ep.8 留学

 ライムは始業のチャイムを聞いて急いで教室に向かった。


 ちなみにさっきざわついていた教室は高等部で中等部までと違い、魔法科しかない。

 初等部のうちに中央へ留学したラズリス姉さんだが、今は高等部1年だ。


 ラズリス姉さんの元クラスメイトが騒いでいたんだろう。


 高等部は進級テストを乗り越えた、いわばエリート達のクラスだ。

 校舎は真ん中に中庭兼グラウンドがある構造で、ラズリス姉さんがこの中庭をプールにしたという。

 

  僕の教室は2階。すでにチャイムは鳴ってしまった。さっきまで話していたとはいえ遅刻はまずいかもなぁ。


 僕は息を切らしつつ教室のドアをノックして入ると、教壇にいるルコール先生と目が合った。

「おや、遅刻ですよ?ってライム君ですか」 

「すみません、もう少し急げばよかったです」

 父さんが来た時点で走り出していれば間に合ったのに。


 あぁ、僕の無遅刻無欠席が。

 ……って、もう4限が始まってるのか。


 どちらにせよ皆勤賞は逃したな。とほほ……


「いえいえ、まぁ、授業が終わったら話しましょう」

「……はい」

 

 僕が自分の席に着くと、隣の席の子が話しかけてきた。


「ルコール先生って、遅刻で呼び出す人だっけ?」


 僕は適当に、虫のいどころが悪かったんじゃない?と返しておいた。

 遅刻したから呼び出されるわけじゃないからね、多分。


「……って!君だれ?」

 僕の返答を聞くと、隣の子は足をパタパタさせながらニヤリと笑った。その口元から1本、人よりも尖った歯が覗いていた。


 と、彼は呆れたような顔をした。

「やだなぁ、僕だよ、トルビー。女神様に記憶を消されたか?」

「っ……!」

 なんだか急に頭がズキっとした。


 

 ……って、そうだった。

 トルビー。白髪を後ろで束ねて、赤茶色の目をしている幼馴染で親友の男の子だ。


「……帰ってきたの!?」

「そうだよ。ただいま!」

 トルビーは去年、親の仕事の都合で転校したのだ。


「……魔法、使えるようになった?」

 トルビーが声のトーンを落として聞いてくる。ずっとこっそりやっていた魔法の特訓に付き合ってくれていたからな。


「実は……なったんだよ!」

「おおっ?!やったじゃん!」


 自分のことのように喜んでくれるトルビー。


 盛り上がる俺たちに、先生は"空気砲"をぶつけてきた。

「授業中ですよ2人とも。トルビー、あなたまで呼び出しますよ?」


 トルビーは背筋をピーンと伸ばし、静かになった。

 俺は呼び出されたことないけど、ルコール先生ってやっぱりめっちゃ怖いのか?



 キーン コーン カーン コーン



 なんだかんだで無事に授業も終わり、俺は先生と中庭に向かった。


 表情があまり変わらないルコール先生だが、よく見ると分かる。先生はイタズラな笑みを浮かべていた。

「さて、ライム。魔法を出して見てください」

「何がいいですかね……」


 先生は返答が予想外だったのか一瞬驚いた顔をしたが、じゃあ颯、と今度はわかりやすくニヤニヤしながら言った。


 先生は寡黙そうに見えていたずら好きだ。

 流石にできないと思って言ったんだろう。


 ……じゃあやってやろう!


  

 大きく息を吸ってから魔法を唱える。

「"リゴロス"!」


 瞬間、俺の体は宙に浮き、視界がものすごいスピードで流れた。

 勢い余って思いっきり転んだが、先生の背後に回ることができた。


 先生は俺を一瞬見失い、キョロキョロしていた。

 背後で擦り傷だらけになっている俺を見つけると、ニコッと笑い、傷を治りしてくれた。


「まさか本当にやると思わないじゃないですか」

「そう言うと思ったので」

 ふふん、してやったり。


「あ、そういえば、魔導書を見せてください」

 先生にそう言われたので俺は魔導書を差し出した。


 先生は表紙、1ページ目を見て驚いて、そして最後まで見て納得したような表情を浮かべると少し考え込んでからこう言った。


「魔法を使えるようになるどころではなかったんですね。……行きますか?中央魔法学校へ」


 俺は予想はしていたが、その言葉が嬉しかった。二つ返事で「はい」と答えようとしたところを先生の言葉に遮られた。

「……とはもう言えない」

「え?」


「私の一存でラズリスとリエルをあそこへ行かせたんです。君も聞いたでしょう?その結果、2人を大変なことに巻き込んでしまいました。私は許可なら出せます。……ライム、あなたはどうしたいですか?」


 俺は……

「認めてもらえたこと、そしてお気遣いいただいたこと、感謝します……」

 あそこに入れば、もっともっと魔法を学べる。

 それに俺がもっと魔法に詳しくなれば、兄ちゃんの手助けになれるかもしれない。


「もちろん、行かせてもらいます!」



「……大人になったな、ライム」

 その声で振り返ると、父さんとラズリス姉さんがいた。父さんは続ける。


「僕からも、ありがとうございます。ルコール先生」

 ルコール先生はニコニコしながら首を縦に振っている。


「いい顔になりましたね、ライム。さぁて、校長に許可書を発行してもらってくるとします」


 そういうとルコール先生はパッと消えた。



 その後、無事に留学許可証をもらった俺たちは中央都市、キラハへと戻ることにした。

 母さんには父さんが報告しておいてくれるらしい。


「って、なんでお前がいるんだよ」

 俺の隣で、制服にパーカーを羽織った白髪の少年が鼻歌を歌っていた。


「僕も留学行くんだよ」

 ニコニコしている彼は言わずもがなトルビーだ。


「……ふーん、一緒には行かんぞ」

「えっ?なんでよ〜、いいじゃんか〜」

 そう言って肩を持って揺さぶってくるトルビーに、嘘だよと言って笑いかけると、知ってた、と言って屈託のない笑顔を見せた。



「……それにしてもまさかあの魔法使えない系エリートだったライムくんが中魔校にねぇ」

 しみじみとそう言ってトルビーは笑っている。



「おーい!ライムー!」

 校門の方から姉さんの声が聞こえてきた。

 ラズリス姉さん、友達とのお別れが済んだみたいだ。

 手を振る俺の横を見て、姉さんは少しびっくりしている。


「その子は?」

 そう聞かれ、俺は軽くトルビーのことを紹介した。


「へぇ、トルビー。よろしくね!」

「はい!」



 改めて、俺たちはキラハへ向かうことにした。

 しかし、姉さんはルコール先生からほうきの使用を止められてしまったし、途中の町にも用があるとのことなので歩いて向かうことにした。


 2時間ほど歩くと町が見えてきた。


 魔道具が有名な町、キッテスだ。

 町の中心へ行くと露店がたくさん並んでいた。魔道具はもちろん魔術書や食べ物屋なんかもある。


 すると姉さんは自由時間にしようか、と言った。ということで俺たちは一旦解散し、自由に店を見て回ることにした。

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