ep.6 思い出の泉

 いつもに増してテンションの高いラズリス姉さんが拳を突き上げた。

「さぁて、出発ー!」 

「おー!って、後どれくらいかかるんです?」


 姉さんはうーんと唸った。

「まぁ、昨日の倍くらい歩けばいいかな〜」

 まあまあかかる計算だな。


 やっぱり、たとえ実験をしなくても昨日のうちにはマギアータに着かなかったようだ。


 と、姉さんは続ける。 

「直線移動できればすぐだけど、このあたりの森は入り組んでいるから無茶するとあんたみたいに方向音痴じゃなくても迷うからね」

 なんだか意地悪に笑っている姉さん。


「……僕は方向音痴を認めているので効きませんよ」

 鼻で笑いながら返すと、姉さんは少しすねたような顔をした。


「……線路沿いからは離れちゃったし、回り道になるけど、獣道を辿ったほうがいい」

「そうですか……あ!」

 そういえば僕、魔法使えるようになったのか。

 じゃあ、あの魔法も使えたりして!

 

「"飛行フィーダ"!」

 僕がそう唱えると体がふわっと浮いた。


 よっし、大成功!


「……おぉ!あんた、飛べちゃうんだ!実は私さ、風魔法苦手で、飛行使えないんだよね。……先帰る?」

「ん〜、1人で帰るのは無理です。方向音痴ですから」

 姉さんはあはは、と乾いた笑いを浮かべた。


 どうしたものか。

 いっぱい歩くのはごめんだが。


 ……あ!

「姉さん!ほうき、見せてください」

「え、いいけど……」


 僕は困惑している姉さんからほうきを預かった。


 術式のあったところが焼き付いている。多分僕があの時、そう、魔力の糸に着火した時、付与の魔力に引火したのだろう。


 すいませんでした。ってことで……


 僕はほうきの柄に手を添えて目を閉じた。

「"付与フォリス"飛行」


 あ、ちょっと姉さん仕様にしてみようかな……


 目を開けると、ほうきの柄の部分に緑色の模様が浮かんだ。

「……はい!ちょっと飛んでみてくださいっ!」

 姉さんは不思議そうな顔をしている。



 そしてほうきにまたがると……

 

 姉さんの体がふわっと浮いた。


 こりゃまた大成功だ!


「本当に飛べちゃったよ……昨日ちょっと遊んでただけでここまでいくか……すごいよライム!」

 そう褒められて、思わず笑みがこぼれた。


「"飛行フィーダ"」

 僕が飛んで、姉さんに高さを合わせると、姉さんがほうきをぎゅっと握って笑った。

「これですぐ着くよ!じゃ、いこっか!」



 △▼△


 僕が飛ぶのに慣れてきた頃に家に着いた。

 やっぱり飛ぶと早いもんなんだな。


 僕が玄関のドアに手をかけて開けようとすると気まずそうに口を開いた姉さん。

「待って、私外にいるね」


「そうなんですか?せっかくだから母さんにも会って……」

「会えないのっ!」

 なんだか泣きそうな声で言うと、どこかへ走り去ってしまった。


「姉さん……?」


 姉さんを追いかけるべきか悩んでいるとガチャと音を立てて玄関が開いた。


「おかえり〜連絡もなしに泊まってくるなんてびっくりだよ。あ、できないのか!」

 そう言って笑う母さん。

 

 僕に"念話"を使えというのか?

 ま、この「魔法使えないイジり」はいつものことである。


 ……ただそれも、昨日まで。

「いや、連絡できたかもしんない」


 数瞬、母さんは考え込むとバッと僕の肩を掴んで言った。

「……魔法使えるようになったの?!」 

「たぶん……てか母さん、ラズリス姉さんと喧嘩でもしたの?」


「え?してないと思うけど?」

 ぽかんとして言う母さん。


 姉さんはあんなに深刻そうだったというのに……

 

「会えないって言われてさ」

 僕がそう言うと母さんはう〜んと唸りながら数秒間目を泳がせた。


 そうした後、思い出したように人差し指を立てた。

「あぁ〜そうだった。で、どこ行ったの?」


 どこかに走っていってしまったと伝えると、追いかけてあげてと言われた。


「そう言われてもどこ行ったかわかんないよ」

「なら、父さんのとこ行けばわかるんじゃないかな」

 

 ということで現在地は僕の通っている学校だ。

 父さんはここで教員をしている。

 

 職員室のドアをノックしようとしたところで耳元で聞きなれた声がした。

「私服で来ちゃダメって校則がありますよ」

 

 僕が振り返るとそこには父さんがいた。


「どうしたんだい?ライム」

 そう聞かれ僕は事の概要を話した。



「ラズリスか、懐かしいね。そうだなぁ……あ、北の森の泉かも」

「え、北の森に泉なんてあったっけ?」

「まぁ行ってみな、あ、会えたら連れてきて」

 そう言われ僕は学校を後にした。



 ○●○



 ラズリスは大きな三角帽を抱えながら歩いていた──


 あぁ、感情に任せてここまできてしまった。懐かしいなぁ。よくこの森で遊んだなぁ。


 私は、自分のせいで、自分の大切な人を失った。

 

