第5話

 コンビニの自動ドアは当然開かない。だが、ルイは迷いなく扉をこじ開ける。鍵はかかっていないらしい。

 店内は静寂に包まれていた。陳列棚には商品が整然と並び、レジの中ではアルバイトらしき店員が動きを止めていた。


「え、これ普通に取っちゃっていいの…?」

「ああ。ただ、賞味期限には気をつけろよ。」

 ルイが真顔で言う。


「賞味期限?まさか、これ全部…」

「止まってるけど、食い物の腐る速度は変わらないんだよ。不思議だよな」


 確かに、パンのコーナーを見ると、一部の商品にはカビが生えかけている。

「なんでそれだけ普通なんだろう…」

「さあな。でも、食えるものがあるだけマシだろ」

 ルイは棚からスナック菓子を取り出して、無造作に開け始めた。


「そんなに堂々と食べていいの?」

「誰も見ちゃいないって。気にすんな」


 少しのためらいを抱えながらも、棚に手を伸ばす。おにぎり。鮭おにぎりだ。


 静かな店内で、私たちは無言で食べる。唯一の音は包装を剥がす音と咀嚼音だけ。

 それでも、何かが満たされていく感覚がある。


「……ねえ、ルイ。」

「ん?」

「この世界に来る前さ、あんた何してたの?」


 その質問に、ルイは少しだけ表情を曇らせた。そして、おもむろに手にしていたスナックの袋を置き、ぽつりと言った。

「覚えてないんだよ。気づいたらここにいてさ、どのくらい経ったのかもわからない。」


 その答えが妙に引っかかった。何かを隠しているような気配がする…ような。


「そう…」

「お前はどうなんだ?」

「私…」


 言葉に詰まる。廃墟の屋上から飛び降りた記憶は鮮明だ。だけど、どうしてそんなことをしたのか、その理由は曖昧で、まるで脳に靄がかかっているようだ。


「よく覚えてない。気づいたらここにいた、みたいな…」

 そう言葉を濁す。

 若干の後ろめたさは、結局ルイと同じことを言っている自分に気づいたからだ。


「まあそんなもんだろ」

 ルイは特に深追いすることもなく呟いた。


 店を出る。ふと上を見上げると、夜空がやけに広く見えた。

 やがてその理由が分かった。

 星の輝きだ。

 いつもは都会の光が星の灯りなんてかき消してしまうのに。時が止まってなお煌めく街の夜空には、星が一つ一つはっきりと輝いている。


「なあ、陽菜」

「なにー?」

「お前、本当にここから元の世界に戻りたいか?」


 突然のその言葉に、一瞬息を呑んだ。


「…え?」

「戻ったところで、そこに何があるんだよ。俺たち、こうして自由に動けてるんだぜ。ここでなら、誰にも邪魔されずに生きられる」


 ルイの目は、星空のようにどこか遠くを見ている。


「でも…」

 言い返そうとしたけど、言葉が出てこない。


 この世界はまるで夢の中みたいだ。

 どこかふわふわしてるような感覚。

 きっと何をしても咎められないし、文句を言う連中だっていないだろう。

 この世界は無限の虚無とそれを肯定する自由で充満している。


 冴えないくせに、妙に核心を突いてくる男こそいるけど。


 「ほんとに元の世界に戻る必要ってあるの?」

 

 そんな疑問が心の中で渦巻き始めていた。

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