ポリアンナ②
ユウマは陽毬と喋りながら歩いている間中、浮かれ気分を表に出してしまわないよう、必死だった。
自然と笑みがこぼれて、気分が舞い上がってくる。それ自体はなにも悪いことではないけど、つい変なことを言ってしまったりしないかだけが心配だった。そうやって自分を抑えようとしても、楽しい気持ちが込み上げてくるのは止めようがない。
学校から帰るとき、いつも陽毬は友達と一緒に下校している。明鹿橋通りまで住宅地を通り抜け、例の喫茶店でアルバイトをしている藤崎さんと商店街の入り口近くで別れ、他の友達と明鹿橋方面へ歩く。ユウマにその輪に加わる勇気はさすがになかった。
だから、陽毬と一緒に帰るのは、ユウマにとっても初めてのことだ。
帰り道も、いつもとはちょっとだけ違う。通学路からは少し離れたところに二人の行き先はあった。登校時にユウマがその小さなパン屋の話をしたところ、陽毬が「ちょっと行ってみたいかも」と言った。ユウマがドキドキしながら、できるだけさりげなく「帰りに寄ってみる?」と聞いたら、陽毬は笑顔で頷いた。
〈これってデート……っていっていいのかな〉
隣で楽しそうに微笑んでいる陽毬を見ると、ユウマの胸はますます高鳴るようだった。
しかしその高揚感はすぐ失望に変わった。『臨時休業』、店の扉にそう張り紙がしてあった。
「……今日はお休みなんだね」
陽毬がちょっと困ったように微笑んだ。
〈真子さん……なんで今日に限ってお休みなんですか……!〉
ユウマは地面に手をついて叫びたい気分だったが、必死に自分を保った。
「ご、ごめん。折角来たのに」
「ううん、気にしないで。……ちょっとお昼を少な目にしたせいで、お腹が空いちゃうってだけだから」
「ああああ……ご、ごめん」
「あはは、冗談だよ。ごめんね、そんなに本気で謝らないで」
「でも、お腹が空いてるのは本当?」
「うん。……ちょっとだけ」
陽毬は照れたように笑った。
ユウマは悩んだ。お腹が空いたと言っているんだから、どこか別のお店に誘ってもいいのかな。いいのかもしれない。どうしよう。どんな店なら陽毬が喜ぶだろうか。ユウマもそんなに外食をする方ではないので、すぐにはいい案が浮かばなかった。
一つ思いついたのは仮粧町通り商店街にある洋食喫茶『セルパン』だ。鶴巻夫妻と八五郎の一件以来、一度は行ってみようと思っていた。そういう意味ではいい機会だが……陽毬の友達が働いていることを考えると、ちょっと勇気がいる。
ユウマが何か言おうとしているのを察してか、陽毬はじっと待っていた。早く何かいい案を思いつかないといけないと焦るのに、その笑顔を見ると、ユウマはますます思考が空回りしてしまう。
そうこうしていると、狭い車道に車が通りがかった。
ユウマが慌てて端に寄ると、陽毬と肩を並べる距離になる。髪が近い。ドキドキしながら車が通り過ぎるのを待とうとしていると、車はユウマの真隣で止まった。
そのパンプキンイエローの車体の中で、運転手は助手席の方に体を伸ばすと、ウインドウを下した。古い車種なので電動ではない。レバーを手で回すのに合わせて、ドアガラスがカコカコとゆっくり下りていく。
「ごめーん、もしかしてお店に来てくれたの?」
車の中から、真子が呼び掛けた。
「ちょっと待っててよ。すぐ開けるから」
「今日は、お休みなんじゃないんですか?」
「そうだったけど、やっぱり気が変わったの。折角お友達も連れてきてくれたんだし。ちょっと車、入れてくるね」
真子はそのまま車を進めると、すぐにバックランプを点灯させた。小さな車体が細い車道をするすると後ろ向きに戻ってきて、店の隣の狭い空間にパズルのように入ってしまう。
「お店、開けてくれるって」
ユウマはわかりきったことを陽毬に伝えた。
「よかった」と陽毬は微笑んだ。「今のが店長さん? なんだか、私たちのためだけに開けてくれるみたいで、ちょっと申し訳ないような」
「うん」
ユウマはそう頷いてから、案外真子は親切心だけで店を開けてくれるわけではないのだろうなと思い当たった。この前真子が力説した、食い気味の好奇心が頭をよぎった。
「ねーごめん、ちょっといいー?」
真子の声がして、ユウマは駐車場の方へ向かった。
丸いライトの小さな車の隣に、ドアを開けて真子が立っていた。今時の車の流線形をしたフォルムと比べると全体の印象は角ばっているが、その角が丸みを帯びているため可愛らしい。パイクカーと呼ばれる、発売された80年代当時でもレトロと評されたデザインで、真子はこの、エアコンをかけるとエンジンが息をつく中古のマニュアル車を、大事に乗っているようだった。
「ちょっと荷物があるんだけど、手伝ってもらっていい? あたし一人じゃ重くって」
真子に拝むような仕草で頼まれ、ユウマは車内を覗いた。後部座席にはダンボールが置かれてあり、古本らしき物が詰め込まれてあった。
「またえらく買い込みましたね……」
「そーなの」
真子は困ったように言った。
「知り合いの古本屋さんが店をたたむって聞いたから、慌てて引き取りに行ってて」
「それで『臨時休業』だったんですね」
真子は骨董や古書が趣味で、店内にもいくつかはインテリアとして置かれているが、それ以外にも山のようにコレクションがあるらしかった。
「こういうものは一期一会だから」そう真子は力説していた。「巡り合ったときに手に入れておくしかないの。だからしょうがないの」
真子の車は
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