第一章 砦墜とし編・11

「俺たちはそいつらの事を『ならず者の飛蝗バンディット・ローカスター』と呼んでるんだがよ。弱い割にそれなりに被害を出す奴らでな、畑を荒らし回ったり、家畜を殺したり、子どもを攫ったりしやがる……まさにならず者だろ? アイツらは壁内に入り込むと、そうやって飯を集め始めるんだ。なぜかって言うとな、アイツ等は壁内で繁殖しようとするわけだ。そうやって数を増やして戦力を整えて内側から門を開けようって魂胆だ。そうすりゃ壁越えできない他の弱い魔物を見事侵入させられるって寸法だ」


「それってとても危険な魔物なのでは……」


「だから冒険者が壁内でも活動しているわけだ。幸いローカスター共は春と秋にしか襲ってこねえ。いや一番厄介な時季なんだけどよ? なんせ穀物の収穫時季だからな……あいつらの所為でどんだけ口減らしされたんだか。クソっ」


 ヘルムントスはやり場のない怒りを自身の手を打ち合わせることで紛らわせる。

 アコニタムも魔物による姑息な破壊工作による被害者の悲しみを思い、祈りを捧げる様に目を伏せた。


飛蝗ローカスターについては、本来ならば優先して対処すべき案件でした。しかし、彼らの拠点は東の城壁よりも徒歩で約1日の範囲だと観測班から報告が上がっています。強行軍を組織する案も出ましたが、敵は先も言った通り、飛蝗以外の空中位置で指揮を執る魔物の群れも同時に相手取らなくてはならないことです」


 巫女長の説明を補足するようにルーラーシアーが話しを引き継ぐ。

 侍女の一人が新たに東城壁外縁の地図と、赤と黄の色石を机の上に追加する。


「こちらの黄色の石が飛蝗たちです。そしてこちらが飛蝗の指揮者たち。我々は鳥翼の女怪ハーピィと呼んでいます。彼女たちは結界を超えられませんが、襲撃の起きる前に必ず城壁周辺を飛び回り、警邏の兵を攪乱する行動をとります。即ち低位の魔物を城壁に落としてくるのです」


 つまりハーピィは、偵察と兵力の輸送を担った魔物であった。

 自力飛翔の可能なバンディット・ローカスターと共に城壁へ近付き、結界を素通りできる低位の魔物を城壁上へ降下させ、防衛陣地内に乱戦を仕掛ける。


 その混乱に乗じて飛蝗が強行突破していく、と言うのが東城壁を攻める魔物たちの戦法となっていた。


「対策は重ねているが、敵の数が多ければ突破していく魔物も少なくない。襲撃も朝だけでなく夕方に攻められることもある。それでも未だ壁内に魔物が湧いていないのは、防衛が際どいところで成功しているって訳だ。だがそれも時間の問題だ。土地が荒らされれば守備兵を養う飯が足りなくなるし、人もそんなやべえ土地に住みたがらない。人が遠ざかれば物も遠ざかってしまう。すると維持できてたもんが出来なくなって、その煽りで防衛も危うくなる。今はそんな瀬戸際だってことだな」


 アコニタムはしばし考える。城壁の向こうには森林と丘陵、そして川があると書きこまれている。敵拠点はおそらくこの森にあるのだろうが、その位置は不明とされている。いやもしかすると、この森全域が拠点なのかもしれない。


「あの、魔物の数ってどれくらいいるのでしょうか?」


「ざっと見積もって二千です。もちろん組織立った行動が見られるのはそのうちの二百ほど。今まで確認できているハーピィが百、ローカスターも同数です。しかしローカスターは毎回全滅しているため、どこかで補充されているのでしょう」


 集団戦をしない魔物も含めると、その数倍はいると巫女長は呟いた。

 それらは方々に散って生活する、言うなれば徘徊性の魔物である。


「よって本方面で最も重要なのは、鳥翼の女怪と飛蝗、この両方の魔物が襲撃を仕掛ける際に利用している前哨基地のような場所を発見することです。そして最終目標は拠点の速やかな破壊と、魔物の殲滅です」



 本件における最大の難関は、そもそも敵拠点の位置が分かっていないことであった。

 なにせ魔物の拠点があると考えられる森林と丘陵地帯は城壁から最も遠い地点で直線距離約50㎞先にあり、その間には焼き払われた野原が広がる。


 この焼け野原は魔物を発見しやすいように定期的に元素術士エレメンタルメイジ錬金術士アルケミストによって火が入れられている場所だ。


 その野原を超えた先に幅10mほどの川があり、その先に森が広がっていた。この野原を徒歩で移動した場合、最寄りの河川敷であっても昼夜歩き詰めてようやく辿り着けるようになっている。


 もちろんそれが成功した試しはない。

 城壁から人が監視しているように、城壁を監視する者もいるという事だ。


 人々が現状打てる手で最善なものを選び続けて、この結果があるのだ。

 事実そのお陰で勇者召喚は成ったのである。


 異世界から招いた者たちが戦力として機能するようになれば、いずれ東壁が抱える問題も解決されることだろう。


 もちろんそれは、魔物側が膠着状態を望めばの話しであることを忘れてはいけない。だから、先手を打たねばならない。



「アコニタム、いよいよ出征の時です。その【霊装気球】はルーラーシアーらの術士大学を含め、国家兵器開発省が共同開発した長距離移動用の霊晶動力型術式起動装置の試作機です。霊晶を代償にして、気球の浮力と推進力を作り出し、空中を馬の駈足かけあしほどで直進することができる画期的な乗り物です」


 翌日早朝、王都の東外縁に巫女長とアコニタムは集合した。


 冒険者組合兼酒場での話し合いの後、アコニタムは様々な葛藤を胸に秘め、そして選択した。すなわち巫女長やルーラーシアーの言う策に乗ったのである。


 魔王の元を目指すには、背中を預けるに足りうる仲間や、覚醒者としてのさらなる力がいる。


 仲間を集めるには力を示さなくてはならない。

 そして力を得るには魔物を倒さなくてはならない。

 当然の帰結としてアコニタムは戦場へ向かうことを是としたのだ。

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