部屋
文乃綴
第1話
正直なところ、私は未だにこの話を小説に落とし込むべきなのか否かで、強く悩んでいる。というのも、思春期の――まして初恋の――思い出などというものは大抵痛々しいものであり、その上世間一般の通俗的な人々と言うのは、その"初恋の思い出"などという破廉恥極まりない出来事を、さも人生の美しい一幕であるかのように語ろうとするものだ。
そうした行為には……初恋の思い出などというものを語ろうという行為には、何か自分の人生という、全人類の中に埋没するたった一匹の個人でしかない語り部の人生全体を、さも特別なものであるかのように語ろうとする一種の心理が働いているように思う。
これはある程度の期間、創作活動を行っていた人種ならば理解できることだと思うのだけれど、人は何か創作という行為に対して特別な思いを抱きがちで、それは大抵、創作者の人生か、或いは人格それ自体が破綻しているのだという創作者の人格に対する蔑視とセットになっている。そういう俗人らは創作者を名乗る人間を見ると、自己か自己の周囲にいる人間は特別だと言い、きっとこれは創作の材料になるはずなのだ……と強く主張をし始める。他でもない世間体というものが、そうした凡俗極まりない人々の、これまた俗物的な語りを創作者が(それは怒りをもって)制止をしないようにしてくれているわけだが、俗人にそのような状況は理解できようはずもない。きっと創作者の人生には何か特別な心理や摩訶不思議な――それこそ、魔法じみた――機構が備わっており、自分が大事に思う言語化出来ない何かを言葉にしてくれるのだと彼らは固く信じて疑わない。
つまり――初恋を語るとは、それ自体が一種の俗物根性によってなされるものであり、それが仮に創作行為として行われるものであったとしても、他でもない創作者である自分自身が経験してきた俗人精神への軽蔑から、抵抗があるのだという話なのである。
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部屋 文乃綴 @AkitaModame
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