呪いのアイテムばっかり集めていたら世界を救っていました。

花頼団子

第1話 神託者

 カツン…カツン…と、足音が反響する。


 水滴の落ちる古びた地下道。

 幾重にも貼られていた結界を、パリンパリンと心地良い音と共に破壊していく。


 最奥部には一冊の本。


【応えよ。汝、我が力……邪神の力を求めんとする者か】


 荘厳な声が本から響き渡る。


【力を欲するのならば、良いだろう。我に触れるがいい…さすれば汝のぶっ!!なっなひっ!?】


 邪神の書とやらの話しを遮り、むんずと鷲掴みした。


「あなたはいったいどんな味がするのかしら?」


【味っ!?う、うわ〜〜〜!?!?へっ変態ですうぅう〜〜〜!!誰か助けてえぇ!!!】


♦︎♢♦︎♢


「神託者の双子など、凶兆の証ですぞ……!」


 それは、私たち二人の間では耳にタコが出来るほど聞いた言葉だった。

 高潔な貴族の家系であるフィオ家。

 そこで生まれた私、リザイアと妹のフィーナ。

 双子の神託者は忌み子だと言われていた。


「リザイア様かフィーナ様。いずれどちらかが邪神に身を堕とす事に…!」

「いや、そうはならない。父親であるこの私が二人を正しい神道へと導いてみせる」


 この世界は、全てを創造したという二柱の神様から生まれた。

 人に豊穣と平和をもたらす善良(※人間基準)な神サンフィティーヌ。

 そして厄災と戦争をもたらす邪神、パンサストゥーラだ。


 神託者とは、二柱の神様がその手で創造したという「神秘」を扱える人間の事。

 人の手によって作られた「魔法」は一般人も扱う事が出来るが、神秘を扱う事が出来るのは神託者だけだ。

 私とフィーナはどちらも神託者の血を継いでいた。


「ねぇお父様。この魔法の構築式がよく分からないんです」

「どれ、ここはだな…」

「うん…うん。分かった!お父様、ありがとう!」

「フィーナは物分かりがいいな。どうだ、リズも分かったか?」

「お父様。私、神秘を使いたい!!魔法の勉強はもう飽きたわ!」

「し、神秘についてはまた今度話そう。今日はここまで、二人はもう寝なさい」

「はい、お父様。おやすみなさい!」

「……むぅ…おやすみなさい。お父様…」

「あぁ二人ともおやすみ」


 お父様はいつになったら神秘について教えてくれるんだろう。魔法の勉強はもう飽き飽き。

 邪神が怖いのなら、サンフィティーヌ様が創られた神秘だけを二人に教えればいい。それで解決する問題なのに。

 お父様は、凶兆の噂を怖がりすぎだと思う。



「今日は、リズとフィーナにとって大事なことを教える。……『神秘』についてだ」

「「はい!」」

「神託者であるお前たちは、神秘を身体に取り込む事で恩寵を賜ることが出来る。この神秘を胸に押し当ててみなさい」


 お父様が持っていたのは二冊の本。どちらもサンフィティーヌ様がその手で創られたとされる聖書だった。

私はぐっ、と胸に聖書を押し当てる。


「………——————っっ!?!?」


 っっつ!!!!

 これは、味?胸から取り込もうとしたのに!?

 口にした訳じゃないのにすっごい拒絶感。

 土とか木とかゴミとか、とにかく食べられないようなもの全てを口の中に捻じ込まれたような感覚。

 本能の拒絶だった。

 フィーナは……?フィーナは大丈夫なの…?


「お父様!すごい!手から光が溢れてます!」

「そうだ、それが神秘。人智を超えた力だ」


 ……あぁ


「リズはどうだ?」

「お、とう様。私、ちょっと具合が」

「何?……そうか、取り敢えず二人とも神秘については明日から本格的に取り組もう。リズはもう休みなさい」

「はい……」


 長い、長い廊下を歩いて自分の部屋へと向かう。

 このままじゃお父様に失望されてしまう。

 フィーナが善神に愛されたのなら。

 私は、いらない子……?


