第一章 砦墜とし編・22

「よし。一班から五班は一旦補給するよ。暴力獣たちは運べるだけの丸太を運んできてね。この川を下れば迷わないはずだから、大丈夫だよね?」


 暴力獣は既に四体もいて、各々八面六臂の活躍をしていた。使い魔たちは集まってきた魔物の死骸を食糧としているので、まだまだ働いてくれることだろう。


 直掩のハーピィ以外を一旦絵札に封印し直し、これに魔物を倒した際に得た魔晶をあてがう。すると魔晶は絵札にずぶりと飲み込まれた。


 こうすることで仲間の魔物たちが消費した霊気を補充することができるのである。それから負傷した魔物を癒したり、さらなる成長も促すことができる。


 霊晶や魔晶をほどほどに消費するが、それでも優秀な魔物を複数運用できることに比べたらその出費は微々たるものである。


 補給を片手間にしながら霊装気球を出して進路を堰堤の下流に向ける。ほんの数分の移動だが陸を行けばどれだけ掛かるのだろうか未知数である。


「この辺でいいかな? それじゃあさっきと同じように木材と岩を使って川の方向を変えるよ」


 鳥翼の女怪たちを再解放して同じように森林を伐採し、丸太と大岩を並べ続け堤を完成させると、アコニタムたちは日没前に川の流れる方向を変えてしまった。


 水量の減った川は川床を曝け出し、水溜まりには巨大な蛙や山椒魚のような魔物たちが呆然と鎮座していた。


 無論、霊晶と使役できる魔物を得るためにすべて狩り尽くしたのは言うまでもない。


                  ◇


 アコニタムは空腹だった。昼間は干した果物を数切れ齧っただけで、後は干し葡萄を沈めた水を飲んで忍んでいた。


 一心不乱に作業と戦闘を熟し続け、気が付けば日が地平線に沈もうとしている。霊装気球からそれを眺めながら、今日一日の自分の働きを振り返る。


 早朝に城壁を出て、直ぐに鳥翼の女怪ハーピィと戦闘し、これを打倒。その後川を渡り魔物の砦を発見、偵察した。


 砦の攻略方法を考え、川の上流側へ行き堰堤工事を開始。その間に現れた魔物を悉く倒して、暴力獣や八手鰻などの魔物を確保した。


 そして午後からも河川工事を続け、堤を作って流れを変えることに成功した。ついでに川床に残った水棲の魔物たちを一網打尽にして霊晶や魔晶を大量に現地調達することができた。


 水棲魔物は陸上では運用しにくいため川に残してきたが、暴力獣は再封印して持ち帰えってきていた。まさに成果は上々である。


 これらをアコニタムに起因する【空白絵札】の力でおこなっている訳なので、覚醒者が如何ほどのものかよく分かるだろう。



 気球の周りを鳥翼の女怪たちが隊列を組んで飛翔している。今日一日でアコニタムは沢山のものを得た。一先ず成果は示せただろうかと内心一息吐く。


 城壁を超える際に壁上の警備兵士たちを見ると、黄昏れ時ともあってやや薄暗いが、篝火かがりびの傍の兵士の顔はよく見えた。皆一様に呆然と佇んでいる。


 今朝の兵士たちは交代しているだろうが、情報は共有されているのだろう、騒ぎにはならなかったが彼らの中の常識が崩れたのは確かだった。


 アコニタムとしては数日前に邂逅した魔王の方が衝撃的だったため、彼らの心情を慮ることができなかったのだが、数多の魔物を引き連れての堂々たる凱旋は結果的に彼女の武威を知らしめることとなった。


 城壁を越えたあたりで降下を開始する。

 霊装気球の着陸を難なく成功させ籠から出ると、アコニタムの前にずらりと鳥翼の女怪たちが整列し頭を垂れた。


「もう、そう言うのはいいから。ほら、日が暮れる前に野営地を整えるよ」


 野営の準備を手早く終わらせ、今日も今日とて鍋の準備をしていると、城壁の方から松明を掲げた兵士が列をなして駆けつけた。


 兵士たちは遠巻きに立ち止まり、その中から精鋭の騎兵に護衛されたエストラーゼ伯爵が前に進み出た。


 アコニタムは一旦作業を止め、伯爵へ拝礼をすると、作戦の途中経過について報告を始めた。


「――以上が経過報告となります。現在は砦攻略の為に堰堤えんていの水が溜まるのを待っております。明日か、明後日には水攻めの準備が完了する予定です。そこで閣下の配下におられるかと存じます、術士メイジにお力を借りたいのですが……」

「……あ、ああ……」


 報告が終わったので視線を上げると、目の前のエストラーゼ伯爵が供の精鋭に支えられていた。


「如何しましたか、エストラーゼ閣下?」


 しばし口元に手を当てて黙っていたエストラーゼ伯爵は、その柳眉りゅうびを寄せながらアコニタムから視線を外した。


「うむ、術士の件は了承しよう。子爵にも話しを通しておく。其方の課せられた任務が順調そのもののようで、そのなんだ……いやいい、無事やり遂げて戻ってくることを期待する……」


 エストラーゼ伯爵はそう言うと、何も敷いていない丸太に徐に座り込み、そのまま焚き火を眺め始めてしまった。

 本来なら野晒しの丸太に腰かけるような身分の人ではない。陣幕の下、折り畳みの椅子を用意させるのだが、体裁を繕う余裕などなかった。


 アコニタムは長話に付き合わせてしまったことで疲れてしまったのだろうと思い、そっとしておこうと決めた。


 時間も時間なので、疲労感もあったアコニタムは早めに切り上げようと、周りでまごつく兵士の一人に鳥翼の女怪から剥ぎ取った翼やその他の魔物の死骸を全て渡すと、兵士は慌てて仲間に声を掛け、台車を持ってこさせ運び去った。


 その様子を静かに見送ったエストラーゼ伯爵は、遠い目をしていた。


 しばらく薪が爆ぜる音に耳を澄ませ、鍋をつついていたアコニタム。

 正面に座ったエストラーゼ伯爵がやおら立ち上がったことに反応して、アコニタムに侍っていた一班の兵士長ハーピィ・リーダーに食器を預けると、アコニタムも立ち上がった。


「いや、いい。巫女アコニタム。今日はゆるりと休み、明日への英気を養うといい……それがしもそろそろ戻る」


「はい、おやすみなさいませ、エストラーゼ閣下」


 エストラーゼ伯爵一行が城壁へ向かって去っていくのを見送ると、アコニタムは食器を兵士長から受け取り晩餐を再開した。


「伯爵様、忙しそうだね」

「仰る通りです、ご主人様」


 エストラーゼ伯爵の心労など、アコニタムが知る由もなかった。

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