ep.40 日常

「生徒にあんな危険なこと頼むなんて、テケン先生はどうかしてるよ〜」

 アンバー魔石店へ向かいながら俺は、隣を歩くトルビーに言った。


 と、トルビーは言い忘れてた、と言って気まずそうに笑った。

「あれは魔対への依頼。僕らは風紀委員としてじゃなくて魔対として仕事したんだよ」

 

 ぽかんとしていると、トルビーは続けた。

「魔対は警備隊と繋がってるんだ。警備隊に来た依頼の中で、魔族が原因のものがこっちに流れてくる」

「魔界対策本部って、名ばかりじゃなかったんだね」

 トルビーは頷いた。


「まぁ、メンツは明かしてないし、魔対の存在を知っているのは警備隊でも上層部だけらしいけどね」


 なんでここまで魔対の存在が秘匿されているのか。

 それは「呪い」が関係しているそうだが、詳しく聞く前にアンバー魔石店に着いてしまった。


 店の裏手の玄関を開けると、真っ白でツヤツヤな毛並みが自慢のワンちゃん、コハクがおすわりしていた。

「ワンワンッ!」

「よーしよし、今日もかわいいなぁー!」

 ワシワシと撫でてやっていると、部屋の奥から声がした。


「ライム、夕飯できてるよ〜!」

 リンの声だ。

「今行く〜!」

 俺は靴を脱いで、スリッパに履き替えた。

 トルビーは、お邪魔しま〜す、と言うと、同じく靴を脱いだ。




「天ぷらだ〜!」

 食卓に並ぶそれを見て、トルビーは目を輝かせた。

「いらっしゃい、初めましてね、トルビーくん」

 そう言って微笑んでいるのはリンのお母さん。トルビーは、初めましてと返してから、リンに手伝えることはないか聞いていた。


「……待ったトルビー、俺の仕事取るな〜!」



 △▼△


「いただきま〜す!」

「召し上がれ〜!」

 エプロン姿のリンに促され、エビの天ぷらを口に運んだ。


「サックサクで美味しい!」

 リンは良かった、と言って笑っている。


 と、トルビーが口を開いた。

「ライムがすいませんでした。3日間も泊めてもらっちゃって。それに僕まで夕飯頂いちゃって……」

「いいのいいの!私たちも楽しかったし!」

 リンが答えた。

「特にコハクが楽しそうだったわよ〜」

 リンのお母さんが言う。俺の横にお座りしているコハクは笑顔のように見えた。


「そういえばね〜……」




「ごちそうさまでした!」

 楽しい食事はあっという間に終わり、俺たちは皿洗いをさせてもらう事になった。


「いいな〜、毎日こんな美味しいの食べてたわけ?」

 トルビーがスポンジで皿を擦りながら恨めしそうに言う。

「いいだろ〜、お弁当まで持たせてもらっちゃってたんだよね」

「あぁ〜、聞いた聞いた」

「え?誰に?」

「ヨースケだよ」

「あ〜、確かにヨースケには言ったわ」



「……あっ?!」

 急にあることを思い出して大声を出してしまった。

「なに?」

 そう聞いてきたトルビーは、手を動かしながらもニヤニヤしている。


「ヨースケって幽霊だったの?!」

「せいか〜い!お前はここ3日間、ひとりで喋りながら弁当食べてる変なやつだったんだよ」

 トルビーに、そう言われ、なんだか顔が熱くなってしまった。


 と、トルビーは笑った。

「なんてね、みんなにも見えてたよ。あの時はね」

「良かった〜、それにしてもほんとにいるんだね」

「ライムって霊感ないよね」

「ないね〜」

 

 トルビーと雑談をしながら皿洗いを済ませると、レイザルさんがなんだかイタズラな顔をしながら口を開いた。

「ひとつ、面白い話をしてあげよう」

 そう言いながらぐい呑みを傾けている。

 滑舌も甘く、少し酔っているようだ。

 

