第一章 砦墜とし編・17

 それに気が付いたアコニタムは、まあ多少減ったところでとあまり気にしてはいない。戦力が増えた方が結果的に殲滅速度が上がるので幾らでも取り返せる。いわばこれは必要経費だと割り切った。


 アコニタムはついでとばかりに、出発前夜に巫女長から言われていた魔物の合成について試そうと考えた。


 使い魔は残り21体。そのうち2体は兵士長である。実験材料として使えるのは今現在解放中の兵士を合わせて31体分ある。


 事前情報では、東壁を襲撃してくる鳥翼の女怪ハーピィは100体ほど。さらに飛蝗バンディット・ローカスターも同数が控えている。前者は3割以上減らせたとは言えまだまだ数の差は大きい。


 それらを踏まえて、敵拠点の捜索に回す戦力はどれほど必要か考慮しなくてはならないが、アコニタムは空白の絵札が少ないことを理由にとりあえず兵士を10体分、合成へ回すことに決めた。


 今解放中の魔物たち13体分の絵札は、空きの状態になっている。そこに殺害した19体の兵士の内、10体を封印し早速合成に使った。


「あれ、五体が上限? 合成したら鳥翼の女怪兵士ハーピィ・ソルジャーの強化値五になっちゃった」


 所謂+5が上限値だったようだ。詳細なレベルなどが見られないためアコニタムは判断に迷った。これは果たして強くなっているのだろうかと。


「とりあえず、兵士長と通常兵士、それから強化値五の兵士は魔物の死骸を幾つ持って飛べるかやってみて」


 今直ぐ違いを調べるにはこの程度の事しかできないのだが、この判断は正しかった。

 兵士長は2体を掴んでも軽々と飛び回ったが、無強化兵士は1体を掴んで何とか飛べるぐらいで、+5は2体を掴んで何とか飛べた。確かに強化値を上げると性能は上がるようだが、やはり上位の魔物の方がよさそうだ。


 そこでアコニタムは何とか上位の魔物を得る為に試行錯誤を試みた。まず+5と無強化兵士を合成しようとしたが、これはできなかった。なので+5の兵士に+1から+4ずつ兵士を強化して合成を試みたがこれもできないと分かった。詰る所、兵士の限界値が+5だったのである。


 結局+5をもう一体追加して+5同士を合成することにより、無事に兵士の上位型である兵士長を作り出すことに成功した。


「やった、兵士長ハーピィ・リーダーを追加できた。もう一体作っておこうかな。あ、兵士10体で兵士長が作れるようになってる」


 実績が達成されたため、合成のショートカット機能が開放さた。ただし今のところハーピィ・ソルジャーに限られるが。


 直ぐにアコニタムは兵士長を合成してこれを解放する。これでアコニタムの使役できる兵士長は5体になった。これに13体の兵士がアコニタムの戦力である。


 赤味の強い兵士長5体がアコニタムの前に整列して跪くと、茶褐色の頭一つ分小さい兵士たちも一糸乱れることなく跪き頭を垂れた。


 壮観とも言えるその様子を目の当たりにしたアコニタムは、逆に一歩引いてしまった。


「えぇ、なんか逆に緊張する。もっと砕けた感じでいいんだよ?」


 するとアコニタムの前で跪いていた一体の兵士長がやおら立ち上がると、アコニタムをその大きな両翼で包み込み、熱い抱擁を行った。

 そう、ハーピィたちは鳥としての性質が色濃いため、庇護対象をギュッとしてしまうのだ。


 しかし突然何の前置きも無く抱きしめられたアコニタムは狼狽えざるを得なかった。なんせこの魔物たち、ほぼ全裸なのである。柔肌とふわふわな羽毛に包まれた膨らんだ乳房が顔に押し付けられるのだ、同性であっても普通は緊張する。


「ちょっと待って近い近い! あ、他の子も待ってお願い待って! そこまで砕けなくていいんだよ。もっとこうちょっとお辞儀して傍に立ってくれればいいの。はあ、もう、一応ここは壁外なんだよ。ちゃんと敵の魔物を警戒して欲しいんだけど……」


 他4体の兵士長に代わる代わる抱きしめられたアコニタムは顔を真っ赤に染めながら全員を諫めた。


 アコニタムを抱擁できなかった兵士たちは少ししょんぼりと肩を落とし、兵士長たちはすまし顔でアコニタムの傍に佇むと、時折アコニタムの腕や背中を翼の羽根でそわそわと触れた。


(なんだろうこの距離感。ちょっと怖いな……本当に大丈夫なのかな。相手は一応魔物だし。でも絵札の解説文には使役対象が裏切ることはないって書いてあるし)


 一抹の不安を抱えながらも、アコニタムは使役している魔物よりも周辺を徘徊する魔物や、まだ見つかっていない飛翔能力を持った魔物との遭遇を危惧し、早々に行動を開始することに決めた。


 作戦は続いているのだ。アコニタムに課せられた最終目標は、魔物たちの拠点を見つけ、そしてこれを攻略することなのだから。


 もちろん撤退も許可されていた。その条件は、一人での攻略が不可能と判断できる材料が見つかった場合のみ、彼女は撤退を許されていた。


 だがアコニタムは魔物の使役に成功した時点で作戦の続行を決めている。それにはいくつか理由もあった。


 一つは、魔物を本当に運用できるのかどうかの検証と公示である。


 この作戦はエストラーゼ伯爵とパーセナル子爵の支援の下で行われており、彼らは今も城壁の上からアコニタムを遠見とおみしている。もしかすると使役した魔物たちに先程抱きしめられた場面を見て、俄かに動揺したかもしれないが、アコニタムはあえて考えないようにした。


 もう一つは、教会や王軍、冒険者組合の手厚い支援を貰っていることだ。


 ここまでの足である霊装気球を用意したのは教会と王軍の上層部であるし、巫女長や冒険者のヘルムントス、そしてルーラーシアーからは戦闘技術や諸々の情報、そして成果を上げた場合の報酬や人材の斡旋なども約束してもらっている。


 なにかしらの成果を出せば、アコニタムはより安全かつ確実に魔王の下に行けるだろうと考えている。


 もしかすると勇者を除く全戦力で辺境にあると言われている魔王城に殴り込めば、あの怪物も無条件で降伏してくれるのではないかな、とアコニタムは若干甘い見積もりもしていた。

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