 それだけじゃない。

 ライムたちから、大切な人を奪ったんだ。


 ネリアさん……ライムのお母さんに合わせる顔なんてない。

 

 ほんとはライムにも、話しかけないべきだったんだ。



 ライム、追いかけてくれてるのかな……

 

 あぁ、こんなこと思うなんて、私ってどこまでも自分本位だな。



 ○●○



 一方その頃ライムはというと、父に言われたように森の奥の泉を目指して歩いていた。



 僕、そういえばこの森へは1度来たことがあるっけ。


 ……というかさっきは忘れていたけれど、泉目当てで来たんだった。


 僕の魔力を増やそうとして学校の先生と修行しに来た。修行は言わずもがな効果ゼロだったが、木漏れ日が溢れる森の雰囲気は好きになった。


 父さんが言っていた泉は僕が修行した泉だろう。


 しばらく歩くと僕の目の前につたに絡まれたツリーハウスが現れた。


 うーん、なんか見覚えがあるような。


「……思い出した!」

 僕がまだ学校に入る前、リエル兄ちゃんとよく来たツリーハウスだ!


 中にはたくさんの本とよく分かんない置物がいくつかあった。

 そういえばここで吸血種って名前のことも知ったんだっけ。


 ということはこの森、1度どころじゃなくいっぱい来てるな……


 久しぶりに中に入りたいが今は姉さんを探すのが先決だ。僕はツリーハウスの手前を右に入り、泉を目指した。



 しばらく歩くと淡く輝く泉あった。


 木の影からこっそり様子を伺うと、泉のほとりに座って俯いているラズリス姉さんがいた。


 ……やっと見つけた。



「……姉さん」

 僕が話しかけると、姉さんはピクッと動いた。驚かせてしまっただろうか。


「……よく、ここがわかったね」

 そう言った姉さんの声は泣いているのを必死に隠している時のように震えていて鼻声だった。


「父さんに言われて」

「そっか」

 ぽつりと言った姉さん。

 そのまま、少し沈黙が流れた。


 と、姉さんが消え入りそうな声で話し始めた。

「……私ね、リエルがいなくなった原因なんだ……」


 僕はハッとしたが姉さんの言葉を待つことにした。



 少しして、姉さんはポツポツと話し出した。


 姉さんとリエル兄ちゃんは魔界対策本部という機密機関に所属していること。


 姉さんが魔界にかけられている結界のほつれを見つけ出し、そこに魔界へ続くゲートを作ったこと。


 そうしたら、兄ちゃんが1人で魔界へ行ってしまったこと。


 そして姉さんは、たった半日で綺麗に閉じてしまったゲートの前にあったという置き手紙を見せてくれた。



 ────


 魔界対策本部のみんなへ


 勝手にいなくなることを許してください。


 なーんて、柄でもないことを言うのはやめます。みんなと一緒に考えた方法で魔界に乗り込むのもいいと思う。ただ、僕にもっといい考えが浮かんだんだ。

 

 ここまで2年半、みんなで悩んだってのに、踏みにじるようなことをしてごめん。でも、僕の作戦の方が、誰も傷つかずに済むんだ。

 

 まぁ失敗したら僕がやばいかもだけど……それはそれだ!

 正直、自信はない。でも、作戦があるから。

 みんなはそっちでごちそうでも用意して待ってて。もちろん、ライムのオムライスもね!きっと、世界を平和にしてみせるよ。


 リエル・スフェン


 ────


 あぁ、久しぶりに兄ちゃんの口調だ。

 懐かしいなぁ。

 あと、どんだけ僕のオムライス好きなんだよ……


「私がほつれを見つけちゃったから、ゲートなんて作っちゃったから、リエルは……」


 鼻をすすりながら言う姉さん。


 姉さんは自分の仕事をしただけだ。

 それに……

「……姉さんは、リエル兄ちゃんのこと信じてないの?僕は、兄ちゃんなら、ほんとにやり遂げると思うよ」


 嘘じゃない。

 弟バカかもしれないけど、僕はなんとなく、そんな気がする。



 姉さんは俯いたまま口を開いた。


「……あんたに、何がわかるの?」

 姉さんの声色はいつもよりも低かった。


 軽率だっただろうか。

 

 でも……

「何もわからない。姉さんより、その魔界ってとこの事知らないし、兄ちゃんの作戦てのも、見当もつかない。でも、でもね、なんとなくそんな気がする」

 僕は姉さんを、まっすぐ見つめていった。


 姉さんはやっとこっちを向くと、ふっと、口元を綻ばせた。


「……ふふっ、またライムに助けられたなぁ。そうだね、私たちが信じなくてどうするんだろうね」


 微笑みながらゆっくりと立ち上がった姉さんに、僕も笑顔で返す。

「父さんが呼んでたんだ。学校に戻ろう」


 僕たちは泉に別れを告げ、きた道を戻り始めた。

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