「ただの伝承なんだがな……」


 俺が貰ったペンダントの魔石の産地、テンペアー村に伝わる逸話。


「せせらぎ紅く染まりし時、厄災降り注がん」


 せせらぎが紅く染まる……川の水が赤くなるという意味ではない。


 テンペアーの魔石は川の浅瀬に転がっている。この魔石が赤くなると、川も赤くなったように見えるのだ。


 そしてこの現象が起きると、村への侵略などが起こるそうだ。


「赤く見えるんだってね?ライムくん?」

 レイザルさんは俺の胸元を指さしながら言う。

「えっ?はい……」

 レイザルさんの指の先にあるのは、リンから貰ったペンダント。これに付いている魔石、初めは白いすりガラスのようであったが、日が経つにつれて透き通り、赤みを帯びたのだ。


 なんだか怖くなってきた……


 と、レイザルさんがニヤリと笑った。

「テンペアーに、厄災が降り注ぐかもな?」

「そんなのただの言い伝えでしょ。ライムのこと、怖がらせないでよ」

 いつの間にお風呂をあがったリンが、酒瓶を片付けながら言う。


「ココ最近は聞かないのになぁ。44年毎に紅く染まるせせらぎのウワサもな」

「だからただの……」

 そう言いかけたリンの言葉を遮ったのは、意外にもトルビーだった。


「44年毎って言いました?」

「ん?あぁ……」


 と、トルビーは慌てた様子で耳打ちしてきた。

「魔石が赤くなった時期、「呪い」と関係があるかもしれない」

「なにそれ……ってか、俺まだその「呪い」が何か、説明してもらってないんだけど」

 小声で返すと、トルビーは後で話す、と申し訳なさそうに手を合わせた。

 

「その話、もう少し詳しく聞かせてください!」

 トルビーが目を輝かせながらレイザルさんに言った。

 

 しかし、レイザルさんは曖昧に笑った。

「残念ながら俺が知っているのはここまでだ。案外ウワサ好きなんだな?トルビーくんは」

 トルビーはなんとも言えない顔で笑っていた。




「また来てね〜」

 リンに見送られ、アンバー魔石店を出た。


 寮に向かって歩き出すと、突然トルビーにペンダントを引っ張られた。

「ちょ、なに……!」

 足を止めて、トルビーの方を見ると、目を瞑って魔石を握りこんでいた。



 数秒後、トルビーが拳を開くと、ペンダントは透き通った赤色を失い、濁った黒色になっていた。

「とりあえず魔力を抜いて無力化した」

 真面目な顔でトルビーが言ったが、俺の頭にはハテナがいくつも浮かんでいた。


「とりあえず、「呪い」について説明してもらおうか」

「……はい」



 俺たちは帰りがけにあった公園のベンチに座った。 


「「呪い」っていうのはね……魔王一族にかけられた、未だ解読に至っていないの魔法のこと。魔王様はね、44歳の誕生日を境に自我を忘れ、周りに呪いをうつしながら破壊の限りを尽してしまうんだ。……」


 この「呪い」が影響を及ぼすのは魔界だけでは無い。

 発現した「呪い」は伝播し、大規模な暴動となる。そしてこれは、分厚い結界で隔たれているはずの人間界こちらに住む魔族にも伝わる。


 むかしむかし、ブライア国内で大規模なテロが44年スパンで起きていた、というのは国民誰もが知っている、歴史の不思議だ。


 実はこれは魔王一族にかけられた「呪い」のせいであった。


 

「魔石が赤くなった原因……「呪い」なのかどうかは定かじゃないけど、テンペアー村に行ってみるのは魔対としてもアリ。そんなことよりテンペアー村が心配なんだ」

 そう言って少し俯いたトルビー。


「じゃあ、最初の目的地はテンペアー村にしよ」

「そうだね」


 そう言ってトルビーはベンチから立ち上がった。

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