第8話 海斗の成長
海斗が生まれてから、七海の心には常に言いようのない孤独がつきまとっていた。それは、春樹との関係の変化がもたらしたものだった。
周りからはイクメンと称賛される夫。しかし、実際は周りに人がいないと育児に全く協力的ではなく七海の苦しみを理解しようともしない。そのギャップが七海の心を 蝕んでいた。
職場復帰から一年、再び妊娠が分かり二度目の育児休暇に入った。会社には申し訳ない気持ちもあったが上司や人事は温かく送り出してくれた。女性が産める期間は限られている。出産、育休を経て一年や二年で二回目の取得も珍しくない。批判的な言葉や言動はなく二回目の育児休暇に入った。
妊娠中から、海斗が産まれた時のことを思い出しては言いようのない恐怖に襲われた。あの時の孤独や不安、そして春樹との間の深い溝。それらが再び訪れるのではないかという恐怖があった。
それでも、二人目の妊娠が分かった時は素直に嬉しかった。産後うつも経験したが子どもは本当に可愛い。怒る時も泣きたくなる時もあるけれど、それ以上に予想外の行動に声を出して笑うことも、成長に嬉し涙を流すこともあった。
寝ている時にこちらにすり寄ってきて小さな手でギュッと握るところや、気持ちよさそうな寝顔を見ると日々の疲れも吹き飛ぶ。
海斗が生まれてきてくれたことによって、七海の喜怒哀楽などの感情が激しく豊かになった。そして愛おしさというものを初めて知った。
恋人や夫とは違う特別な感情。自分が守るべき者という強い責任感も伴っていた。だからこそ、自分に余裕がなくなった時に生まれてくる子や海斗に当たってしまわないか、哀しみや怒りの矛先が子どもたちに向かってしまわないかという強い不安があった。
ましてや、育児のことで泣いている姿だけは子どもたちに見せたくなかった。子どもたちに自分が産まれてきたことに対して申し訳なさや罪悪感など悲しい感情を持たせることだけは絶対にしたくない。子どもたちの前では強く優しい母親でいたい。そう思っていた。
この頃には、春樹を頼るという選択肢は七海の頭の中になかった。
妊娠後期でお腹が大きくなっても、あいかわらず育児には非協力的で産休・育休を取得する気もなさそうだった。
(海斗とお腹の子は私が守る!!!……私は強くなる。)
そう自分自身に言い聞かせていた。 鎧をまとうようにどんな時も勇ましく立ち向かえるようにしようと思っていた。
ありがたかったのは海斗の成長だった。海斗はお腹の子を可愛がってくれた。
当時パイナップルが好きだったので「パインちゃん」と名づけ、鈴を鳴らしたりおなかを撫でて話しかけてくれた。
「パインちゃん、元気ですかー?元気ならお腹蹴って下さい!」
「ね、ママ。パインちゃん動いているよ。はやく逢いたいな。ママもお腹大きくなったね。重くない?」
無邪気に笑いかけてくれたり、七海の身体の心配もしてくれる海斗が愛おしかった。春樹はお腹を一切触ろうとしなかった。この子が一人目だったら七海は悲しさでおかしくなっていたかもしれない。
ドラマでみるような、胎動を感じて夫婦で喜びあったりエコーの写真で誕生を待ちわびるということは一切なかった。赤の他人のように興味を持たない。しかし、春樹に変わって海斗が成長を共に喜んでくれる。そのことが何よりも嬉しく、また心の支えだった。
海斗はお着換えや片づけなど積極的に自分のことは自分でやるようになった。
スーパの買い物帰りに手を繋ぎながら歩いていると「ママとお腹の赤ちゃんが転んだら大変だから、荷物はかいくんが持つよ」と言ってくれた。
海斗が相手のことを思いやれるとても優しい子に育っていることが嬉しかった。春樹は見て見ぬふりをするのに、こんなに小さな海斗が気が付き、手を差し伸べてくれることに目が潤んだ。身体はまだまだ小さいが、器や人としての優しさは大人顔負けでとても頼もしい。
海斗の存在が七海の心を支え孤独を和らげてくれた。深い孤独は完全には消えることがないが、海斗のおかげで頑張れた。
孤独の根本にあるのは、春樹との間にできた埋められない溝だった。春樹と向き合わないことには解消しない。そして向き合ったところで溝が埋まるのかも疑問だった。
しかし、母親としての役目をもっと出来るようになれば状況も変わるかもしれないという希望も捨てきれなかった。
(これから一人で子どもたちを守っていく。もし社会的に一人になる決断をしても、子どもたちが不自由なく成人できるように生活も見直さなければ。守れるのは私しかいない)家計の見直しや貯蓄状況の把握も毎月かかさず行うようにした。子どもたちを守るために強い決意が必要だと奮い立たせた。そして、同時に湧き上がる重い不安と孤独だった。 七海は、暗い夜道を一人で歩いているように心細かった。
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