ダンジョンェ…の道
lecom
前章 ホレ迷宮モンだゾ
第1話 ダンジョンへの道
「オラ、名前だってよ」
荒々しい言葉とは裏腹に優しく背中を押された彼はおずおずペンをとり、"リー”と搭乗者名簿に記入した。たどたどしいその字はまるで初めて自ら名前をしたためたの如くでその通り、名前の書き方を初めて教わったのが昨日の彼である。どう高く見積もっても十代半ばの彼を見て古参の受付担当員は、またか、とため息をついた。
リーは孤児であった。物心がついたころにはダンジョン近傍のスラムでスリと物乞いといったお決まりパターン。スリの技を教えてくれた老婆はリーをダンジョンで拾ったとうそぶいていたが、当の本人はダンジョンに近づいたことすら記憶になかった。この歳になってどうせ近いうちにのたれ死ぬだろうと日々過ごしていたが、リーが霊魂可視化のスキルを持つ事をWoD運営会社「栗倉観光」が知り、つい二日前に搭乗員の勧誘として事務所に迎えられたのだった。ズタ袋から出たリーはWoD搭乗員になれる名誉と死は自己責任であること、日当がスラムで十日は暮らせる額と教えられ、後ろにいたいかつい男が賃金の話の時に何やら面接官と揉めていたが、まあいいかと思い名前の書き方を教わった。
霊魂可視化スキルは誰しもが持っているスキルではないが、珍しいスキルでもなく初期スキルで持っていなくても習得が可能だ。初期スキルで保持していたらまぎれもなくハズレスキルであり、新たに習得しようなどと思う者は何かがどうにかしていた。リーが習得したのか初期スキルだったのかは本人すら知らないが、スキル使用時に目が青く光るのが特徴だ。リーはスキルの存在などは知らなかったが、霊魂に重なると寒気を感じたり肩が重くなったり嫌な気分になったりしたので、いそうだなと思ったところで無意識に発動していたらしい。いうまでもなくWoD搭乗者には必須スキルでその霊魂を見る不気味な青い光をみて冒険者は搭乗者を「ブルー」と呼んだ。
受付を済ませたリーといかつい男―採用の時揉めた男だ―は、搭乗口で何をするわけでもなくただ待っていた。リーの顔は蒼白だ。スラムにいた時でさえダンジョンの魔物の話を伝え聞いた。実際死人が出ることは珍しくもない。ゆえに近づかなかったのだが…クリクラに拉致され日当に釣られたが、いざとなるとばかをしたと思った。
「だ…大丈夫なんでしょうか…?」
消え入りそうな声で尋ねると男は答えた。
「何だ!怖ェのか?…ってしょうがねえよな、こんなガキを全く…!」
頭二つほども背の低いリーとかがんだ男は目を合わせ言った。
「安心しろ、今回はお試しだ。5階層まで進んだら帰りのWoDに乗って帰ってくるだけだ。回収ノルマもない。大船に乗った気でいろ!そりゃまあ魔物に襲われねぇ保証はねえが…」
魔物、と聞きリーに少し緊張が見て取れたが、
「安心しろ、俺がそんなのブっ倒してやるから。会社のヤローにまたコr…いや、文句いったらそんなに言うなら面接ついでに護衛しろだと。…おっとそんな顔すんな、別にいやなんかじゃねえよ!安心しろ、なんたって俺は…」
男は胸にある何か紋章の様なものを誇らしげに指さして言った。金にコバルトをあしらった見事な細工のあるブローチの様なものだった。
「なんたって俺は、ブルーワンのサハ様だからな!…おっと名前云うの初めてだったな!サハだ!これから同僚だな、リー、よろしく頼むぜ…って面接だっけか、メンドクセーな」
髪をくしゃくしゃになで繰り回されながら、面倒は面倒なんだな…と思いながらも好ましさ以外感じないその男にリーは
「…よろしく、おねがいします…」
と軽く笑みを返した。軽くでも笑ったことなど何年もなかった。使い慣れないほほの肉が軽く痙攣した。
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