「違う、わ。あの神秘がたまたま身体に合わなかっただけ。他に試せば私にも」

「はぁはぁ……これじゃ…駄目よ…。これも…

この…………神秘……っも………」


 気付けば私はお父様の書斎へと赴き、サンフィティーヌ様の神秘を全て胸に押し当てていた。

 正直全部くそ不味かった。どれも身体の中に入る前に拒絶してしまう。


「……禁書庫…」


 サンフィティーヌ様の神秘が駄目ならパンサストゥーラ神の神秘を取り込めば、いい。

 いや、手段と目的が逆になってる。落ち着け私。

 お父様を悲しめてしまう。


「でも……」


 気づけば私は禁書庫の前まで来ていた。


「……ごめんなさいお父様」


 サンフィティーヌ様の神秘が使えないと知られたら、私は捨てられてしまう。

 神秘を、存在意義を、私に見出さなければ。


「これが…パンサストゥーラ…神の……」


 禍々しい本が棚いっぱいに並べられている。

 ここにはパンサストゥーラ神の神秘だけでなく、

人が生み出した呪いの魔法も禁錮されていた。


「……」


 一冊、本を手に取り。

 私の胸へと押し付ける。


「………ぁあ…………お父……様…

………ふふ……ふふふ」


 パチリと

 ピースのはまった音がした。


 美味しい。美味しい。

 身体が、血潮が、これを求めている。

 もっと、あぁ!!

 もっと!!!!!

 もっともっともっと!!!もっと——————


「なぜ禁書庫の鍵が開いている!?誰だ!!」

「———ぁ、お父……様?」

「リズ!?これはいったい……!」

「——ぁあ、ごめ、ごめんな、さい。お父様」

「落ち着け、まだ間に合う。取り込んだものを全て吐き出すんだ」

「ゃ、いや!!触らないで!!!」

「リズ、何を———」

「私をにしないで!!!私を置いていかないでっ!!!」

「大丈夫だ」


 お父様から、ぎゅっとあつく抱擁された。

 暖かい。お父様の温もりを感じる。

 ごめんなさい。冷たいからだで、ごめんなさい…


♦︎♢


 6年後 フィオ家にて


「リザイアお嬢様は処刑するべきだ!

あの厄災を人として見る事は出来ない!!」

「滅多な事を口にするなロザリー!!リゼもフィーナも愛すべき娘だ!!」

「ですが、リゼお嬢様は今年に入ってから何度も

禁書庫に脚を運んでらっしゃる!!」

「……っ」

「あれは呪いの味を覚えてしまっているのです!

このままだと手の施しようが…」


 恐怖の匂いがする。私の大好きな匂い。


「どうしたのロザリー、顔が真っ青よ?

朝食は取ってらして?」

「リ、リザイアお嬢様。いえ、具合は大丈夫です。

御心配ありがとうございます」

「リズ、どうしたんだ?この時間は礼拝している

筈だろう」

「信仰が違うので不参加よ。それよりお父様、外の結界が緩んでる。あれだといつか破られるわ」

「なに、結界だと?我が邸には結界など貼っていない筈だが」

「家じゃなくて、下よ」


 私は、すいっと床に向かって指を向ける。

 するとお父様は険しい面持ちのまま、みるみるとその顔を青ざめさせた。


「ロザリー、席を外してくれ。私はリズと二人で話しをする」

「はっはい!失礼します。お気をつけて!」


 お父様は去っていく使用人ロザリーに向けて、少し鋭い視線を送る。


「ふふ、気をつけてって。取り繕っていても言葉は正直ね。彼のそういうところ好きよ」

「いつから気付いていた?」

「…」

「世界を滅ぼすとされる五つの神秘。その一つがこの邸の地下にあると」

「私、呪いの気配はある程度分かるの。敢えて答えるのならずっと昔。神秘に触れたあの日からとっくに気付いていたわ」

「……リズ、その神秘は他とはワケが違う。触れるというのなら、愛する愛娘だろうと処罰を下さねばならん。分かってくれ」


「きゃああぁーー!!!!」


 外から悲鳴が聞こえた。

 位置的には丁度、礼拝堂の方向だ。

 窓から見てみると、礼拝をしていた人達が悲鳴と共にごった返しとなり逃げ惑っていた。


「なんだ?……魔物か!?何故ここに!?」

「ガーゴイルですわね。おおよそ信仰が反転して生まれたんじゃないかしら」


 外にいる人たちを襲っていたのは石で出来た悪魔の化け物。ガーゴイルだった。


「失礼します!旦那様!!礼拝堂で———」

「分かっている。私が」

「いえ、ここは私が行きますわ。お父様はここでお待ちになさって」


 私は三階にある書斎からピョンと飛び降りる。

 風を受ける音が心地良い。身を翻しながらふわっと着地した。

 パッと見でガーゴイルは5体。

 私の異質な気配を感じ取ったのか、その全員が私に首を向ける。


『グギギギ……ゴアアッッ!!』

 

