまうだろ!』

『シチュ終わったら無線封鎖だろ、その間にこっそり行けばいいじゃん。前回もやったから大丈夫でしょ』

『だから話やめろって――』


 彼ら彼女らは緊張感どころか、危機感すらない。

 車で2時間走れば、最前線で同年代の兵士が命を散らしていることも想像できないだろう。


 だが、生まれた時から『憎むべき敵がいない戦争』が繰り広げられていた世代だ。町中でコンバットアーマーや戦闘車両を見掛けることも珍しくなかっただろう。

 そして、その装備を自分達が使うことにも、何も思うところはないのかもしれない。



『――ブラボー1、ブラボー2、到着』


 全ての隊員が集結し、想定されている状況である市街地への展開が終わった。

 あとは撤収し、対空ミサイル車両と待機所である山頂まで戻ってきてもらうのだが……



「……各員、撤収準備。無線の使用は禁ずる」



 各員の返事が無線に投げられた後、私は今いる指揮車の装備を停止させた。

 無線通信、ヘッドカムの映像も届くことはない。


 真っ暗になったオペレーションルーム、エアコンが効いていて涼しい。

 今から外に出れば、死にたくなるほどの湿度と高気温、清涼剤にもならない木々の緑と高所の景色が出迎えてくれるだろう。

 そして、すぐ近くに空を守るために組み立てられた対空ミサイル車両と小さな通信設備のテント、彼ら彼女らが武装したまま待機するためのプレハブ小屋がある。


 これが我々の全戦力だ。

 対空車両の運用部隊、通信装備の管理維持する整備部隊、この大人達を守るために武装した10人の少年少女。それを束ねる指揮官の私――


 頼りない、何もかもが足りなすぎる。

 大人も、武器も、隊員も、それを運用しなければならない私の器も……きっと、足りていない。



 瞼を閉じずとも、戦場で散った彼ら彼女らを思い出せる。

 私の命令に異議を唱えず、愚直に従い、そして……任務目標の達成するために死んでいった。

 その死に様を直視したわけではない、それでも想像してしまうのだ。


 こんな世界で無ければ、青春をして、恋をして、何かに躓いたり失敗しながらも、成長していく『あり得たかもしれない未来』の姿を、どうしても夢想してしまう。


 

 私も銃を手に戦うことはできる。 

 だが、指揮官である私にそうした働きは誰も求めてはいない。


 [端縫町]を拠点に空と町を監視し、守るために配置された部隊指揮官としての役割は、最小のコストと犠牲でA県内陸の輸送路と空の安全確保を続けることだ。

 そのためにも、彼ら彼女らを――死なせるわけにはいかない。


 私のために死んでいった者達のためにも、私はここで――戦う。

 恥じない働きをしなければならないのだ。



 

 ――さて、どうしたものか……


 暗闇の中で思案する。

 今の部隊の課題、個々の性格や特技、それを戦略・戦術にどうやって反映するかを脳内でシミュレーションを行う。

 

 まだ見ぬ戦闘状況を想定し、隊員を配置。

 これまでの経験と予測を展開し、敵部隊とこちらの指揮を反映させていく。


 犠牲は出てしまう。

 可能な限り、その数は限りなく少なくしていかなければならない。

 それが、この大人である私の仕事だ。



 それしか、できないのだから――

 


 




 


 


 

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