「神託を授かりましたわ。神の威光を知りなさい」


 ガーゴイルに手を向ける。


「【呵責弾丸クーロンディア】」

『ギャアアァア!?』


 虚空から生み出したバレットを片手で撃ち出す。

 ズドン、という音と共に音速をゆうに超えた弾丸が空を切り裂いて直進していく。

 一匹のガーゴイルに直撃し顔面が爆砕。

 それを見て怯んだガーゴイルに急接近し、二体目の腹に目掛けて弾丸をぶち込んだ。


「手荒でごめんなさいね。残りは優しくリードしてあげるわ」

『グギャ!ガガギ!!』

「あら」


 仲間が瞬殺されたのを見て危険を察知したのか、距離を取って警戒の体制を取っている。

 陸地で戦うのは歩が悪いと踏んだのか、残った三体のガーゴイルは大翼を広げ空へと飛び出してしまった。

 呵責弾丸クーロンディアも狙撃ならギリギリ届きそうなものだけれど……


「逃げちゃ駄目よ、私と踊りましょう?

模倣舞踏ピアロニカ】」


 天高く飛翔しているガーゴイルのピタッと停止した。

 影は私の形へとシルエットを変えて相方のいないワルツを踊り出す。

 途端にガーゴイルは自制を失い、そのまま地面へと墜落した。


 バゴン!と鈍い音がする。

 墜落した衝撃で二体は砕け散り、かろうじて残った一体も下半身が砕けており既に虫の息だ。


『グギギ……グギヤャア』

「断られちゃった。ふふ、ダンスはお嫌い?」

『グ……グギ……』

「私も苦手、だって相方がいつも冷たいんだもの。【呵責弾丸クーロンディア】」


 ズドン、と銃声が鳴り響く。

 気づけば悲鳴も鳴り止んでいた。少し残念。


♦︎♢


「リズ!大丈夫か!」

「ええ御心配ありがとうお父様。今終わりました」

「そうか……そういえばフィーナはどこだ?この時間ならフィーナも礼拝堂にいた筈なのだが」

「……なんですって?」


 そういえば、ここにフィーナがいたのならガーゴイルなんて騒ぎが起こる前に鎮圧されていたはず。

 急いで礼拝堂の中へと入る。

 パイプオルガンの手前——無造作に荒らされた内装はかつての壮麗さを失い、アプスからは地下へと下る階段が見えていた。

 

「フィー!!いるなら返事して!!」


 階段に向かってフィーナに呼びかける。しかし闇から返ってくるのは沈黙だけ。


「お父様———」

「リズはここで待っていなさい」

「……お父様、フィーは私にとっても大切な妹なの。悪いけれど、お父様の意向は汲めないわ」

「それでもだ。ここで待っていなさい」

「……ここに神秘があるから?だから私を入らせたくないの?」

「そうだ。それにパンサストゥーラの神秘を持つお前がこの階段を下ることは出来ない」


 そう言い残してお父様は階段を下っていく。

 地下に広がる闇がお父様を飲み込み、その姿を完全に消してしまった。

 階段に触れようとしても見えない力に押し出される。

 これが結界なのだろう。


「【焔悲哀眼アシアイザス】」


 私の瞳が淡く発光する。

 結界に手を触れるとパリンという軽い音がして、いとも容易く割れてしまった。私は先へと進む。


「……ふふ♪」


 無意識に口から笑みが溢れる。

 闇の先には仄かな灯り、憎悪と恐怖。そして微かな死臭が混ざりあっていた。


「仲間外れなんて寂しいわ。ねぇ?お父様……」


 カツンカツンと靴の音をこだまさせて、私という存在を警鐘させる。

 私はフィーの無事を第一に考えつつ、胸には下卑た興奮と劣情を孕んでいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪いのアイテムばっかり集めていたら世界を救っていました。 花頼団子 @hanayori-danngo888

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